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「ちょっとレオ、じっとしてて!」


週末の土曜日、いつものようにボランティアで「Paw Hotel and Daycare 」に来ている私は、一昨日保護されここに来た4歳の雑種のオス犬をシャンプーしている。


とても人懐こく可愛いのだがなかなか大人しくじっとしていない。しかも水が好きなのか洗おうと水をかけると喜んで大暴れする。


「レオ!ちょっと待って、ちょっと待って!」


ブルブルと体をゆすり、シャンプーの泡を撒き散らすレオに慌てて顔を背けながら叫んだ。


「蒼ちゃん、何やってるの?」


竹中さんがやってきて、泡だらけの私を見てケタケタと笑った。


「もう、レオ遊んでると思って、暴れまわって私の言う事全然聞かないの」


私はびしょ濡れの自分を見下ろしながら言った。


「そういえばさ、最近桐生さん見ないけど元気にしてるの?」


竹中さんの後ろから美穂さんがやってきて私に尋ねた。


「うん、最近仕事がすごく忙しくって。今日も接待に行ってる」


「はぁー、会社の社長ってのも大変だねー」


竹中さんは私の返事を聞いてそう呟いた。


「そういえば美穂さん今日桜井さくらいさんは?」


以前桐生さんからの紹介で、美穂さんとお付き合いするようになった銀行の副頭取の息子さん、桜井佳樹さくらいよしきさんの事を尋ねた。


「今日はこれから一緒に里親の自宅訪問する予定なの。それでその後ちょっとしたデート」


美穂さんは最近とても幸せそうだ。何となく私と桐生さんが付き合い始めた頃の事を思い出してしまう。そんな彼女の幸せを喜ぶと同時に羨ましくもなる。


「蒼ちゃん、今度また一緒にダブルデートしない?佳樹さんが桐生さんと一緒に飲みたいって言ってたの。私も蒼ちゃんとゆっくり話したいこともあるし、ご飯でも一緒に食べに行かない?それかまた前みたいに皆でテニスするのも良いかもね」


「あ、うん。ちょっと聞いてみるね。でも彼、最近本当に忙しいの。だからあまりいい返事はできないかもしれないけど」


私は少し言葉を濁せてから、美穂さんから目を背けた。すると彼女は心配したように眉をひそめた。


「最近忙しいってどれくらい忙しいの?だってここ二ヶ月近くほとんど忙しいって言ってない?」


「うん……。実はほとんど家にもいないくらい。週末も土日、朝から晩までいないし、平日もほとんど会社にいなくて。夜も私が寝た後に帰ってくるの。それで朝は彼がまだ寝てるうちに私の方が先に会社に出ちゃうから、一緒に暮らしててもほとんど顔合わせないの」


「そう。桐生さん大変ね。……蒼ちゃんは大丈夫なの?」


美穂さんと竹中さんは心配そうに私を見た。


「うん……。実は……正直私にも良くわからない……」


私は一瞬躊躇したものの、思い切って打ち明けることにした。


「その、……最初のうちは仕事だからしょうがないって思ってたんだけど、こう毎日続くと辛いと言うか……。もちろん自分のわがままだって分かってる。男の人だし、特に桐生さんにとって、仕事は大切だから。……ただ……」


私は美穂さん達に打ち明けようか少し迷った。本来こんな事を言うのは私の性分ではない。しかし彼がほぼ毎日結城さんと一緒に過ごしているこの状況に、私も限界が近づきつつある。


「……ただ、仕事で頻繁に一緒に出かける人が女の人なの。それも彼の元彼女」


「何それ」


美穂さんの顔はますます険しくなる。


「で、でもね!私に凄く気を使ってて、彼も色々大変なんだと思うの。私と仕事の板挟みになっていると言うか……」


私は焦って彼を何とか庇おうとする。


「彼の仕事柄上、綺麗な女性に会う事だって多々あるだろうし、その中には元カノだっているでしょ?しょうがないの。それは私も良くわかってるの。……でもこう立て続けにあると、流石に辛いって言うか……」


「それ、ちゃんと桐生さんに言ったの?」


竹中さんは腰に手を当てて私を見た。


「そんな事言えるわけないよ……」


「蒼ちゃん、そんな我慢いつまで続ける気なの?」


竹中さんはさらに追い討ちをかけるように私に問う。


「それは私が精神的にもっと強くなるまで」


私は手をぎゅっと握りしめた。


「そんなの無理だよ。恋人でもそうだけど、特に夫婦になったりしたら言いたい事も言えないで我慢なんてしてたらもたないよ?いつか不満が爆発して大変な事になるんだから」


「じゃあどうすればいいの?彼に彼女と仕事しないでって言うの?そんなわがまま言えるわけないよ。それに桐生さんにそんな事で迷惑かけたくないし、そもそもそんな子供じみた事言って呆れられたくない」


私はイライラしながら暴れるレオをタオルでゴシゴシと強めに拭いていく。


「まあ二人の問題だから私がどうこう言うわけじゃないけど、それでも我慢は良くないと思うよ。蒼ちゃんがそれでも良いって言うなら別だけど、でも嫌なら嫌だとはっきりと言った方が良いと思うけど……。桐生さんがそんな事で呆れるとは思わないけど、仮にもしそれで呆れられて別れるって言われたら、まあそれまでの男だったって事でしょ?確かに仕事でどうしようもないことなのかもしれないけど、それでも彼には正直に蒼ちゃんの気持ちを話すべきじゃないかな。本当に蒼ちゃんの事を大切に思ってたら、必ず何か考えてくれると思うよ」


竹中さんがそう私に話していると、いつの間に私たちの会話を聞いていたのか、佳奈さんが私の肩をぽんっとたたいた。


「そうだよ、蒼ちゃん。何でも最初が肝心なんだからね。我慢して言いたい事も言わないで甘やかせたりしちゃダメよ。もし結婚なんてして夫ができたら、始めっから厳しく躾けなくちゃ。じゃないと勝手な事はするし一人じゃ何もできなくなるの。そのうち私が具合悪くて寝込んでても、お箸持ってきて俺のご飯は?とか言っちゃうんだから。何でも躾は初めが肝心なの。レオ!!」


佳奈さんは先ほどから暴れて全然私の言う事を聞かないレオに大きな声で命令した。


「レオ、おすわり!!」


レオは先程まで暴れていたのが嘘のように、佳奈さんの命令調の声にビシッとお行儀よく座った。


「伏せ!!待て!!」


レオは『伏せ』だけでなく何と『待て』までしてしまった。


「おおー、なんだ。ちゃんと出来るじゃん!」


竹中さんと美穂さんは感心したように二人揃って声をあげた。私はそんなレオを呆れたように見つめた。



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