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うめぼっち

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「いいんだ、真那。その通りだから。俺の母親からしたら、一族が守ってきた土地は国に取られるか、蒼波家に取られるかの違いしかないだろう」
「それでも、国が買収してしまったら丸裸で投げ出されるのだから、蒼波家と結婚して言うことを聞く方がよっぽどお利口さんだ」
お二人のやり取りに口を挟めず、ここは渡されたおにぎりをパクリと頂くことにした。
中には梅干しが入っていて、塩気と酸味が白米に合う美味しいおにぎりだ。
それを一口、ゆっくりと食む。おかずも一緒に食べると、さらにおにぎりは美味しく感じた。
なんだか食べるということで、この会話も咀嚼しているような気分になった。
「そんなことがきっかけで結婚した二人だが、仲が上手くいくはずもない。二人の意見の合致は世継ぎを産むということだけ。そんな二人の間に出来たのが俺だ。しかも俺は父親に似てしまった。それもあって、俺は母にとっては愛すべき対象ではなかった」
キッパリと言う蒼波様に、私は蒼波様が過去と決着がついていること、そして感情の置き場所も管理している心の強さを感じ取った。
「俺は父親や祖父母。その周囲の人間に不自由なく育てて貰い、教育も受けた。環境には納得しているから、真那が気にすることはない」
蒼波様はそう言って、絹糸のような黒髪をくしゃりと掻き上げて続きを語った。
蒼波様のご両親は歪ながらも夫婦関係を続け、幸か不幸か蒼波家の財産は膨らんで行った。
そんな中、蒼波様が上級学校を卒業されたころ、お父上様は多忙がたたったのか、病に倒れてしまった。
回復を祈るも、祈りは天に届かずその翌年には逝去された。
次の当主はもちろん長男の蒼波千尋様だが、まだやるべきことが多いなか、話し合いの末に祖父様が蒼波家当主代理となった。今もご存命で当代している。
問題はそこでは無く──四十九日も終わらない内に──お母様が妊娠をしたと言ったこと。
それはお父様が亡くなる前に残した一粒種だと、親戚が集まる場で宣言されて、蒼波様も含めて大変びっくりしたと言う。
私はクリス様から頂いたおにぎりを、全て口の中に収めた。ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。
次は蒼波様が今言ったことを体に馴染ませるように考える。
「当時、俺も母の妊娠を聞いたとき真那みたいに難しい顔をしてしまった。本当に父の子供かと」
「そうそう。チヒロの言う通り。子供の父親が誰だなんて、母親にしかわからないもんさ」
夜風に流れるように過ぎたことを語るので、私は口を挟まず、口を動かし続けた。
そしてごくんと食事を呑み込んでから、舌の上に残ってしまったことを尋ねる。
「私には夫婦の機微など分かりませんが、蒼波様のお父様が病気になって、お母様の心に変化が起こった……最後に本当の夫婦になられた可能性が、」
「ない」
最後まで言い終わらない内に、氷海の冷たさを纏った蒼波様の声が重なりドキッとした。
蒼波様が首をゆっくりと振った。
「それはないんだよ。真那。父は病気で伏せるまで、軍のことや仕事で家に留まっていなかった。母は実家に腰を据えて、行事などがあるときにしか父の元に訪れることはなかった。何しろ俺を産んで、すぐに実家に帰ったぐらいだからな」
「だったら、お母様は……」
既婚者の身でありながら、誰かと恋仲になってしまわれた。そして身籠った。
不敬だとは思いながらも、そう考えてしまう。
「生まれ落ちてしまった命を奪う権利は誰にもない。親戚も身内も誰もが、母の妊娠を認めるしか無かった。だが、何も黙って母の言い分を全て聞く蒼波家ではない。本当に父の子なら大事な次男だから、蒼波家に戻って育児をしろ。それが出来ないなら不義の子としてみなす。蒼波の財産を継ぐ権利は一切与えないと言い切った」
クリス様がふふっと笑う。
「真っ当な理由だ。間男との連絡を断ち切るには、蒼波家の目が届くところに置いたらいい。それが嫌なら、蒼波家に睨まれたまま間男との生活。多分、実家からも放り出されるだろうね。身重の妊婦ならどちらの生活がいいか、天秤に掛けるまではなかったのだろう」
私は何も言えなかった。
母親が子を安全に産みたいなら、蒼波家を選んで当たり前だろう。
その当たり前という思考に倫理。感情。立場が絡みつく。
私が想像するには身重のお母様のお気持ちはあまりにも深く暗い気がして、お母様の気持ちは読み取ることは出来ないでいた。
静かに瞬きをして、蒼波様の声を聞く。
「そして生まれたのが俺の弟、|陸《りく》だ。母の喜びは凄まじく、そこで俺は初めて微笑んだ母の顔を見たぐらいだ。そんな年の離れた弟だが、なぜか俺に大変懐いてくれた」
そこで蒼波様は優しく微笑まれた。
夜でも明るいその微笑みにほっとする。
コメント
1件
第32話、読み終えました。蒼波様のご家庭の話、重いですね…。でも、あの弟さん(陸くん)の話になるときの蒼波様の優しい微笑みに、じんわり救われるような気持ちになりました。「初めて微笑んだ母の顔を見た」という言葉も、すごく胸に刺さりました。どんな背景があっても、弟さんを愛しているんだなって伝わってきて、真那さんと一緒にほっとしました。続きが気になります!