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放課後の屋上は、風がよく通る。
昇降口でざわつく声も、部活に向かう足音も、ここまで届くことはない。
まるで学校という空間の中にある、別の世界。
優羅はそこが好きだった。
「……また来てるんだ」
静かに開いた扉の向こうから、そんな声が聞こえた。
振り返ると、見慣れない制服の女の子が立っていた。
同じ学年の、美咲。隣のクラスのはずだ。話したことはなかったが、どこか影のある表情が気になって、何度か目で追ったことがある。
「うん、ここ…落ち着くから」
優羅はそう答えて、校舎の端にある柵に寄りかかったまま、目を閉じる。
それでも、足音は消えずに近づいてくる。やがて、彼女は隣に腰を下ろした。
「……サボってるの?」
「サボってないよ。部活もやってないし、家も居場所ないし」
「ふぅん。…似てるかも」
何が、と問う前に、美咲は自分の腕を抱えるようにしていた。
ちらりと見えた肌には、薄い傷跡が幾本も走っている。優羅は何も言わなかった。ただ、同じ場所にある自分の傷と重ねた。
「ここって、誰も来ないよね。前も来たけど、優羅さんしかいなかった」
「…名前、知ってたんだ」
「うん、前に授業で発表してたでしょ。声、落ち着いてるなって思ったから覚えてた」
優羅は、少しだけ目を細めて笑った。
人に褒められることなんて、ほとんどなかったから。
「美咲さんは…誰にも言わない?」
「なにを?」
「私がここでサボってることも…腕のことも」
「うん。私も言わないでね。誰かに言われるくらいなら、消えたほうがマシだから」
その言葉の重さに、空気がひんやりと変わった気がした。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「いいよ。誰にも言わない。…言うつもりもないし、聞くつもりもない」
「……そっか」
言葉がなくなっても、沈黙が苦ではなかった。
どこか、ずっと昔からこうしていたような心地さえした。
太陽が傾いて、二人の影が少しだけ重なる。
世界に置き去りにされた者同士、ひっそりと寄り添うようにして。
「明日も、ここ来る?」
「来るよ」
「じゃあ、また明日」
その日から、屋上は“ふたりだけの場所”になった。
誰にも知られず、誰にも必要とされず、それでも――確かに、そこにあった。