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次の日の放課後。教室を抜け出すと、自然と足が屋上へ向かっていた。
裸足のまま階段を上るのは、なんとなく背徳的で、ちょっとだけ楽しかった。
「……あ、いた」
鉄の扉を開けると、昨日と同じ位置に、美咲が座っていた。風になびく黒髪が、午後の光に揺れている。
「来るの、早いんだね」
「今日、委員会サボった」
「…正直者」
優羅は、彼女の隣に腰を下ろす。風が冷たく、肌が少しだけ粟立った。
ふと視線を落とすと、美咲の腕には絆創膏が増えていた。
それに気づいたことは、口にしなかった。
「ねえ、優羅さんって、友達いる?」
「…いないかな。話す人はいるけど、“友達”って言われたことはない」
「……私も」
そう言って、膝を抱えるようにうずくまった美咲の横顔には、どこか安心したような安堵が滲んでいた。
「うちね、家帰っても誰もいないの。母親、夜まで仕事だし、父親は…いないし」
ぽつりぽつりと、美咲は語り始めた。
家に帰ればテレビだけが音を発していること、夕飯はいつもコンビニのパスタであること、昨日は包丁を持って鏡の前に立ったこと。
「……でも、怖かった。死ぬのが怖いんじゃなくて、誰にも気づかれないまま消えるのが怖かった」
「それ、わかる…」
優羅もまた、声を震わせながら言った。
自分の存在が、誰にも知られずに薄れていくような感覚。朝起きても、学校に行っても、教室で机に座っていても、誰の記憶にも残らないような――
「……見て」
そう言って、優羅は制服の袖を捲った。
そこには細く浅い線が何本も走っていた。どれも新しくはないけれど、確かに“生きた証”として残っていた。
「…同じだね」
美咲も、そっと自分の腕を差し出す。
傷の位置も、深さも似ていた。まるで、合わせ鏡みたいだった。
「優羅さん、変なこと言ってもいい?」
「うん」
「……こうして傷見せ合える人って、はじめて」
「私も」
風が吹き抜けて、ふたりの髪が絡んだ。
でも、誰もそれをほどこうとはしなかった。
「ねえ、死ぬのって、痛いのかな?」
「痛いと思う。でも、心の痛みに比べたらマシかも」
「ふふ、最悪だね、私たち」
「うん、最悪。でも…最悪なまま、一緒にいられるなら、それでもいいって思える」
「……やばい、それ、なんか嬉しい」
ほんの少しだけ、美咲が笑った。
その笑顔は壊れそうなくらい脆くて、でも確かにそこに“生きている”と感じさせた。
この日を境に、ふたりの距離は加速度的に縮まっていった。
それは“友情”でも“恋愛”でもない、名のない依存。
それでも、ふたりにとっては――確かに救いだった。