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「――はぁ〜……」
結局、会社を飛び出した理人は真っ直ぐ帰宅する気になれず、気がつけば一人でナオミの店に足を運んでいた。
「あら? 今日は一人なの? 珍しいわね。喧嘩でもした?」
「……別に。つか、なんで俺がいつもアイツと来ることが前提なんだよ」
「だって……ねぇ?」
ナオミは肩をすくめると、カウンターに突っ伏して背中に暗雲を背負っている理人を眺め、近くにいた湊と顔を見合わせた。
「あいつは来ねぇよ。今頃は女どもと楽しくやってるんだろ」
終業直後、見知らぬ女が瀬名を迎えに来ていたらしい――。そんな出所不明の噂が、今の理人には猛毒のように効いていた。
自分には「浮気は許さない」とかなんとか抜かしておいて、セフレ扱い(自称)を拒否した途端にこれか。今頃は鼻の下を伸ばして、好みの女をホテルにでも連れ込んでいるに違いない。
「…………はぁ。酒くれ。なんでもいい、強めのやつ」
「いいけど……飲みすぎちゃだめよ?」
「うるせぇ。いいから黙って作れ」
行き場のないモヤモヤをどうすることもできず、吐き捨てるように注文する。ナオミの釘を刺すような言葉も、今の理人にはただのノイズだった。今日はとことん泥酔して、何もかも忘れたい気分なのだ。
ナオミはそれ以上何も言わず、小さくため息をついてシェイカーを振り始めた。
「どうぞ」
カウンターに置かれた琥珀色の液体を、理人は一気に喉へ流し込んだ。喉を焼くような熱い感覚と、暴力的なアルコールの香りが鼻を抜ける。 少しだけ心臓の動悸が和らいだ気がしたが、胸の奥にわだかまる黒い霧は一向に晴れる気配がない。
「チッ……クソがっ!」
苛立ちをぶつけるように罵声を漏らし、ドン! と乱暴にグラスを置く。
「……随分、荒れてますねぇ。やっぱり喧嘩かな?」
接客の合間に湊がひょいと顔を出して呟く。理人が瀬名絡みで不機嫌になるのは日常茶飯事だが、ここまで感情を剥き出しにするのは珍しい。
「喧嘩っていうより……これは多分、拗ねてるのよ。可愛いもんねぇ」
「えっ!? 理人さんが拗ねてる!?」
「おいケンジ、聞こえてんだよ!」
ナオミの言葉に湊が素っ頓狂な声を上げると、理人はすかさずギロリと殺気立った視線を向けた。
「あっ、ごめんね理人さん……。そんなに怖い顔しないでよ」
「……チッ」
バツが悪そうに頭を掻く湊。理人はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「ほんっと、酒癖が悪いんだから。――で? 八つ当たりしてないで話しなさいよ。何があったの?」
空いたグラスを新しいものと差し替えながら、ナオミが理人の顔を覗き込む。理人はしばらく唇を尖らせて黙り込んでいたが、やがて消え入りそうな声で呟いた。
「うるせぇな……別に、何もねぇって言ってるだろ」
「あーもう、嘘が下手ね。ほら、言ってみなさい? 聞くだけなら聞いてあげるから。どうせまた、くだらないことで意地張ってるんでしょ」
「うっせ……ばーか……」
「……だいぶ酔って語彙力が死んできてるわねぇ」
理人はすっかりへそを曲げた子供のような顔で、頬杖をつきながら、ふてぶてしく次の酒を煽った。