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――次の日、私たちはフィノールの街をあとにした。
施療院を出たのは早朝だったが、それにも関わらず多くの職員たちが見送ってくれた。
その際、寄付の話が伝わっていたせいか、何度もお礼を言われてしまった。
そんな光景をぼんやりと思い出しながら、私たちは馬車に揺られて旅路を進めていた。
「――今回は、久し振りに休めましたね……」
「そうですね。ルークさんも完全復帰とはいきませんけど、何とかなって良かったです」
「クレントスまで行って、『神託の迷宮』に行って――
それで、ルークの呪いをどうにか完全に解呪して……」
……まずはそこまで。
今のところ、私はそこまでしか考えていなかったのだが――
「アイナさん、そのあとはどうするんですか?
いつもの日々が戻ってきたら、何をしましょうね」
エミリアさんがそんなことを、笑顔で聞いてきた。
『世界の声』で私の名前が世界中に広まってしまった以上、『神託の迷宮』に行ったところで、それはもう覆らないだろう。
しかし仮に、神器を作る前のような『いつもの日々』が戻ってくるのであれば――
「……私は、ルークとエミリアさんと三人で……平和に暮らしていきたいなぁ……」
そんな言葉が自然に出てきた。
私の旅の目的……神器作成は、既に果たしてしまっている。これからは他の目標を探してみるのも良いかもしれない。
「えへへ♪ そうですね、それも良いですね。
そのときはリリーも一緒ですよー♪」
エミリアさんは私の近くにいるリリーを撫でながら、嬉しそうに言った。
そうそう、リリーを忘れてはいけない。リリーもできるだけ、私と一緒にいて欲しいところだ。
リリーはいつものようにぷるぷると揺れているものの、やはりその表情は読み取れない。
従魔契約をすれば読み取れるようになるのかな? でも、今のままでも十分に癒されるから問題は無いかなぁ……。
「私たち三人と、リリーで……。
王都はもう勘弁したいから、それならずっとクレントスに住んじゃおうかな……。
ルークの故郷でもあるし、ね」
ルークに話を振ると、彼は御者台から返事をしてくれた。
「……そうですね。クレントスには知り合いも家族もいます。
きっと、アイナ様の力になってくれると思いますよ」
「それなら嬉しいな……。
……そういえばルークの家族って、話を聞いたことが無いよね?」
「ははは。できるだけ話をするのは避けていましたから」
「里心がついちゃうから?
でも、ルークを連れてクレントスを離れちゃったし、ルークの家族に謝らないといけないかな」
「いえ。家族にはちゃんと話をして出てきました。
だから、謝ることなんて無いですよ」
「そうなんだ? 理解のあるご家族なんだね……。
クレントスに着いたら、紹介してくれる?」
「えーっと……。
……はい、アイナ様がお望みであれば……」
あれ? 何だか乗り気じゃない?
もしかして、家族とは上手くいっていない感じ……?
「ふーむ。
アイナさんがルークさんのご家族に紹介されるとなったら、これはついに結婚への――」
「無い無い。それは無いですから」
「え、即答ですか!?」
「ああ、いえ。私は結婚する気は無いので」
「えぇー!? そうなんですか!?
アイナさんのお子さんを抱いてみたかったのに!」
「それなら代わりに、私がエミリアさんのお子さんを抱いてあげますよ」
「それとこれとは全然違いますけど!?」
「エミリアさんの子供なら、とっても可愛いんでしょうね。
美少女が美青年になりそうです!」
「あ、あれー? 話がすり替わってますよー?」
しきりに不思議がるエミリアさんは放っておいて、私は明るい未来を何となく思い描いてみた。
大好きな仲間たちと一緒に、平和に暮らしていく。
ルークは私を護ると誓ってくれたわけだから、一緒にいられるとして――
……そういえばエミリアさんって、このままで良いのかな。
私たちが王都であんなことにならなければ、本当なら王都を離れる時点でお別れだったのだ。
あのまま王都にいたらそのまま殺されていたわけで、だから今一緒にいるのは不思議では無いんだけど、だからといってこれからも一緒にいられるだなんて――
……いずれ落ち着くことができたら、エミリアさんには改めて聞いてみることにしよう。
私としてはずっと一緒にいたいけど、彼女には彼女の人生があるし、生き方がある。
願わくばその生き方が、私と同じ方向に向かうことを、今は祈っておこう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――何だか、曇ってきたねぇ……」
御者台の近くでルークと話をしていると、空の向こうに雨雲が見え始めた。
王都から出た直後に降られて以来だから、雨が降るとなれば久し振りということになる。
「このままでは降られてしまいそうですね。
できれば雨を凌げる洞窟などがあれば良いのですが、ここら辺にはあったかな……」
ルークは馬車を走らせながら、この辺りの記憶を掘り返していた。
「……何なら、近くの村でも良いかもね。
一応、今は変装しているわけだし。フィノールの街でも大丈夫だったし」
「そうですね……。それではそうしましょうか。
この辺りですと、グラーゼという村があったと思います」
「ルークは行ったことがあるの?」
「いえ、行ったことはありません。
ただ、クレントスとミラエルツを行き来する人が使う場所だと聞いたことがあります」
「私たちも乗り合い馬車を使って移動してたけど、たまに村に寄っていたもんね。
あんな感じかな?」
「はい、あんな感じですね」
途中の村……といえば、私とルークが誓いの儀式をした場所も、そんな感じの村だったっけ。
あれからまだ数か月ではあるけど、何だかずいぶんと時間が経った気がする。
……実際には、私を取り巻く環境もずいぶん変わってしまった。
それは何だかんだ言って、私の旅が進んだことを意味しているのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕方過ぎ、私たちはグラーゼ村に到着することができた。
あまり大きくはないが、宿屋と食べ物の露店は割と充実しているようだった。
クレントスとミラエルツを結ぶ最も大きな街道からは離れているものの、それなりに人の往来が多いことを窺わせる。
宿屋も順調に見つかり、私たちは食堂の少し目立たないところで夕食をとっていた。
「うーん、やっぱり食堂は良いですね!
人の用意してくれた食事の何と美味しいこと♪」
「後片付けもしないで済みますしー。
みんなでゆっくりもできますしー」
「そうですね……。宿屋はやはり良いものです」
正体がバレないようにする必要はあるが、宿屋に泊まるのは、野営をするのとは違った安心感がある。
逆に言えば、正体がバレるかもしれないという緊張感はあるのだけど。
窓から外を見てみれば、雨が静かに降り始めていた。
「クレントスまではあと6日くらいですけど……。
こんなタイミングでまた雨っていうのも、なかなかツイてないですね」
「前回は1週間くらい降り続けましたよね。今回はどれくらい続くんでしょう……」
私の言葉に、エミリアさんは遠い目をした。
「雨に加えて、冷えも凄いですから……。
しばらくこの村で様子を見るっていうのはどうかな?」
「ふむ……。そうですね、そうしましょうか」
私の提案に、ルークは100%賛成というわけでも無さそうだった。
自分たちの身を考えるのであれば、早くクレントスに向かった方が良い。
しかし、どこか怖い部分もある。
私たちは『神託の迷宮』を第一の支えとして旅を進めているけど、もしもそこに何も無かったら――
……それは、とても恐ろしいことだ。
無理をして続けたこの旅が、徒労に終わることになってしまう……?
――いや、きっとそんなことはない。
仮に『神託の迷宮』に何も無かったとしても、クレントスにはルークの知り合いがいる。
それに、反王政の空気があると聞いている。
希望は他にもたくさんある。
だからきっと、大丈夫だ。
……でも、雨が降っているんだから、少しくらいは到着が遅れても問題は無いよね?
この雨は、旅を遅らせる免罪符。
逃げだということは分かっているけど、どうしてもその逃げに甘えてしまう。
……心の弱さといえば全くその通りで、否定することなんて、なかなか出来るものでは無かった。