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#第3回テノコン
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とある喫茶店、そのテラス席にて。
輝夜は、非常に真剣な表情でメニューを眺めていた。
そんな彼女の様子を、善人が見つめている。
「……なんだ?」
「あっ、い、いえ。」
善人は、すぐさま目線をそらす。
(女子と2人で、カフェなんて。)
生まれて始めての体験に、善人は完全に浮ついていた。
緊張するというよりも。言語化できない、不思議な感覚。
(でも、あんなイカれたプレイしてるのが、こんな綺麗な子だなんて。)
善人には、不思議でたまらなかった。
「でも、よかったんですか? てっきりスカーレットさんは、和菓子が好きなのかと。」
「あぁ? いやまぁ、別に嫌いじゃないが。……あれか? わたしが、”大福のきぐるみ”を着てたからか?」
「はい。」
「あれはまぁ、なんだ。持ってる衣装が、あれしかなかっただけだ。」
「……ずっと、あれを使ってるんですか?」
「いやいや、そういうわけじゃない。ユグドラシル自体、使うようになったのは最近なんだよ。アバターとか、衣装とか、システムがよく分からん。」
ゆえに、弟にきぐるみを着せられた。
「じゃあ、ルナティックになったのって、つい最近なんですね。」
「いや、わたしはルナティック症候群じゃない。」
「え?」
「まぁ、ちょっと事情があってな。わたしは、生まれた時からずっと眠ってて、初めて目が覚めたのは5年前。だから色々と検査をするために、脳インプラントが埋め込まれてる。」
「そんな、事情が。」
「ああ。」
ルナティック症候群でないのなら、悪夢を見ることはない。
悪夢を見ないのなら、ユグドラシルを使う必要もない。
「なら、本当に最近。」
「そうだよ。足が折れて、家でもやることがないからな。ゲームの一つもやりたくなる。」
もしも、骨折というきっかけがなければ、ゲームやユグドラシルに興味を示すことはなかっただろう。
輝夜と善人の出会いも、それと同じ。
「よし、決めたぞ。」
ようやく、輝夜はメニューを選んだ。
◇
「アントルメ・ショコラです。」
「おおー」
テーブルに置かれたのは、小さなチョコレートケーキ。
輝夜の目が、キラキラと輝く。
「なぁヨシヒコ、アントルメとはどういう意味だ?」
「さ、さぁ。」
2人とも、こういった店には縁がないため、名前の意味などよく分からない。
ともかく、輝夜はひとくち食べてみる。
「ん! うま。」
ケーキは口に合ったようで、輝夜は機嫌よく食べていく。
そんな彼女の様子を、善人はまたもや観察していた。
(か、可愛い。)
ゲームの中では、笑いながら血しぶきを浴びているのに。
本当に同じ生き物なのか、疑問で仕方がない。
「スカーレットさん、本当に甘いのが好きなんですね。」
「……そうでもない。」
甘い物好きを指摘され、輝夜はしかめっ面で反論する。
見た目の可愛らしさを褒められるのは良いが、内面までは言われたくない。
せめて、魂だけは男らしく。
「あとそれから、わたしのことは輝夜でいい。今はゲームの中じゃなくて、ただのクラスメイト同士だろう?」
「そ、そうですね。……か、輝夜さん。」
下の名前で呼ぶのは、善人にはまだ刺激が強かった。
「お前はそのまま、ヨシヒコでいいんだよな?」
「あ、いえ。僕の名前は、”善人”です。花輪善人。」
「……ヨシヒト? ヨシヒコじゃなくて?」
「はい、善人です。」
改めて名前を言われて、輝夜は首を傾げる。
「……なんで、微妙に名前を変えてるんだ? 紛らわしい奴だなぁ。」
「あー、その。最初のチュートリアルで、入力ミスしちゃって。」
「いやいやまて。名前の入力って、思考で入力するタイプだろう? 間違えるのか?」
キーボード入力ならまだしも、思考や音声でミスする事があるのだろうか。
「すっごく、テンパってたので。」
「ふっ、変な奴め。」
変な奴が、変な奴を笑っていた。
「そういえばお前、ユグドラシルは長いのか? その、インプラントを付けてから。」
「そうですね。僕の人生は、これがないと成り立たないので。」
そう言って、善人は自分の頭を指差す。
「なら、丁度いい。わたしの買い物に付き合ってくれ。ちょっと”欲しいもの”があるんだ。」
◇
2人がやってきたのは、少し離れた場所にあるPCショップ。
影沢が、ハイスペックPCを購入したお店である。
とはいえ、今日の目的はパソコンではなく、ソフトウェアの方であり。
店内の一角にある、”ドリームエディター”のコーナーへやって来る。
ナイトメアキャンセラーと、その派生品であるドリームエディター。
ルナティック罹患者の悪夢を打ち消し、好きな夢を見せるためのソフトウェアである。
ルナティック症候群ではない輝夜には、必要のない代物だが。
「なるほど、いっぱいあるな。」
とりあえず輝夜は、目についたパッケージを手に取ってみる。
こういったソフトウェア、いわゆる”夢データ”の購入は初めてであり、物珍しそうに見つめる。
「これは、シンデレラか?」
「そうですね。いわゆる、おとぎ話シリーズです。夢の中で、お姫様になれますよ。」
「ふむ。」
これは必要ないと、パッケージを棚に戻した。
「ほら、大人気アニメの夢もありますよ。」
そう言って善人が持ってきたのは、”バームクーヘンマン”というタイトルの夢データ。
対象年齢、0〜5歳と書かれている。
「おい、これは幼児向けアニメだろ。」
「まぁ、子供もルナティックになるので。」
様々な年代に合わせた、多種多様な夢データ。
好きな映画を選ぶように、今の人々は自分の見る”夢”を選ぶ。
色々な商品を眺めて。
輝夜は、気になったパッケージを取ってみる。
「”ドラボンゴール”か。」
大人気バトル漫画、ドラボンゴール。たまにテレビでも放送していたので、輝夜は内容を知っている。
というより、実は先程のバームクーヘンマンに関しても詳しいのだが、恥ずかしいので口には出さない。
「そういうのにも、興味あるんですか?」
「まぁ、暴力は好きだからな。」
「へ、へぇ。」
爽やかな表情で、なんて言葉を口にするのか。
善人は恐ろしかった。
「ひとまず今日は、”空を飛ぶ”系の夢が欲しい。」
「空、ですか?」
「ああ。」
空を飛ぶ夢が欲しいと、輝夜は言う。
”その理由”が、善人には何となく分かってしまう。
「あの。やっぱり、ウィングパーツは返したほうが。」
「……うるさいぞ。」
ゲームの中で飛べなかったから、せめて夢の中で。そんなことは断じて思っていない。
絶対の絶対に、羨ましくもなんともない。
ということで、2人は空を飛ぶ夢を探すものの。イマイチ、しっくり来るものが見つからない。
「やっぱり、ここじゃ種類が少ないですね。」
「そうか?」
「はい。ユグドラシルにある専門店だと、もっといっぱいありますよ。在庫も無限におけるので、むしろあっちのほうが本場です。」
「なるほど。」
確かにデジタルデータなら、現実よりも仮想世界で売ったほうが合理的である。
現に善人も、基本的にはユグドラシルで購入している。
「まぁ、でも。初めてなら、これでもいいような。」
そう言って善人が手にしたのは、先程の”バームクーヘンマン”の夢データ。
「……本気か?」
「はい。子供向けなら、刺激も少ないですし。これなら空も飛べますよ。」
「まぁ、確かにそうだが。」
いくらなんでも、バームクーヘンマンはハードルが高い。
これは、幼稚園児が見る夢である。
「とりあえず、一度これを試してみて。夢の感覚を掴んだら、ユグドラシルで買うのが一番です。」
「……はぁ。お前がそう言うなら、試してみるか。」
輝夜が買った初めての夢は、幼児向けのバームクーヘンマン。
レジで会計する時に、謎の羞恥心を感じたとか。
◆
「あ。」
買い物を終える頃には、すでに日が沈みかけており。
空は、真っ赤な夕焼けに染まっていた。
「すみません。ちょっと、コンビニに寄ります。」
「ああ。」
用があると言って、善人はコンビニに入り。
しばらくすると、一本の”黒い傘”を買って戻ってきた。
「もうじき、夜なので。」
善人は、買ったばかりの傘を差した。
ルナティック罹患者には必須となる、”月光避け”の傘として。
傘を差したまま、善人は車椅子を押していく
昼間の時間は終わりを告げ、恐ろしい”夜”がやって来る。
驚くべきことに、通行人の半数近くが月光避けの傘を差しており。輝夜は、物珍しそうにそれを見つめる。
「随分と、多いんだな。傘を差す人間は。」
「そうですね。この街には、ルナティックの人が多いので。」
「……らしいな。」
今まで、外を出歩く機会が少なかったため。輝夜には、知らない常識が山ほどあった。
「なぁ、善人。」
「はい?」
「今日は、その。……楽しかったぞ、まぁまぁ。」
「あ、いや、……その。」
慣れない言葉に、善人はつい動揺してしまう。
「僕の方こそ、すっごく楽しかったです。」
「……そうか。」
それなら、なにより。
輝夜は静かに微笑んだ。
「今夜はバームクーヘンマンか。」
初めて購入した、ドリームエディター。
未知なる技術ということもあり、輝夜はかなり楽しみであった。
「ああいう店で買ったやつなら、安心して使えますね。」
「どういう意味だ?」
「ユグドラシルでは、違法な”夢データ”も売っているので。そういうのに手を出すのは、絶対にダメですよ。」
「そういうのもあるのか。」
違法な商品。そういったものは、どんな業界にも存在する。
「違法な夢というのは、具体的にどういうのだ?」
「……えっと、その。アダルト系の夢だったり、刺激が強すぎたり、とか。」
「ほぅ。お前も、そういうのに興味があるのか?」
「いえ、そんな! 買う方法だって知らないです。」
「ふっ、そう慌てるなよ。」
ちょっと刺激の強い話を振られ、善人は顔を真っ赤にしてしまう。
そんな、弄りがいのある反応に、輝夜は大変ご満悦である。
人通りの多い繁華街を、あてもなく移動する。
特にプランもないので、ブラブラとしているだけだが。
「――ちょっと、そこのお二人さん。」
2人は、怪しい老婆に声をかけられる。
占い師のような格好をした、いかにも怪しい老婆。
どうやら路上販売を行っているらしく、台の上には様々なアクセサリーが置いてあった。
「デートかい?」
「違う。」
「ほっほっほ。」
輝夜の即答に、老婆は笑う。
「お二人にお似合いのアクセサリーがあるんじゃが、見ていかんかの?」
そう問いかけられ。
輝夜と善人は、互いに目を合わせる。
「まぁ、少し見てみるか。」
「ですね。」
断るのもあれなので、2人は品物を見てみることに。
老婆が売っているのは、手作りのアクセサリー類。
指輪やネックレスなど、多種多様。
手作りとは思えないほど、作りの良い物ばかりであった。
「ふむ。」
値段も、かなり良心的であり。
おかしなインチキ商品にも見えない。
「こういうのは、輝夜さんに似合うんじゃないですか?」
善人が見つけたのは、満月の形をしたイヤリング。
満月の中に、うさぎの模様が刻まれていた。
「そうか?」
「はい。輝夜さんって、月が好きそうだし。」
「うん? いや、そうでもないぞ。」
「そうですか? ゲームの名前も、”スカーレット・ムーン”だから。てっきりそうかと思って。」
「ああ。あれは別に、そういう意味じゃない。」
スカーレット・ムーンという名前。
別に、月が好きというわけではない。
紅月という名字を、そのまま訳したわけでもない。
決して説明できない理由が、その名前にはあった。
「だがまぁ、悪くはないな。」
輝夜は、”月とうさぎのイヤリング”を手に取ってみる。
月に対する思い入れなど、輝夜には微塵もない。
名前が”かぐや”とはいえ、月には何の縁もない。
だがしかし。
その瞳からは、静かに”涙”が零れていた。
本人でさえも、気づかぬまま。
「じゃあ、これをください。」
「はい、ありがとね。」
善人が会計を行い、輝夜にイヤリングをプレゼントした。
「そういう、ことなら。」
ただプレゼントを貰うだけでは、輝夜も落ち着かないため。
善人へのお返しを探すことに。
「……お前には、これを買うとしよう。」
選んだのは、一風変わった”黄金の指輪”。
瞳を模した、石のようなものが埋め込まれている。
「はい、ありがとう。」
老婆に代金を支払うと、輝夜は買った指輪を善人に渡した。
「えっと。どうして、この指輪を?」
この指輪を選んだ理由が、今ひとつ理解できない。
「ほら、変な石が付いてて、”中二病”っぽいだろう? お前にぴったりだ。」
「……僕、中二病に見えますか?」
善人には自覚が無かった。
「ああ。お前のユグドラシルでのアバター、見るからに中二病だからな。」
善人が使っているアバターは、”王冠を付けたドクロ”という、ちょっとイタいセンスをしていた。
輝夜的には、余裕で中二病である。
「……カッコいいと、思ってたのに。」
自分のセンスを中二病と言われ、善人は若干傷ついた。
「じゃあ、また来ておくれよ。」
何故か、互いにアクセサリーを購入し、2人はその場を後にした。
輝夜は、左耳にイヤリングを。
善人は、右手の人差し指に指輪をはめる。
黄金に煌めく、不思議な指輪を。
◇
「こうやってブラブラするのも、意外に楽しいな。」
「そうですね。」
土曜日ということもあり、時間を気にすることなく、2人は遊び呆け。
いつしか空は真っ暗に。重度のルナティック症候群である善人は、絶対に傘を手放せない時間帯になっていた。
「今、タクシー呼んだので。」
「ああ、ありがとう。」
輝夜を家に送るため、善人がタクシーを呼ぶ。
そんな、さなか。
「……ん?」
輝夜は何かに反応し。
くんくんと、鼻を利かせる。
「なぁ、すっごく”いい匂い”がしないか?」
「え? そ、そうですか?」
輝夜の言葉を聞き、善人も周囲の匂いを嗅いでみるも。
特に、変わった匂いは感じられない。
「ほら、向こうの方から。」
そう言って輝夜が指差すのは、人気のない”路地裏”。
どう考えても、いい匂いの出どころとは思えない。
「本当、ですか?」
「ああ、間違いない。ほんのちょっとだけでいいから、向こうに連れてってくれ。」
「……そこまで言うなら、行きましょうか。」
「おぅ、頼んだ。」
”少年”は押しに弱く、”姫様”の命令には抗えない。
そうして2人は、地獄の入り口へと足を踏み入れた。