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「先輩、お昼ご飯に行きましょう。今日はワリカンでいいですよ」
朝の事を気にさせないように明るい声で私を誘う里美の気遣いを有難く思った。
「いいよ。里美にはお世話になっているし奢るよ」
「じゃ、|Café des Arcs 《カフェ デ ザーク 》で」
ふふっ、と里美が悪戯な微笑みを浮かべる。
「いいよ。行こう」
二人で歩いていると里美が腕を絡ませてくる。相変わらずの様子に違和感を感じなくなって来ている自分がいた。腕を組んだまま、|Café des Arcs 《カフェ デ ザーク》に到着すると、昨日のイケメン店員さんのMISAKIくんが、柔らかい笑顔で出迎えてくれる。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ、こんにちは。ご来店ありがとございます」
「MISAKIくんの顔を見に来たんたよ」
と里美がおどけて言う。
「ありがとうございます。では、窓際の景色の良い席にご案内しますね」
と、ふわりと蕩けるような微笑みを浮かべるイケメン店員のMISAKIくん。その、慣れた様子に関心するばかり。
やっぱりモテる人って、こういう感じなんだろうな。っと、思い浮かべるのは健治の事だった。
健治も大学の頃から直ぐに知らない人と打ち解け、古くからの友人のようになっていた。
人好きのする陽キャの人たちは、人に見せる部分と見せない部分を上手に使い分けているのだろう。
人との間に壁を作り、内に籠ってしまう自分とは大違いだ。
明るい窓際の席に案内され、今日のオススメ・菜の花とベーコンのクリームパスタを注文して、何の気なしに窓の外へ視線を移した。
マンションの提供敷地に植えられた木々や草花が風に揺れ、その間の小径を親子連れが手を繋ぎ楽しそうに歩いているのが見える。
幸せそうな親子の姿が、とても眩しい。
いつか子供を持ちたいとは思っている。
けれど、今の状況で妊娠出産は、リスクが大きすぎて……怖い。
信頼できるパートナーがいて、妊娠出産を望むのは、特別なことではないはずだ。
ポカポカとした陽気に、鮮やかな新緑が揺れている。
すると、その視界の奥に見覚えのある人物を見つけた。
「あっ、里美、あの人ね。今度、隣の医院に入った三崎先生だよ」
「えっ、新しい先生って、あの人なんですか? 若い!イケメン!」
「私と高校の同級生だったの。昨日、院長に紹介されて、びっくりしちゃった」
「ふーん、先輩のアオハルですか?」
里美は意味深に目を細め、唇を尖らせた。
憧れの気持ちは少しあったけれど、同じクラスとはいえ、遠い存在だった三崎君。
話をしたのも数回で、何も語るようなものは持ち合わせていない。
「同じクラスだっただけだよ」
そんな、話をしていたせいか、三崎君が店内に入ってきた。
お昼時の店内は、近所の主婦やOLなどでにぎわっていて満席状態。
店員さんのイケメン率が高いおかげかな?
そのイケメン店員さんのMISAKIくんが対応していた。
「隣の先生なら誘った方がいいですよね。顔繋ぎにもなるし」
里美が、フロア店員に声を掛け、相席を進めるように伝えた。すると、話が上手く伝わったようで、店員さんのMISAKIくんに案内されて三崎君がやって来た。
「えっと、浅木さん、お誘いありがとうございます。助かりました」
「三崎先生、こちら、うちの薬剤師の小松です。それと私の名前、浅木は旧姓で、今は菅生です」
「小松先生、内科医の三崎です。よろしくお願いします。浅木さんは、菅生さんになったのか。昨日も聞いたよな、ごめん」
挨拶が済んだタイミングで、お冷を運んできたMISAKIくんが「悠正さん。何にしますか?」と声を掛けてきた。すると、三崎君がウェイターのMISAKIくんを照れくさそうに紹介してくれた。
「このコ、おれの甥っ子で、和成って言うんだ。和成はこの若さでこの店のオーナーなんだよ。和成、今日のオススメで」
甥っ子だったなんて、和成くんに三崎君の面影があるはずと納得。
「オーナーだなんて、すごい!」
「ぜんぜんですよ。お二人とも悠生さんのお知り合いだったんですね。これからもどうぞご贔屓にしてください」
和成くんはペコリと頭を下げた後、カウンターへ戻って行く。
「和成君、三崎先生と顔似てますよね。三崎先生の家系は、イケメンの家系なんですね」
里美の言葉に三崎君は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「あはは、どうなんだろうね」
「三崎先生。菅生先輩と同級生だったって聞いたんですが」
里美は好奇心いっぱいで、目を輝かせている。
「そう、浅木……菅生さんとは理系クラスで一緒だったんだ」
「クラスが一緒だったけど、少ししか話さなかったよね」
「菅生先輩って、どんな感じでしたか」
「里美、変な事を聞かないで、クラスが同じだっただけなんだから」
焦る私に、三崎君はニッコリ微笑む。爽やかな笑顔のなずなのに目が悪戯っ子のように輝いて見えた。
「三つ編みで、メガネで大人しく清楚な感じだったよ」
「もう、三崎君まで、あんまり話した事もなかったし、私のことなんて覚えていないでしょう」
ランチが運ばれてくる。良いタイミングでひと息ついた。
気を取り直し「いただきます」と食べ始めると、三崎君がポソッと呟く。
「名前、呼びにくいんだ」
「えっ⁉」
三崎君の言葉に、思わず私はクルクルとパスタを巻き取っていたフォークを持つ手が止まる。
「俺の中で、浅木なんだよね。菅生に変換が効かないんだ」
「旧姓の浅木のままでも良いですよね。先輩」
里美が私に向かって、そんなことを言う。暗に離婚を示唆されているようで居心地が悪い。
「もう、何でも好きに呼んでください」
2対1では分が悪すぎる。半ばやけになってパスタを頬張った。
三崎君と里美が、クスクスと笑い。二人して好き勝手言って、人の名前の呼び方を決めるための話し合いが始まった。
私のことを小動物みたいだとか、いじられキャラだとか、しっかり聞こえていますよ。って、いうか、あなた達、初対面でしたよね。
なんで、同級生だった私より話が弾んでいるのでしょう⁉
結局、二人で勝手に盛り上がり、私のことを名前呼びにすることで落ち着いたらしい。
「ね。美緒先輩」
「美緒さん」
耳馴染みのない呼ばれ方に、心臓が跳ねる。
「なんだか、名前呼び、むずがゆい感じ」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせ、ニヤリと悪い笑顔を浮かべる。
「菜の花のパスタ美味しいですね。美緒先輩」
「サラダのドレッシグも和風でいい味だと思わないか?美緒さん」
「午前中も処方薬枚数多くて大変でしたね 美緒先輩」
「午後の診察も忙しそうだから処方薬枚数多そうですよ。美緒さん」
話の語尾に必ず私の名前を呼んで揶揄う。
だから、あなた達初対面だったはず。
なんで、私イジリに息ピッタリなんですか?
「もう、好きに呼んで下さい!」
二人は、私の様子を見てクスクスと笑っている。
そんなタイミングで、食後のサービスドリンクを和成くんが運んで来た。
「3人で、楽しそうですね」
「違いますよ。二人が私の事を揶揄うんですよ」
私いじりする二人の事を和成くんに言いつける。すると和成くんは優しく目を細めた。
「悠正さんが、こんなに楽しそうなの初めて見たかも、僕の中では、いつも眉間にシワが寄って機嫌が悪そうなイメージなんだ」
「実家に行くと親や兄貴の小言がうるさいから渋い顔しか出来ないよ。お前らだってそんなに年が変わんないのに、俺にお年玉をねだるし。研修医の安い給料を思えば、笑える環境じゃない」
ムスッとしながらそんなことを言う三崎君の様子がおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「三崎君のイメージが全然違う。高校の時、落ち着いていてクールな印象だったのに」
「えっ? そうかな? まあ、受験があったからみんな必死で勉強していたよな、あのクラス。思えば、寂しい青春だったなぁ」
同意を求められ、ウンウンと頷いた。
「大学出ても研修医なんて、いいように使われるし、かわいそうだろ?」
ウンウン。
「おまけにいいなぁ。と思った子はサッサと嫁に行っているし、かわいそうだろ?」
えっ? 私の事? 揶揄っているの?
思わず、返事に詰まっていしまう。
すると里美が横から割り込んできた。
「美緒先輩は、私のですからね。三崎先生には、あげませんよ!」
「なっ、かわいそうだろ?」
と、返されて、私は目を丸くする。そして、じわじわと笑いがこみ上げて来て、耐え切れずプッと吹き出してしまった。
三崎君がこんなに明るい人だとは、思ってもみなかった。