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――――三十層。ボス部屋。
「ブースト」
強化された弾丸が、サイクロプスの単眼を撃ち抜く。
たった一発の弾丸によりサイクロプスの巨体は膝から崩れ落ちる。
《下層ボスをあっという間に……》
《こっから先は下層だよな?》
《今回は深層もソロで行くのかな?》
〈信じられない、サイクロプスは下層ボスの中では真ん中くらいの強さだけど、それでも一発で倒すなんて……〉
《ぶっちゃけ、魔葬屋並みに強いから下層も余裕っていう安心感がある》
「あ、今回は最下層まで行くよ。マナポーションも多めに持ってきたから」
コメント欄に目を向けた輝夜は、そう言って扉を開けて深下層に進む。
《最下層ってことは深層!?》
《深層は流石にヤバい》
《プロハンターが五分と経たないうちに逃げ出す》
《芦屋っていうクソ強いライバーが居たけど、深層で……》
《芦屋か、懐かしい名前だな……》
《下層を攻略できる実力だったのに、それでも深層では何もできなかった》
「その芦屋っていう人は亡くなったの?」
《輝夜ちゃんは知らないかもしれないけど、四、五年くらい前だったかな、日本でもトップクラスのライバーだった》
《けど深層ソロ攻略をしようとして》
《胴体が真っ二つにされた》
《まだその時の映像残ってると思う》
《ちょうど、ここのダンジョンの深層だった》
《これがその時の映像→URL》
輝夜はスマホから自分の配信に飛び、コメント欄に来ていたリンクをタップする。リンク先は日本の動画サイトではなく海外の動画サイトのURLであった。
そこに映っていたのは、茶髪のオールバックに凛々しい顔つきをした一人の青年。
青年は息を荒くして、必死に走り回っている。
次の瞬間、頭のない黒い鎧のモンスターが青年の真横に現れ、黒色の大剣を振るう。
青年の左腕が宙を舞い、青年は砂だらけになりながら地面を転がる。
そこに黒鎧のモンスターのが、まるで殺すことを楽しんでいるかのように、ゆっくりと剣を振り上げて近づいていく。
左腕を失い、身体中切り傷だらけでまさに満身創痍になりながらも、剣を杖代わりにして起き上がり、必死に逃げる青年。やがて上の階層へと続く階段が見えてくる。
【こ……れが……深層かよ……二度と来るかよ……クソッ……】
下層に逃げられる希望が見え、青年の表情に僅かな笑みが浮かぶ。
しかし次の瞬間。彼の体右肩から左脇腹にかけて真っ二つに切り裂かれ、断面から止めどなく血が吹き出す。
しかし動画はそこで終わらず、首のない鎧は死んだ芦屋の体を踏みつけ、嘲笑うかのように執拗に剣を振り続ける。
原型がなくなり、ただの肉塊となるまで弄んだ後、地面に転がっている芦屋の剣を拾い上げて立ち去っていく。
ここでようやく動画は終了した。
「胸くそわりぃ」
輝夜は動画を閉じると、小さく呟く。
《やっぱり深層はやめよう?》
《久しぶりに見たけど、悲しいな……》
《芦屋は生きててほしかった》
「忠告ありがとう。けど大丈夫」
輝夜はお通夜のような空気になったコメント欄を見て、カメラに笑顔を向けてそう言う。
「ちゃんと弔ってくるよ」
輝夜はそう言うと深層へと足を踏み入れる。
深層は雰囲気が一気に代わり、灰のような砂に覆われた硬い岩盤の大地広がり、枯れた草木が申し訳程度に生えている。
まさに死の大地という言葉が似つかわしい荒廃ぶりである。
《これが深層……初めてみた》
《パーティー組んでても深層まで来る人居ないからな》
《深層行くプロパーティーは居るかもしれないけど、配信までする余裕はないだろうし》
〈深層は海外でも経験が少ない。正直彼女の実力でも通用するかどうか……〉
〈危ないと感じたらすぐに引き返してくれ〉
《深層の配信したの、芦屋が最初で最後だから》
『言う迄もないけど……ここからは、これまでの常識は通用しないわよ』
「わかってるよ」
上層から下層にかけては、下に行くほどモンスターは強くなり、そして数も増える。しかし、深層はモンスターの数はそこまで多くない。
その代わりに、下層とは比べ物にならないほど一体の強さが桁違いとなる。
「数が少ないってことは、モンスターに会わずに次の階層に行けるって事でもあるんだけど……」
輝夜は真っ直ぐとこちらに向かってくる気配を感じとる。
「今回はそう上手くはいかないみたいだ」
朽ちたローブを纏った白骨。指には様々な宝石で装飾された指輪をつけており、首には金のネックレスを下げたモンスターが輝夜達の前に降り立つ。
リッチの中でも最上位に位置するエルダーリッチと呼ばれるモンスターである。
《エルダーリッチだ……》
《いきなりヤバいモンスターが出てきたな》
《これが深層か……》
〈正直逃げてほしいけど、銀の弾丸ならやれるかもしれないと思ってる自分がいる〉
〈けど、広範囲魔法を連発されたら、流石に逃げ場がないんじゃ?〉
「魔法は僕の分野じゃないんでね。専門家に任せるよ」
輝夜はそう言うと後ろに下がる。
『仕方ないわね。任せなさい』
代わりに自信満々と言った様子で出てくるのは、輝夜よりも圧倒的に小さい体のナディ。
《え、輝夜ちゃん戦わないの?》
《まさか、ナディお姉さんが戦うのか?》
《ていうか、戦えるの? 回復魔法が使えるマスコット的な立ち位置だと……》
〈もしかして、フェアリーが戦うのか?〉
〈妖精が戦うところなんて、世界初だぞ〉
〈これ、すごく貴重な資料だ〉
『さぁ、どこからでもかかってらっしゃい』
エルダーリッチはナディには目もくれず、輝夜に向かって直径一メートルほどの火球を放つ。
しかし、僅かに進んだだけで小さくなって間に消えてしまう。
『私を無視するとは良い度胸ね!』
エルダーリッチは何が起こったのか理解出来ず、僅かに戸惑いを見せるも、今度は氷のつぶてを連続して放つ。
だが、それも火球と同様に、僅かに進んだ段階で小さくなって消えてしまう。
『ちょっと! 無視するんじゃないわよ!』
怒ったナディが両手を振りかざすと、エルダーリッチの周囲に強風が巻き起こり、エルダーリッチを吹き飛ばす。
『私が相手してるんだから、私に攻撃しなさいよ!』
エルダーリッチの目の前まで飛んでいき、地団駄を踏みながらそう怒るナディ。
しかし、エルダーリッチはなおも輝夜に狙いを定めて魔法を放とうとする。
『ーーっ! ウィンドブラスト!』
頬を膨らませたナディが両手を前につきだして魔法を放つ。
竜巻のような強風がエルダーリッチに放たれ、砂や木々を巻き込んで
暴風の中、エルダーリッチは身動き一つ取ることが出来ず、体がバラバラになりながら彼方へと飛ばされる。
《嘘だろ……》
《深層のモンスターを一方的に……》
〈オーマイガー〉
〈ジーザス〉
《妖精って強いんだな……》
『これに懲りたら私を無視しないことね』
腕を組み、そっぽを向いてそう言うナディ。
「ナディ、やり過ぎだよ」
輝夜は困ったような表情をでそう言う。
ナディの魔法は遠くからでもわかる程に目立つものだった。
「ほら、お客さんが来ちゃったよ」
凄まじい速度で近付いてくる気配を感じた輝夜は、その方向に目を向けてそう呟く。
輝夜の視線の先に現れたのは、頭のない黒色の鎧。左手で兜を抱える人型のモンスター。
右手には深紅の刀身を持ち、漆黒の柄をした片手剣を携えている。
《あっ……》
《芦屋の使ってた剣……》
《デュラハンだ》
《芦屋を斬ったモンスターだ》
〈デュラハンはまずい、速い上に硬いし強い、それに不死身だ〉
〈フェアリーの魔法があれば行けるんじゃないか?〉
〈いや、デュラハンに魔法は効かないんだ〉
「……お前か」
先ほど見た動画が脳裏にフラッシュバックする。決して気分が良いものではなく、思い出すだけで怒りが込み上げてくる。
怒りに身を任せて冷静さを欠くことがないように、輝夜は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、左手にナイフを構える。
「ブーストスクエア」
そしてブーストで身体能力を二重に強化する。
《戦わなくていい。すぐに逃げよう》
《そいつだけはマジでヤバい》
《お願いだから逃げてくれ》
《本当に強いんだ》
「僕は芦屋って人を知らないんだけどさ」
輝夜に気づいたデュラハンが、ワープしたと思うほどの速さで輝夜の目の前まで移動してくると、右手に持った剣を真横に薙ぐ。
「知らない他人でも、あれを見ちゃったらさ」
輝夜はナイフでその一撃を受け止める。
鉄同士が激しくぶつかり合う音が響き渡り、火花が散る。
デュラハンの膂力から繰り出される凄まじく重い一撃を真正面から受けてなお、輝夜は涼しい顔をして片手でそれを止めている。
「仇くらいはとってやろうと思うわけよ」
デュラハンの剣を押し返し、バランスを崩しかけたデュラハンの足を払って転倒させる。
「お前、ちょっとやり過ぎたな」
素早く拳銃を抜き、ブーストで強化した弾丸でデュラハンの両足を撃ち抜く。対物ライフル並みの威力となった弾丸は、鋼鉄の鎧を容易く砕く。
輝夜は両足を失い、もがくデュラハンの右腕を踏みつけ、そのまま踏み砕く。
剣を奪われ、足を失い、無様に地面に倒れるデュラハン。背を向けて地面を這って逃げようとする。
「ナディ、こいつって殺しを楽しんだり、死体を弄ぶ習性とかある?」
『ないわよ』
「じゃあ、やっぱり楽しんでただけか」
デュラハンのそばまで歩いて行き、その背中を踏みつける。
「やる側は楽しくても、やられる側は楽しくないか?」
デュラハンはなんとか這い出そうと、残った左腕で地面を引っ掻くようにもがく。
輝夜はその姿を黙って見下ろしていたが、やがて銃口を、地面に転がっているデュラハンの兜に向ける。
「後悔先に立たず……だ」
そして胴体を踏み砕くと同時に、兜を撃ち抜く。
動かなくなり、完全に沈黙するデュラハン。
《デュラハンを倒した……?》
《ヤバい、俺泣きそう》
《仇を取ってくれてありがとう》
《芦屋も少しは報われるといいな》
《一生着いていきます姉御!》
〈一体どうやってデュラハンを? 不死身のはずなのに……〉
《海外勢がどうやって不死身のデュラハンを倒したのか聞いてる》
〈他のプロハンターと比べても次元が違うぞ〉
〈うちの国に来てくれないかな〉
「デュラハンは別に不死身じゃないよ。頭と胴体を同時に破壊すれば倒せる。これ、誰か訳して」
《〈頭と胴体を同時に破壊すれば、デュラハンを倒せるらしい〉》
〈なんでデュラハンの倒し方を知ってるんだ?〉
〈もしかして初めてじゃないのか?〉
「ここに来るの始めてだけど、デュラハンなら前に戦ったことがあるんだ」
《マジですか……》
《〈前に戦ったことがあるらしい〉》
〈ハイスクールスチューデントと聞いたんだが、日本のハンター育成はどうなってるんだ……?〉
〈うちの国の学生は上層ですらヒーヒー言ってるっていうのに〉
《〈いや、輝夜ちゃんが特別なだけだと思う〉》
〈流石にそうだよな……それを聞いて安心した〉
〈いや、その特別な例がヤバすぎるんだが〉
「……外国語わかんない」
輝夜は英語で盛り上がるコメント欄を見て、蚊帳の外に追い出された気分になりながら、デュラハンの持っていた剣を拾い、アイテムボックスの中に入れる。
「あ、この剣は遺族に届けるよ」
輝夜はそう言うとマナポーションを取り出して一気に飲み干す。
「気分も少しは晴れたし、もう少し先に進もうか」