テラーノベル
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なにか、酷い夢を見た。これほど酷い人生だっていうのに、もっと酷い夢を。
「う、うーん……」
鈴奈はぼうっとしたままベッドの上で目を開ける。すると目の前には微笑みを浮かべる祐也の顔があった。
「鈴奈、おはよう」
「にゃ、ゆーや?」
「よく眠れたかい?」
「う、うにゃ。だめらあ……」
そこでようやく、はっとする。鈴奈は「ひっ!」と悲鳴を上げ、がばっと飛び起きた。そうしてベッドに寝転がる祐也の幽霊を睨み、口をわなわなと震わす。
祐也はハダカだった。いや、パンツは履いているが、さすがにありえない。
「な、なんで幽霊が添い寝してるのよ!」
「幽霊が添い寝しちゃいけないって法律でもあるのかい?」
祐也は寝転がったままベットに肩肘をついて、にやにや笑いながら鈴奈を見上げている。
「ずうずうしいにも程があるでしょ、幽霊のくせに」
「だって、俺と鈴奈の仲だろ?」
「それは祐也が生きていた頃の話。なんで幽霊なのに、ハダカで寝てるのよ!」
「だって、夏だから暑いじゃん。いや、幽霊だからわからないけど、暑そうじゃん」
鈴奈は振り上げかけた握りこぶしを、大きなため息とともに引っ込める。
昔から祐也になにを言っても無駄だ。それに幽霊は殴れない。
祐也から目をそらしてベッドから抜け出すと、ローテーブルに見慣れないものが置かれていることに気づき、はっとした。
それは、小型で黒いボストンバッグだ。目が釘づけになる。
恐る恐るバッグに近づき、チャックをそっと開けてなかを覗き込む。思わず、驚きの声が漏れた。
「なに、これ……」
入っていたのは、帯封で小分けにされた札束だ。背後から祐也の声が聞こえてくる。
「500万あるぜ」
「500万!? どうして、こんなものが」
「昨日の夜、別人格の鈴奈がタカシから受け取ったんだ。いもしない鈴奈の弟の治療費としてね」
「ま、まさか……じゃあ私、サギを働いてしまったってこと?」
「うん、結果的にはそうなるな」
「ああ、どうしよう……」
激しい罪悪感が鈴奈を襲う。確かに黒崎から婚活サギをするよう命じられていたが、実際に奪ったお金を目にするとからだが震えてしまう。
それに金を奪った相手は、二度と会ってはならないはずのタカシだ。
「まあ、今更気にしても仕方ないだろ? この金で借金を返せるんだ。やっと黒崎から解放されるぞ」
能天気にそう言う祐也の顔を、鈴奈はきっと睨みつけた。
「それはダメ! これ、タカシに返さなきゃ……」
「金を返す? なに言ってるんだ」
祐也は、せせら笑う。
「だいたい、婚活サギするためにタカシに近づいたんじゃないか。だけど鈴奈じゃできないから、別人格が代わりに金を奪った。結果的に計画は成功したというのに、なんで金を返すわけ?」
「だって、やっぱり良くないよ、こんなこと……」
「くだらない正義感だね。実際に奪った金を見たら怖くなったんだろ。もう手遅れだって。それに、これで終わりだと思うか?」
「えっ、どう言う意味?」
「黒崎は500万ぽっちじゃ満足しないだろう。それに、鈴奈の別人格もだ。昨晩、札を数えながら呟いていたよ。まだまだ、これからふんだくってやるってね」
「そんな……」
「とにかく、コトは鈴奈の意思に関係なく進み始めてしまったのさ。もう、後戻りはできない」
祐也のからだがすうっと消えていく。10分が経ったのだ。
「いいかい、逆にこれは鈴奈にとってチャンスなんだ。くれぐれも……」
そこで、ぱたんと本を閉じたかのように、祐也の存在は消え去った。
鈴奈は落ち着きなく、金が入ったボストンバッグを見つめる。
刑事のタカシから金を奪ったことを知った黒崎は、どうするだろうか。
最悪のケースが頭に浮かんでしまう。
500万は借金のかたに取られたあげく、たぶん私は……消されてしまうだろう。証拠がバレないように。
だったら、どうすればいい?
本当のことをタカシに話して、金を返す。
いや、だめだ。逮捕されるのは仕方がないが、黒崎が黙ってはいないだろう。なにせ主犯は黒崎なのだ。
いずれ出所できたとしても、暗い森に埋められるか、はたまた深い海の底に沈められるか。
再びネガティブなイメージばかりが頭に浮かんでくる。
とりあえず、会社に行かなきゃ。
もくもくと湧き上がる不安を抑えきれないまま、鈴奈が支度を始めようとしたとき。
安普請のドアを激しくばんばんと叩く音が部屋じゅうに鳴り響いた。
こんな朝早くに、誰?
まさか黒崎が。
鈴奈は慌てふためきながら、ボストンバッグを手に持つ。
これを黒崎に見られてはいけない。隠さなきゃ。
逡巡している間にも、激しくドアを叩く音は鳴り続く。
きょろきょろと辺りを見渡し、目についたベッドの下にボストンバッグを押し込んだ。
そうしてドアへと駆けつけ、覗き穴から様子をうかがう。
そこにいたのは、見たこともないふたりの男だった。
ひとりは白髪交じりの中年で、もう一人は若い。どちらもがっしりとした体格で鋭い目つきをしている。
鈴奈はどきどきしながら解錠し、ドアを少しだけ開けて顔を覗かせた。
「あの……なんでしょうか?」
するとすぐさま若いほうの男が、ドアを力尽くで大きく開けた。
「幸手さんですか? 幸手鈴奈さん?」
穏やかな口調でそう言うが、目は鋭いままだ。
「そ、そうですが」
「私、猫又署の小林と言います。こっちは坂井。ちょっとお時間よろしいですか」
警察……頭がくらくらとする。
早くも婚活サギがバレたのだろうか。これはもう、観念するしかない。
鈴奈はがっくりと頭を下げて、おずおずと口にした。
「はい……私がやりました」
「えっ!?」
小林は戸惑った顔で、坂井と顔を見合わせた。
「やったって、いったい何をですか?」
「それは……」
「行方不明の瀬上祐也さんについて、お聞きしたいことがあって伺ったのですが。やったというのは、もしや?」
はあっ、そっちなの!?
鈴奈は慌てて頭をぶんぶんと横に振る。
「や、やってません。ちょっと寝ぼけていて」
「そうですか。じゃあ、改めてお聞きしますが。瀬上さんが10日ほど前に姿を消したのはご存知ですよね?」
「えっと、あの」
「調べによると、幸手さんは瀬上さんと交際されていたようですが」
「ええ、まあ」
「行き先について、何か知っていますか?」
小林の目がさらに鋭く、語気が強くなる。
幽霊になって毎朝現れると正直に言ったら、ふざけるなとぶん殴られそうな勢いだ。
「いえ……どこへ行ったのか、さっぱり」
「本当に?」
「は、はい。わからないです……あの、祐也がどうかしたのですか?」
すると、中年の刑事である坂井が話に割って入ってきた。
「瀬上さんは、婚活サギの容疑者なんですよ」
「こ、婚活サギ!?」
「はい。マッチングアプリで知り合った複数の婚活女性と結婚を前提に交際し、金を巻き上げていたようですな。被害届を受けて我々も捜査に乗り出したとたんに失踪した。ご存知でしたか?」
頭が真っ白になり、口がぽかんと開いてしまう。
まさか祐也がそんなことを。しかも自分と同じ手口で婚活サギを働いていたとは。
「瀬上さんの行き先について、心当たりは?」
「い、いえ……さっぱり」
霊界にいるとは言えない。
「交際していたなら、何か知っててもおかしくないんですけどね。それとも、瀬上さんをかばってます?」
「いいえ、そんなことは全く」
「まさか、瀬上さんの犯行に加担してませんよね。ふたりで計画して婚活サギを実行したとか」
「ちょっと、待ってください。今、初めて知ったんです。祐也がそんなことをしてたなんて」
坂井は疑わしそうな目で鈴奈を見つめると、伸び上がって部屋のなかを見渡した。
その視線が、ふと止まる。
「ん? あれはなんですか?」
「えっ?」
鈴奈が振り返ると、ローテーブルの上には積み上げられた札束。
そう、慌てていて札束をテーブルに置いたまま、ボストンバッグだけベッド下に隠していた。
「あ、あ、あ、あれは、その!」
「失礼ですが、このアパートの住人に似合わぬ大金をお持ちのようですな」
「ち、違うんです。ゆ、友人から預かっているお金で。私のじゃないんです」
「ほう、預かっている。どなたから?」
「それは……えっと……知らない人です」
ふたりの刑事の目つきが、さらに鋭くなる。
「知らない人から、大金を預かっている?」
「知らないというか……知ってるというか……」
「どっちなんです」
「そ、そう。お金を借りたんです。生活が苦しくて」
小林がそっと坂井に「かなり怪しいですね」と耳打ちする。応じて坂井が深く頷き、鈴奈を暗い目で見つめた。
「幸手さん。本当は瀬上さんから金を受け取ったんじゃないですか?」
「ち、違います。神に誓って!」
「瀬上さんをかくまってるとしたら、やっかいな事態になりますよ」
「ここにはいませんから。私も祐也を探しているんです」
実際には祐也の死体を、ではあるけど。
「昨日だって、祐也のマンションへ行ってみたんです。そうしたら知らない女の人が出てきて……風邪で寝てるから会えないって言うんです」
「嘘はやめましょうや。こっちも瀬上さんのお宅には足を運んでいますが、あそこはもぬけの空でした。どうやら夜逃げしたらしい」
「えっ、そんな!」
心底驚く鈴奈とは裏腹に、刑事たちの目はますます疑いの色を濃くしていた。それはもはや、確信と言っていいほどに。
ふたりは鈴奈から距離を置くと、なにやら小声で話し合う。
鈴奈はドキドキが止まらない。ストレスが極まって急にお腹が痛み出した。
私は無実の罪で逮捕されてしまうのだろうか。いや、同様の別件で無実ではないけど。
やがて話を終えた坂井がつかつかと歩み寄った。
「今日のところは、これで失礼します。今日のところはね(強調)」
刑事たちが帰った後、鈴奈がトイレに駆け込んだのは言うまでもない。
コメント
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わあ、第11話、読み終わりました…! 朝の添い寝(しかも幽霊でほぼ裸)から始まって、500万の札束がどーん、刑事がガチャガチャ、しかも祐也も婚活サギしてたって…もう目が回る展開でしたね(笑)。鈴奈のツッコミどころ満載の慌てぶりが愛おしい反面、黒崎の影や別人格の不気味さもじわじわ迫ってきて、気が抜けないエピソードでした。続きの展開、めちゃくちゃ気になります!