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疑問に思っていたことを聞いてみると、レトは視線を下ろす。
「最初は、かけらが最花の姫候補だって知らなかった。
他の国から来た人なのかなって……。
でも、話を聞いているうちに他の世界から来たのは本当なんだって思ったよ」
「そう……なんだ……」
何も言っていなかったけど、レトも知っていたんだ。
膝の上で手を握って俯く。
「長い間、最花の姫候補を見たことがないと聞いていたから、おとぎ話だと思っていたけどね」
「元の世界の私は亡くなって、もういないんだって……。
心のどこかで、帰れるかもしれないって思っていたから悲しくて……」
まだ受け入れられない真実を思うと、涙が浮かんでくる。
レトに泣いているところを見せたくないのに……。
「かけらは帰りたいと思っていたのかい?」
「最初は、この世界に来て自由になれて嬉しかったよ……。
レトと出会って、世界を平和にしたいという目的ができて、夢中になって頑張ってきた。
だから、帰りたいとか、帰りたくないとか、考えていなかったんだ……」
この世界を旅してきて、不思議なことがたくさんあった。
来ることができたのだから、元の世界に帰る選択肢もあるのだろうと思っていた。
でも、二度と帰ることはできない。
まだ決めていなかったのに、急に選択肢がなくなって混乱していた。
「大切な人である家族や友達に、永遠に会うことができないんだよね……。
悲しいってことは、未練があったんだと思う」
「うん……」
確かに、もう一度だけ自分を大切にしてくれた家族や友達に会いたかった。
社会人になってから一人暮らしを始めて、しばらく会っていないから。
せめて、顔を見て、声を聞きたかった。
それがもう叶わないと思うと、じわっと涙が浮び、頬を流れて手の甲に落ちる。
「元の世界のことを思うとつらいよね。
でも、かけらはこの世界でひとりじゃないよ。
ここまで旅をしてきて色んな人が仲間になってくれたじゃないか」
「そう……だね……」
「なにがあっても僕はかけらの傍にいるよ」
顔を上げると、レトが私のことを包むように抱きしめてくれた。
とても優しくて、あたたかくて、落ち着く……。
ふたりで旅をすると決めた時に、レトは私のことを“守る”と言ってくれた。
あの時の言葉は本当だった。
大事な時に挫けても、守ってくれているのだから……。
恥ずかしいけど今は受け入れたくて、私もレトの背中に手を回した。
「かけら……」
すると、大切にするように名前を呼んでくれた。
この世界で私はひとりぼっちではない。
支えてくれる仲間がいるんだ。
「元の世界のかけらの恋人に悪いけど、今は離したくないな」
「私に恋人はいなかったよ。
元の世界では、誰かを好きになったこともなかった」
「本当かい?」
「うん。私こそ失礼なことをしているかも。
レトの恋人や婚約者に悪いから離れるね……」
「いや、離さないよ」
体を離そうとすると、すぐに引き寄せられて強く抱きしめられる。
「僕に恋人や婚約者はいない。
ずっとひとりだったから旅をして、かけらと出会うことができたんだ」
「ううっ……。ごめんなさい……。また涙が……」
涙でレトの服を濡らしてしまっている。
でも、全然気にしていないのか私を離さなかった。
「大丈夫だよ。皆、かけらが元気になるまで待っているから。
今は無理をしないで、ゆっくり休んでいて」
「ありがとう、レト……」
真実を知って傷ついた心が癒やされていく。
おかげで、次の日にはいつものように動けるくらい身体が軽かった。
ベッドから出て、椅子に座り、テーブルの上に置いてあるおやつを手に取る。
これは、スノーアッシュで食べたクッキーに似ている。
食べてみると優しい甘さがした。そして、サクサクとしていて食べやすい。
もう一枚……。美味しいから、もう一枚食べたい……。
しばらく食欲がなかったけど戻ってきた気がする。
四枚目のクッキーを食べようとした時、ドアを軽く叩く音が聞こえた。
「どうぞ。お入りください」
声を張ってそう言うと、セツナが部屋に入ってきた。
「よう。ちゃんと眠れているか?
……って、お菓子を食えるくらい元気になったんだな」
嬉しそうに微笑んで私の傍にやってくる。
昨日はレトだけ来たけど、今日はセツナだけみたいだ。
恐らく、様子を見に来てくれたんだろう。
「クッキー、食べる?」
「トオル王子が土産に持ってきたものだよな。
オレは二十枚食べたから今は遠慮しておくぜ」
それは食べすぎだ。
セツナは私の対面側にある椅子を引き、腰を下ろす。
「レトから聞いたぞ。
かけらは元の世界に戻りたい気持ちがあったんだな。
前向きに頑張っているところを見て、この世界で生きていくことを受け入れているのかと思っていた。
でも一人で色々悩んでいたんだな。
気づけなくて悪かった……」
「ううん……。気にしないで」
「オレは、紅の地でシエルと話して、かけらが世界の姫候補かもしれないって気づいたんだ。
それから、何を話していいのか分からなくなってな……」
「セツナはすぐに気づかなかったんだね」
「ああ……。信じたくなかったからな……。
そうかもしれないって思っても、自分の中でずっと否定してきた。
世界で一番重要な役割を背負うなんて重すぎだろ」
「確かにそうだね」
「おまけに愛を誓う王子を決めて、その国を平和に導かないといけないんだからよ……。
そんなことを急に言われても、かけらが困るだけだろ」
今まで出会った四人の王子の中から愛する人を選ぶ。
愛を誓う人はたったひとりだけ……。
残りの三人は傷つけてしまうことになる。
「正直にいうと、レトとは争いたくなかったから複雑な気持ちだぜ。
仲良くなっていなかったら、オレはとっくに……――
いや……、なんでもねぇ……」
なぜなのか、セツナは私から視線を逸して気まずそうな顔をする。
「スノーアッシュから戻った時にレトとセツナが仲良くなっていて驚いたよ」
そう言うと、再び私の方を向いてくれてニッと笑ってくれた。
「レトと話しているうちに意外と気が合ってな。
ライにいいコンビだって言われてる。
ボケ役ができてよかったねってもな」
「王子コンビでお笑いできそうだね」
「お笑い……?」
セツナはぎこちなく言って首を傾げる。
この世界にはお笑い芸人がいないのかもしれない。
レトも一緒にいる時に教えよう。
「なんだか分からねぇけど、これもかけらのおかげだ。
もし、かけらが旅をしていなかったら、レトと何も話さないまま戦うことになっていたと思う」
「そうだね。ふたりが争わなくてよかったよ」
「かけらはすごいよな。
特別な力がなくても、敵同士だったやつを仲良くするんだからよ」
こうなったのは私の力ではなく偶然だから首を横に振る。
「皆がいい人だったからだよ。私は何もすごくない」
「否定されても、オレはそう思ってる。
それに前に言ったことを忘れてるのか?
自信を持てって……」
「なかなか難しくて……。
自分のことを好きになればいいのかな?」
「ああ……」
手を伸ばして、さっき食べようとしたクッキーを取る。
「オレは……、かけらのことが……好き……だけどな」