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#ローファンタジー
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16-1◆カーストスカウター:性能とその欠陥◆
自宅の玄関のドアを開ける。
俺は、まるで深海から引き揚げられた潜水士のように、深くそして重い息を吐いた。
疲労感が全身を支配している。
だがそれは、昨日までのあの無気力な疲労ではない。
戦い抜いた者だけが知る心地よい重さだった。
「あんた、今日は昨日よりマシな顔してるじゃない。何かいいことでもあったわけ?」
リビングから聞こえてきた姉、彩葉の声。
その声に、俺はただ曖昧に手を振って答える。
いいことか。そうかもしれない。
そして同時に、とんでもなく悪いことだったのかもしれない。
俺は自分の部屋に入ると、カバンを放り投げベッドに倒れ込んだ。
天井を見上げる。
目を閉じても、瞼の裏にあの忌々しいウィンドウが焼き付いている。
今日一日で、俺の世界は完全に変わってしまった。
(この特殊能力整理しなければ。)
俺は自室の机の上で、一枚の白紙を広げた。
これは儀式だ。
俺のこのあまりにも複雑で、そして強力すぎる新しい「眼」の性能を、冷静に分析し、整理するための思考の儀式。
俺は、静かに目を閉じる。
そして脳内のスクリーンに表示されるその忌々しいUIの機能を、一つずつ洗い出していく。
俺はとりあえずこの能力を、こう名付けた
【通称:カーストスカウター】
【真名:〈観識かんしき〉】
▼基本機能1:常時観測モード(パッシブ・スキャン)
これは俺の意思とは、無関係に常に作動している。
視界に入った人間の頭上に、その大まかな感情や、所属派閥が色のついたオーラやタグとして表示される。
情報の精度は低い。だが戦場全体の大まかな空気感を把握するには有効だ。
代償として俺の日常は、常に他人の感情のノイズに汚染され続ける。
▼基本機能2:集中分析モード(アクティブ・スキャン)
俺が「観る」と決めた特定のターゲットの詳細なデータを表示する。
これには、いくつかの下位機能サブ・ファンクションが存在する。
機能A:嘘偽判定トゥルース・ディテクター
烏丸のあの偽善を暴いた力。
相手の発言の真偽をパーセンテージで表示し【虚偽】か【真実】かを判定する。
これが俺の反逆の最初の武器だった。
機能B:深層心理分析ディープ・アナライザー
感情 欲望 恐怖 好感度 脅威レベル。
三好の小物ぶりや、山中の畏怖。その全てを数値化した力だ。
これさえあれば相手が何を求め、何を恐れているのか、手に取るように分かる。
機能C:思考残響観測メモリー・リーディング
これが最も強力で、そして最も危険な機能だ。
相手が今まさに、強く意識している思考や過去の記憶の「残響」をテキストとして拾い上げる。
松川たちから、天宮の言葉を推測できたのはこの機能のおかげだ。
だが代償は大きい。これを使うと、脳が焼き切れるような激しい頭痛が俺を襲う。
そして何より、この機能は検索ができない。
相手が偶然そのことを考えていなければ、決して情報を引き出すことはできない。あまりにも不確定な諸刃の剣。
▼対話機能:思考支援インターフェース《ミラー》
そしてこれが、この能力の最も不可解で、そして最も重要な機能だ。
スカウターの画面に突如として現れるチャットウィンドウ。
そこに表示されるのは、俺の思考を読み取り、時に励まし、時に挑発してくる、謎の存在からのメッセージ。
俺の思考もテキスト化されて、画面に自動入力され、ミラーに送られる。
対話型AIのような、こいつを俺は「ミラー」と呼んでいる。
俺自身の魂を映し出す、忌々しい鏡。
こいつとの対話だけが、俺の孤独なモノローグを、思考を加速させる「対話」へと変える。
▼システム上の絶対的例外
そして最後に。このほぼ万能に思える俺のスカウターが、唯一全く歯が立たない存在。
【Target: 白瀬 ことり】
【ERROR: ACCESS DENIED.】
【警告:対象は観測不能オブジェクトです】
彼女だけが、この世界の全てのルールの外にいる。
(なぜだ?)
その問いだけが、答えのないまま、俺の思考の中心に重く居座り続けていた。
16-2◆静寂の太陽◆
翌朝の学園は、昨日、俺が投げ込んだ波紋の余韻を、まだ色濃く残していた。
廊下を行き交う生徒たちの間では、文化祭の出し物が「演劇」に決まったことへの、驚きと戸惑いの声が上がる。
ElysionのTシャツを纏った生徒たちの間には、どこか不満げな空気が漂っていた。
俺は、その全てを観測しながら、教室の自分の席に着いた。
クラスの空気は、昨日とは明らかに違っていた。
久条亜里沙の「黄金の蓮」Tシャツを纏った精鋭たちは、依然として優越感を滲ませてはいるものの、その「空気」は以前ほど絶対的なものではない。
演劇に賛同した生徒たちの間には、まだ漠然とした不安と、しかし微かな期待が入り混じっていた。
俺は、ふと天宮 蓮司の席へと視線を向けた。彼はいつもと変わらぬ穏やかな表情で、窓の外を眺めている。
まるでこのクラスの喧騒や、昨日の激しい議論とは無関係であるかのように。
俺は脳内のウィンドウを開く。
奏:「ミラー。一つ不可解な点がある」
ミラー:「ほう?何だ?」
奏:「天宮 蓮司だ。昨日のホームルーム。奴は本当は少しだけ『演劇』に興味を持っていた。俺は松川たちの思考残響で確認済みだ。だが、なぜあの瞬間に、天宮は何も言わなかった?」
ミラー:「面白い疑問だな。お前はどう分析する?」
奏:「そうだろう。もしあの場で奴が一言でも発言したら?」
ミラー:「何となく、どうなるか?想像できるな」
奏:「分かったぞ。もし天宮が『演劇がいい』と口にしていたら、クラスの議論はそこで終わっていた。彼の言葉は、このクラスの絶対的な真理だからだ。誰もがそれに同調し、議論など最初から存在しなかったかのように、全てが彼の意思へと収束する」
ミラー:「つまり、彼は自らの言葉が持つその圧倒的な『影響力』を理解している。だからこそ黙っていたと。みんなの自発的な選択の機会を奪いたくない」
奏:「ああ。クラスの自主性を尊重した彼なりの『配慮』だ。そしてクラスの『可能性』を信じたいという彼なりの『葛藤』の形でもある」
ミラー:「王様には、王様なりの苦労があるというわけか。だがその結果はどうだ?」
奏:「その『配慮』が結果として久条の『喫茶店』という怠惰な選択を許す土壌を作っていた。彼の善意の沈黙は、久条亜里沙にとって都合のいい『無関心』として完璧に利用されたんだ」
ミラー:「太陽が輝けば必ず影ができる。そして女王はその影を利用するのが上手いというわけだ。面白い生態系だな、この教室は」
俺は、再び天宮の横顔を見た。彼は、相変わらず静かに窓の外を眺めている。
(お前は、その存在自体が『空気』を支配する“太陽”だ。自らの絶大な影響力を知るがゆえに、あえて沈黙を選び、その苦悩を抱えている。だが、その光が強すぎるがゆえに、自身の生み出す『影』が、いかに悪意に利用されうるかには、気づかない)
(そして、その影を利用しようとする者がいる)
俺は、久条亜里沙の席へと視線を移した。彼女は、取り巻きと談笑している。
その完璧な笑顔の裏に、冷徹な計算が隠されていることを、俺は知っている。
(だが、俺は違う)
俺は、自分の手のひらを見つめた。
(天宮、俺は、お前の光の届かない影で、全てを観測し盤面を動かす)
(そしてお前の無自覚な「善意」が、悪意に利用されるのをもう黙って見ているつもりはない)