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#TS
409
#第3回テノコン
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いつか、こういう日が来るとは思っていた。
ここがゲームの世界なら。自分が主人公だというのなら。いずれ、”それ”と対峙する時が来ると。
だがそれは、あまりにも唐突に訪れた。
甘い香りに誘われて、輝夜と善人は路地裏へと入っていく。
何の危機感も抱かずに。
その最奥には、”一人の男”がいた。
顔中にピアスを付けた、お世辞にも善良な市民とは言えないような男。
地面にしゃがみ込んで、やって来た二人の様子を見つめている。
男の存在に気づいて、善人は車椅子を止めた。
「っと、どうかしたのか?」
しかし、輝夜はなぜ止まったのかを理解していない。
目の前にいる、男の存在に気づいていない。
「いや、その。変な人が、いるから」
「はぁ?」
善人の言っている意味が分からず。
それでも一応、輝夜は目を凝らして見てみると。
「あ」
ようやく、男の存在が目に入り。輝夜は”正気”に戻る。
一体なぜ、ここに来たいと思ってしまったのか。自分は一体、何の匂いに誘われたのか。
「――えっ、気づいたの? おもしろ」
輝夜たちの反応を見て、男は笑う。
とても、愉快なおもちゃを見つけたように。
「……善人。ゆっくりと、ここから離れよう」
「は、はい」
男の存在に、輝夜たちは得体の知れない”危機感”を抱き。その場を離れようとするものの。
「残念」
いつの間にか、男が輝夜の目の前に立っており。
がっしりと、両手で車椅子を掴んでいた。
「ブチ殺されたくなかったら、ちょっと大人しくしてようか」
◇
(嘘だろ)
しっかりと警戒していた。一切、目を離したりしなかった。しかしこの男は、気づいたら輝夜の目の前に立っていた。
目にも留まらぬ速さ、”人間離れした動き”で。
意味不明な現象に、輝夜たちは動けなくなる。
「一応言っとくけどさ、叫んだりしちゃダメだよ?」
男は軽い口調で話しながら。
輝夜の眼前に、”人差し指”を突き立てる。
「じゃないと、この綺麗なおめめ、潰れちゃうから」
「ッ」
またもや見えない動きで、二人は男に脅される。
理知的に動いて、言葉を発する存在。それだけなら、普通の人間と何も変わらない。
だが不思議と、輝夜たちには理解できてしまう。目の前にいる男が、正真正銘の”化け物”であることを。
自分の後ろにいるため、どんな表情をしているのかは不明だが。輝夜には、善人の恐怖が伝わってくる。
どうしようもない”震え”が、車椅子を伝って感じられる。
(……ヤバい)
これがいつもの”ゲーム”だったら、何の問題もない。どうとでも対処ができる。
だがしかし、これは”現実”であり。現実の世界では、輝夜には何の力もない。
「ではまず、君たちに問題です。僕は一体、何者でしょうか」
軽い口調で、男が問いかける。
しかし、その目は微塵も笑っていない。
”善とは程遠い感情”が、渦巻いている。
「ほら、早く答えてよ。もしも正解できたら、何もせず帰してあげるかも」
男に催促され、輝夜はゆっくりと口を開く。
「……”悪魔”、だろう?」
輝夜の言葉を聞き。
――男の表情が”喜び”に歪む。
一瞬で、空気が凍りついた。
今まで感じたことのない雰囲気に、呼吸が不規則に乱れ始める。
この世界に生を受けて。
輝夜は初めて、”本物の恐怖”を感じていた。
「君たち人間ってさ、本当に幸せそうだよねぇ。弱っちいくせに、何の武器も持たずに。今日も、のうのうとデートかな?」
男は悠々と言葉を発する。
いつもの輝夜なら、軽く怒りを覚える状況だが。
今の彼女には、そんな余裕もない。
「ねぇ君、ちょっと”スカートの中”見せてよ」
そう言って、とんでもない要求をしてくる。
猛烈な吐き気と、殺意すら覚えるが。絶対に逆らってはいけないと、本能が訴えており。
要望通りに、輝夜はスカートをたくし上げる。
目を閉じ、唇を噛みながら。
「ほーう」
男はジロジロと、輝夜のスカートの中を覗く。
「これってさ、ギプスか何か?」
「ああ」
「ふーん。なら問題ないか」
どういう基準で話をしているのか、輝夜には理解が出来ない。
「いや君さ、すっごい可愛いから。僕の”ペット”にしようと思って」
男の口から、衝撃的な言葉が飛び出してくる。
「ほら、足がなかったら、ちょっと見栄えが悪いじゃん?」
淡々と話す男に、輝夜と善人は言葉を失う。
「……”悪魔”は、この街に入れないんじゃなかったのか?」
「うん。まー、そうだね」
自分を悪魔だと認めた上で、男は話を進める。
「忌々しいことに、ここ10年は誰も侵入が出来なかった。”ロンギヌス”とかいうクソ連中が、この街を守護してるせいでね」
ロンギヌス。
その存在は、この街にいる誰もが知っている。
「でも最近になって、最高に”面白い技術”が開発されてね。ご覧の通り、僕はこの街に侵入できた。どういう技術か、知りたい?」
男の問いに。
二人は反応に困り、口を閉ざす。
「ふふっ。でもまぁ、知らない方が身のためかも。あまりの恐怖に、女の子なら漏らしちゃうね」
「くっ」
輝夜は怒りを覚えるも。
今は決して、表に出せない。
「僕たち悪魔は、日々進歩してるのさ。君たち人間よりもずっと強く、ずっと早く。魔法の力だけでなく、それは”科学”の面においても変わらない」
「……それで、お前の目的は? わたし達を、これからどうするつもりだ」
延々と話し続ける男に、輝夜が本題を尋ねる。
「うーん、そうだねぇ。君はすっごく可愛いから、僕のペットにして。そっちの彼氏くんは、”首を折って”殺しちゃおうか」
「なっ」
衝撃的な言葉に、輝夜は言葉を失い。
ガタガタと、車椅子が震え始める。
正確には、車椅子を支える”善人”の手が震えていた。
「いやいや彼氏くん、ちょっとビビり過ぎじゃない?」
男は笑い。
善人の肩に、ポンと手を置く。
「安心してよ。この子はちゃんと、僕が大切にしてあげるからさ」
心底馬鹿にしたような声で、男が笑う。
善人を、というより。”人間”を完全に見下していた。
「ッ」
目の前で起こっている現実に、輝夜はどうすることも出来ない。
悪魔と戦う、そんな次元の話ではない。
今の自分では、ここから走って逃げることすら出来ない。
目の前にいる悪魔や、この状況そのもの。
それに対して、何も出来ない自分自身。
多くのものに対する怒りが、ふつふつと湧き上がり。
「……なぁ」
「うん?」
輝夜は懸命に頭を働かせ、自分の中で”決意”を固める。
「お願いだから、こいつは見逃してくれないか?」
「……へぇ」
輝夜の提案に、男は興味を示す。
「代わりにわたしが、どんな命令にも従おう」
善人は、巻き込めない。
確かに、運が悪かったのかも知れないが。ここに来た原因は、自分が何かに惑わされたから。善人はそれについてきただけで、何の罪もない。
これから先、多くの事を経験する、未来のある若者。
だから、
「――はぁ?」
男が、善人の首を掴み。そのまま上へと持ち上げる。
片手で、軽々と。
「おい!」
輝夜の声など、意に介さず。
善人は男に掴み上げられ、苦しみにもがく。
しかし、どれだけ暴れても、男の腕はびくともしない。
力の差は歴然であった。
「立場がさぁ、分かってないんじゃない?」
「くっ」
輝夜に対し、男は高圧的な言葉をぶつける。
「――”プライヤ”、それが僕の名前ね。僕に何かして欲しいなら、ちゃんとした言葉で頼もうよ」
一体、何が気に障ったのか。
男は冷酷に、現実を突きつけてくる。
気分次第で、簡単に命を終わらせることが出来る。
輝夜は、静かに思い知った。
「……プライヤ、さま」
「うん、なんだい?」
名前に様付けをされて、男は見るからに機嫌が良くなる。
「その人は、わたしの恋人でも何でもなく、単なるゲームの知り合いなんです。だからどうか、見逃してください」
プライドを捨てて、輝夜はお願いを口にする。
どれほどの屈辱も、”人の命”には替えられない。
「えっ、そうなの? こいつ、彼氏でも何でもないの?」
「はい。ただ単に、今日は車椅子を押してもらっただけで。わたしとは、ほとんど無関係なんです。なので、どうか」
プライヤに対して、輝夜は頭を下げた。
その手が震えるのは、恐怖によるものか。それとも、怒りか。
「ふ〜ん」
輝夜の言葉を聞いて、プライヤは善人を地面に下ろす。
「なんて言えばいいのかな、この感情」
けれども、決してその手は離さない。
「――マジでムカつく」
プライヤは怒りに任せ。
善人の首を掴む手を、思いっきり”握りしめた”。
「あ」
その光景を、間近で見て。
輝夜は呼吸が止まる。
その手は何を握りしめたのか。
誰を、握り潰したのか。
「……そん、な」
それほどまでに、呆気なく。
善人の首は折られた。
「はい、おしまいっと」
善人の体が、無造作に地面に投げ捨てられる。
「……お、おい」
輝夜は、倒れるようにして車椅子から降り。
地面を這って、善人の側へと近寄る。
「よしひと」
今日、知ったばかりの名前を呼びながら。
彼の顔に、そっと手を触れる。
まだ意識があるのか、瞳だけが動いていた。
だが、それだけ。
もう間もなくして、善人は死んでしまうだろう。
「いいなぁ。こんな優しい彼女、僕には縁がなかったよ」
プライヤが、二人を見下ろす。
「健気に君を守ろうとして。ほんっと、嫉妬しちゃうね」
悪魔は、無情であった。
◆
その体に、力はなく。
ただ地面に横たわるのみ。
何も感じない。
さっきまで、ずっと怖くて痛かったのに。
出番が終わったのだと、そう思った。
この世界における、僕の役目は終わり。何一つ成し遂げられず、守れず。石っころのように退場していく。
(……輝夜さん)
彼女が、遠い所に行ってしまう。
いや、それは僕の方か。
(あぁ、なんで)
僕なんかを見ながら、泣いているんだろう。
正直、”運命”だと思った。
一度目の出会いは、学校のトイレで。
二度目の出会いは、ゲームの中で。
そして三度目の出会いでは、激しく心を揺さぶられた。
あぁ、こんな幸せがあっていいんだ。
”最低最悪”な僕にも、手を差し伸べてくれる人がいるんだ。
なのに、なのに。
こんな終わり方じゃ。
――その魂に、燃えるような闘志が宿った。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったよね? ねぇ、教えてよ」
自分が何をしたのか、もう忘れてしまったかのように。プライヤは、輝夜に名前を尋ねる。
「それってピアス? それともイヤリング? ねぇ、無視しないでよ」
何も変わらないテンションで、輝夜に声をかけ続け。
輝夜は、握った拳を震わせる。
「――地獄に落ちろ、このクソ野郎が」
涙を流しながらも、その瞳に宿るのは”怒り”のみ。
恐怖はすでに消し飛んだ。
目の前に立つ悪魔が、憎くて、憎くて、仕方がない。
「ははっ。その表情、ほんと最高」
しかし、プライヤには何も響かず。
その手を、ゆっくりと輝夜に向けて伸ばし。
何かが擦れるような音に、その手が止まる。
「……は?」
視線を動かすと。
そこには、首を折られたはずの”善人”が、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
前髪の隙間から、鋭い視線で睨みながら。
「いやいや。首グシャって、したよね?」
確かに砕いたはずだった。首の骨を砕かれて、立ち上がれる人間は存在しない。
存在しない、はずだった。
「何だよ、お前」
「……離れろ」
善人の右手、人差し指にはめられた指輪が、”まばゆい光”を放つ。
「――その人から、離れろッ!!」
途方も無い何か。
世界の理に当てはまらない何かが、産声を上げるように。
善人を中心として、光が溢れる。
何が起こっているのか。
輝夜にも、プライヤにも、それを認識することは出来ず。
光が消失すると。
善人の目の前の地面に、”魔法陣”のようなものが発生していた。
その魔法陣は、こことは別の場所に繋がり。
中から、”炎”が現れる。
正確には、それは”炎を纏う男”だった。
革のジャケットに、革のパンツと。
ワイルド過ぎる格好をした、得体の知れない男。
「俺を、呼んだか」
燃えるような闘志を宿す、一体の”悪魔”を召喚した。
◇
「……悪魔を召喚した? 何だよ、それ」
突如として現れた、燃えるような男。
プライヤには、どういう現象なのか理解が出来ない。
「まぁ、いっか。……ちょっと君、どこの誰だか知らないけど、僕の邪魔はしないでくれる? こっちは今、”人間狩り”の最中だからさ」
目の前の同族に対して、プライヤは穏便に事を済まそうとするも。
「……なら俺は、人間の側に付こう」
燃えるような男は、輝夜たちを守るように立ちはだかる。
「なにそれ、ジョーク?」
「いいや、もちろん真剣だ」
男の体から、”熱気”が溢れる。
「俺の名は”アミー”。いずれ魔王になる男だ」
「あー、クソ。話の通じない田舎モンかぁ」
プライヤと、アミー。
二体の悪魔が、真正面から対峙する。
「輝夜さん、大丈夫ですか!?」
地面に座る輝夜のもとに、善人が駆け寄ってくる。
首の骨を折られたはずなのに、何もなかったかのように。
それも、何か”特別な力”によるものなのか。
(……あぁ、そうか)
いつか、こういう日が来るとは思っていた。
日常が崩れ去り、悪魔との戦いに身を投じる。
だけと仕方がない、それが主人公というものだと。
(お前、だったのか)
この5年間、輝夜はずっと、勘違いをして生きてきた。
自分が、ゲームの主人公であると。