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前作:「あの夏の朝に咲く花」
「なんばしよっとね! プール遅れるけん、はよ準備せんね」
テレビを見ていたら、2階から下りてきたお母さんに怒られた。
ぼくはスイミングの習い事をしている。今日も、お昼から行く予定だ。
「はーい」と答えて、いつものバッグを持ってくる。水着とかスイミングキャップとかがそろってるか、ちゃんとチェック。
「もうすぐ11時なるったい。黙祷したら行くよ」
「ねーお母さん、これなんて書いてあると?」
「ん?」
ぼくが指さしてるテレビの画面を見て、
「あー…『へいわきねんしきてん』のニュースね。それの中継見て、時間に合わせて黙祷するとよ」
「ふうん」
今年は、日本で戦争が終わってから80年だって、終業式で校長先生も言ってたな。
それから、ニュースが切り替わった。
今度は長崎じゃなくて、広島って言ってる。古くてボロボロの、赤いランドセルの写真が映ってる。
「広島の小学生の女の子の、ランドセルだって。こんなんになってしもうて、たいへんやったんや」
「そうやなあ」
お母さんはソファーの隣に座った。
「登校の途中やったんやな。当時小学2年て…同い年やなか」
「ぼくと……」
ぼくと同じ2年生だった、このランドセルの持ち主。
学校に行く途中に、お空へ行ってしまった子のことを考える。
「ぼくが今日もスイミング行けるんは、幸せなこと?」
「そうやね」
お母さんは小さく笑った。ぼくはお母さんの腕に包まれる。
手を離すと、テレビのチャンネルを変えた。平和公園の中継になった。
画面の中から鐘の音がする。
お母さんが目を閉じて、ぼくも真似する。お空にいるたくさんの人たちのために祈るんだよ、ってちっちゃいときに教えてもらった。
目を開ける。目の前には、1分前とおんなじ世界。
「ほら、水筒持って。暑かけん、気ぃつけんね」
「うん」
帽子をかぶって、バッグを持って玄関を出る。「行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
今日も暑い。ひいおいじいちゃんとひいおばあちゃんが生きてた80年前も、こんな暑かったんだろうか。
「あっ、おじちゃん、おはよう!」
近所のおじちゃんを見つけた。外で打ち水をしてる。
「おはよう。今日もスイミング行くと?」
「そうばい」
「そうかい。きばるとよ」
「はーい。行ってきます」
おじちゃんの家の軒先には、ひまわりが元気いっぱいに咲いてる。
おばちゃんがお花が好きで、いつもお手入れをしてるからきれいだ。
ぼくはおじちゃんに手を振って、お友だちと待ち合わせをしている公園に向かう。
日差しの照りつける8月9日の長崎。
そこには、花が咲いている。
長崎、広島、そして戦地で亡くなられたすべての方々に心から哀悼の意を表します。
2025.8.15
終わり
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