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押し返す坪井の手を、隼人が顔面で更に押し返す。そんな小学生男子か? とでもツッコみたくなるようなやり取りを、ダラダラ繰り返していると。
「……お前、結局夏美ちゃんとは別れてからも切れてなかったし。うまく付き合えないだけで本当はマジで好きなんじゃないかって思ってたんだよ、俺は」
ボソッと隼人らしくない、聞き取りにくい声の大きさで呟いた。
「へえ、じゃあ何? 前から夏美のこと狙ってたの?」
「まあな! 美人見たら男なんて大体そんなもんだろ! 連絡先くらい教えてくれや」
そんな軽い言い方をしながら、隼人が前の彼女と別れてから、ここ数年。新しい女を作っていないのは知っているし。
咲山がどうするかは、もちろんわからないけれど……隼人はバカでも根はいい男だから。彼女の気も紛れて、こちらの都合ばかりで考えるなら、何か芽生えてくれたらとは思ってしまう。
(って、それじゃ俺が楽になりたいだけじゃん)
自分の思考が自己中すぎて、軽くこめかみを押さえた。
やはり今は、何も隼人を手伝ってやれそうにはない。坪井が動けば、それは自分の罪悪感を消したいだけの……咲山の立場から考えると無神経極まりない行動になるんだろう。
「……安心しろって。夏美に情はあっても、惚れてない」
「そうか」
「だから俺は別にいいけどさ、確認とってからじゃないと連絡先は教えらんないよ。あと、協力しろとかも今は無理だからな、さすがに夏美に悪いだろ」
坪井の言葉を聞いて、隼人は再び驚いたように目を見開いてから、ニカっと白い歯を見せて嬉しそうに笑った。
「へへっ、お前ほんと変わったなぁ! つーか、それもそうか。今度Rabbitで会ったら自分で聞いてみるかなぁ」
「うん、そうした方が早いかもな。俺からは連絡取る気ないし、会社でもそんな会わないし」
そこで一旦会話が途切れた。
坪井は再び隼人に背を向けるも「って、おおい!? 待て待て、何しれっと帰ろうとしてんだ!? 1番大事なこと何も聞いてねぇ!」と、何やら必死に腕を掴んできた。
「……何だよ、夏美のことで引き止めてたんじゃないの?」
「いやいやいや、んなわけ! ねえだろ! お前このまま誤魔化すつもりか? そうはいかねぇぞ、どんな子なのか教えてから帰れ! マジで! 気になって寝れん!」
「どんな子って夏美? 知ってんじゃん」
「あ? 舐めてんのか? お前の! 涼太くんの! 好きな女の子の情報ですよ、わかりますか、はい?」
いい加減、酔っていつもの5倍くらいになってる隼人のクソデカい声が鬱陶しくなってきた。しかし、そんな坪井の苛立ちなど気がついていようとなかろうと隼人には関係がないようで。
「せめて名前と素性! あとおっぱいのサイズと、芸能人に例えたらどの程度の美人かってのと」などなど、長ったらしく興味津々といった様子で隼人の質問が続く。
思った以上に執念を感じて、答えた方が早いなと判断した。
坪井は気怠く首をポキポキ鳴らしながら。
仕方なく、簡潔に答える。
「……立花真衣香、同じ会社で同期。美人っていうよりめちゃくちゃ可愛い。以上、気が済んだ? 他の奴にベラベラ喋るなよ」
「へー、真衣香ちゃんか!」
「はぁ? いきなり馴れ馴れしいだろ、立花さんって呼んで。いや、てか呼ばなくてもいいじゃん、会うことないでしょ」
「あ? いつか会うかもしんねーじゃん! つーかタメだろ? 俺は同僚でもねぇし、名前呼び普通じゃね?」
ふざけるなよ、俺だって名前で呼んだことないのに……とは、プライドが邪魔して言葉にはできなかった。
坪井が無言なのをいいことに、隼人の質問はまだまだ続く。
「美人ってより可愛いんだな、へーー意外だなぁ! んで? おっぱいデカいの? デカいに決まってるか! お前昔から大は小を兼ねるとか言って巨乳狙いだもんな」
隼人の言葉に、坪井は思わず真顔になった。
(……立花の、胸…………の、大きさ……)
聞かれても、真衣香の胸の大きさなど坪井にはわからない。
(むしろ知りたいのはこっちってゆう……)
あの夜、目にしていたはずの真衣香の下着姿だけれど。
己の次なる行動すら予測できないほどに、実はパニックに陥っていた坪井。
その為、記憶は靄がかかったように不鮮明だ。見下ろしていたはずの身体を思い出せやしない。
(結構辛いわけじゃん、今。下衆な話、いざ抜こうって時に思い出したかったりした訳だけど……)
それは、無理な話だった。
その日を、ひとつひとつ丁寧に思い返せば。最終的にはボロボロに傷つけ泣かせた声と涙がよみがえってしまうから。