テラーノベル
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紺のスカートを握りしめ、つまりそうな息を静かに吐いた。すると、向かいに座っていたダリアが手をそっと重ねてきた。
「何を弱気になられているのですか。ヴェルヘルミーナ様も、天から二物どころでない才を与えられた方です」
「……ダリアは、不思議なことを言うわね。私には、金勘定の才くらいしかないわ」
思わず苦笑って継母の言葉を借りて言えば、ダリアは目を見開いて驚きを露にした。
なにをそんなに驚いてるのかしら。幼い頃から一緒に育ったのだから、私が魔法が使えない無能だって、ダリアも知っているのに。
私がため息をつくと、ダリアは確信をもった顔をする。
「そのお姿で、何を言われるんですか。自信をお持ちください」
「姿って……」
ダリアは、本当におかしなことを言う。
私の身長は152センチ。あと5センチ伸びてくれたらと、何度、夜空の星に願っただろうか。だけど、十五歳の頃から1ミリすら伸びていない。踵の高い靴を履けば、なんとかそれなりに見える程度の背丈だろうけど、元から背の高いダリアの様な女性に、とても憧れるものよ。
ほうっとため息をついてダリアを見ていると、重ねられた手が優しく握りしめられた。
「自信をお持ちください」
「ダリアくらい背が高くてすらりとしていたら、ドレスも似合って素敵だったでしょうね」
「何を言いますか。ヴェルヘルミーナ様は世界で一番、可愛らしいです。私は足元にも及びません」
「……可愛いじゃなくて、美しいって言われてみたいわ」
爽やかに微笑むダリアを見て、毎朝鏡に映る自分の顔を思い浮かべた。
大きな緑の瞳が、もう少し切れ長だったら良かったのかもしれない。ふわふわの赤毛だって、さらさらのハニーブロンドだったら上品だったと思うの。
お母様似の髪や瞳に文句がある訳じゃないけど、どうも子どもっぽく見られるのよね。ロックハート侯爵様とヴィンセント様は、私の姿をどう見るのだろうか。
不安を胸に抱きながら、馬車の窓から街中を覗く。目についたのは仲睦まじく微笑む男女の姿だった。
ヴィンセント様が、あんな風に微笑まれる方だといいのだけど。
脳裏に、にこりとも笑わない生真面目なお父様の顔を浮かべ、再びため息を零してしまった。
「ヴェルヘルミーナ様?」
「幸せな夫婦とは、どういったものなのかしら……」
「あまり難しく考えずともよろしいかと」
「嫁ぐのであれば、妻の役割というものがあるわ」
「そうですが、ヴィンセント様は女性に全く興味がないとの噂です。危険魔獣討伐の最前線に赴かれる死にたがり、という噂まである変わった御仁です」
「ダリア……その噂は、殿方の前では決して口にしない方がいいと思うわ」
「こういった秘密の話は、ヴェルヘルミーナ様にしか話しませんので、ご安心を」
ふっと笑ったダリアは、握っていた私の手をそっと放した。
それにしても……女嫌いで危険な魔獣討伐に向かう死にたがり屋。本当にそんな方が、この美しいリリアードを治めているのかしら。にわかには信じられないわ。
「ヴィンセント様は、まるで、お父様のようね」
「亡きアルバート様ですか?」
「お父様は、政務こそお母様任せだったけど、あの第五師団をまとめていたのよ」
「第五師団は、昔から荒くれ者が多いで有名でしたね」
「ふふっ、お父様もなかなかの戦歴だったわよ。でも、魔術師の皆さんはとても優しくて……」
お父様についていった第五師団の砦は、いつも賑わっていた。その大半が、魔術師とは思えない屈強な男ばかりだったけど、皆、私のことを娘のように可愛がってくれた。ただ、幼かった私から見たら、戦士と見間違いそうな体躯をした魔術師は怖い大人たちだったのよね。
ふと、一人の若い魔術師を思い出した。
恐怖に泣き出してしまった私に、皆が困り果てていた。そんな中、美しい幻影の魔法を見せてくれた青年が一人いたのよ。
殺風景な砦の一角に花が咲き乱れ、現れた蝶や小鳥の幻は私の周りを飛び回った。
あれは、何歳のときだったかしら?
今でも美しい幻影はしっかりと心に残っている。
思い出すだけで胸がきゅっと締め付けられる特別魔法。とびっきり綺麗で、キラキラしていて──突然のことにびっくりした幼い私は、涙を引っ込めて魔法に夢中になったんだわ。
#溺愛
高瀬船
934
#女性向け
常陸之介寛浩
840
黒猫ている
2,077
#ハッピーエンド
黒猫ている
502
その魔法を見せてくれたのは、美しい銀髪を風に揺らした青年。優しく微笑んだ彼は、幻の花を私の髪に挿してくれたのよ。
まるで、お伽噺の王子様のようだった。
幼い娘も令嬢として扱うスマートな振る舞いだったから、どこか名のある貴族のご子息だったのかもしれないわね。
いつの間にか遠くなってしまった砦と彼の姿を思い出すと、胸がじわじわと熱を帯びた。
あの砦に、彼はまだいるのかしら。
ほんのり温かくなる胸元で手を握りしめ、懐かしい記憶に思いを馳せた。あのとき感じた驚きが、初めての恋だったのかもしれない。今でも思い出したらこんなに胸がときめくし、頬まで熱くなる。初恋は忘れられないものね。
今の彼は三十歳くらいかしら。あんなに優しい方だったんだもの、きっと素敵な夫人と巡り合って、可愛いお子様が生まれたでしょうね。
胸を締めつける寂しさに、堪らず大きな息を吐き出してしまった。
一人妄想に溜息をつく私を見たダリアが、心配そうに眉をしかめた。
「ヴェルヘルミーナ様、ご不安でしょうが……」
「大丈夫よ、引き返すことが叶わないのは、わかっているわ。お屋敷に着くのは、あとどれくらいかしら?」
「もう間もなく到着します」
ダリアの言葉に頷き、深く息を吸いこむ。
おぼろげな幼い記憶などに縋っている場合ではない。私の目的は、セドリックの為にレドモンド家を守ること。
甘い恋はいらない。
継母を追い出せるなら、政略結婚も辞さないわ。
コメント
1件
「あの幻影魔法の青年……絶対まだどこかにいる気がする……」 ヴェルヘルミーナの幼い頃の記憶がすごく綺麗で、胸がきゅっとなったよ🥀💭 「可愛いじゃなくて美しいと言われたい」って気持ち、わかるなあ…… 政略結婚に向かう覚悟と、それでも忘れられない初恋のトキメキ、その対比が切なくて素敵でした🌙 ダリアとのやりとりも温かくて、守られてる感じが伝わってきたよ🤍