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「……ルキウス」
低く発したアベル様が、苦渋の表情で、
「なぜ、このような場にいる」
「それは殿下がよくご存じでしょう。なんといっても今日の僕の仕事は、殿下の護衛なのですから」
(ちょっとルキウス! そんな言い方じゃ不敬にあたるんじゃ……っ)
あわあわと青ざめた私にもなんのその。
ルキウスは飄々たる笑みで私に視線を流すと、
「会場に戻るのなら、送るよ。マリエッタ」
「え……ですが、アベル様は」
「もうすぐジュニーが来るから、任せておけばいいよ」
私へと歩を進めたルキウスは、「殿下」と目だけでアベル様を見遣り、
「よろしいですか? 僕の”婚約者”を優先して」
「…………ああ」
苦々しく眉間を歪めながら、アベル様が頷く。
私が慌てて「私なら平気ですわ、ルキウス様。ですからアベル様に――」と断りを入れようとすると、ルキウスは少し腰を折って私と視線を近づけ、
「アベル様もああ言ってくれていることだし、実際、お強い人だから。マリエッタが心配することは何もないよ。ジュニーもそろそろかな」
ね、と。まるで駄々をこねる幼子をあやすような声で、ルキウスが左手を差し出してくる。
本当に、いいのだろうか。
戸惑いにちらりととアベル様を見遣ると、彼は無言ながらもしっかりと頷いてくれた。
(アベル様の許可も頂けるのなら……)
戸惑いがちながら、ルキウスの掌に指先をそっと乗せる。
途端、ぎゅっと握りこまれた。「わ」と身体がよろめいたのは、ルキウスが私を引き寄せるようにして腕を引いたから。
よろめいた私を受け止めた腕の強さと、近い顔に心臓がばくばくと跳ねまわる。と、
「ごめんね、マリエッタ」
私だけに気こえるよう耳元で落とされたのは、秘めやかながらもはっきりとした声。
戸惑いに見上げる私に苦笑を浮かべたかと思うと、ルキウスは私の手を自身の腕に誘導し、
「我儘だってわかってる。けれど……今日だけは。そのドレスを纏っている間だけは、キミの”婚約者”でいさせて?」
え、と。零したはずの声が聞こえなかったのは、逆に息を飲み込んでしまっていたから。
(このドレスを着ている間だけ、って)
熱に浮かれていた心臓が、すっと一気に冷えていく。
違う。私は、ルキウスの婚約者だもの。
今までも、これからも。たとえ彼色のドレスを纏っていなくたって、私の心は――。
「ル、キウスさ――」
その瞬間だった。
「きゃあああああああああ!!」
「!?」
切裂く甲高い悲鳴に、即座に視線を先へと投げる。刹那、
「――隊長!!」
叫びながら駆けてきたのは、真っ青な顔のジュニー。
彼は私達へと辿り着く前に、
「紫焔獣です!!」
「なっ……!」
叫ばれた内容に、一瞬、頭が真っ白になった。
(紫焔獣が王城に!? どうして……!)
国の要である王城は、常に防策隊によって清められている。
それ故に紫焔獣が発生するなど、あり得ないはずで――。
アベル様も同じことを考えたのだろう。驚愕に青ざめながら、
「馬鹿な! 今朝の報告でも異常がないと――っ」
その時、ジュニーの背後に現れたのは、揺らめく紫の霧。
――紫焔獣!
「! ジュニーさまっ!!」
瞬く間に獣の姿を持ったそれに、「後ろ――っ!」と声を張り上げたと同時。
タンッと地を蹴る軽快な音と、ザンッと切り裂く重厚な斬撃。
冷淡な面持ちで剣を振るい、紫焔獣を散らしたのは。
「ルキウス様……!」
「隊長おおお……っ!」
「わざわざジュニーを追ってくるなんて、どうやら数が多そうだね。発生源は」
「それが、わかってないんです。が、おそらくは……”人柱”ではないかと」
(人柱ですって……!?)
魔力を持つものが精神的に堕ちることで生じる、”人柱”。
つまり先ほどの紫焔獣も、誰かによって生み出されたモノ。
思わず身体が震える。
発生源が”人柱”ならば、沼地のように即座に浄化すれば終わる話ではない。
相手は人の心。うまく宥められればいいけれど、失敗すれば、その発生源を力づくで”断ち切る”必要が――。
「ジュニー。いくよ」
「ルキウス様!?」
「なっ!? いえいえ、マリエッタ様もおられますし、隊長はこのお二人をお守りに……!」
「二人を守るために、僕たちが行くんでしょ。マリエッタ」
硬い表情だったルキウスが、よく知る甘さを持って瞳を緩める。
「急いでアベル様と、王座の間に向かって。あそこは常に防護魔法が張られていて、一番、安全なはずだから。出来るね?」
疑わない瞳。
そう、そうよ。こんな所で震えている場合ではない。
私には戦う術がないのだから。せめて、出来ることをしなくては。
「はい、ルキウス様。……どうか、お気をつけて」
「ありがとう。マリエッタがいてくれるのだもの。張り切ってお仕事してくるよ。……アベル殿下」
発した名の方を向くと同時に、鋭利に細まる金の眼。
「どうか、彼女を傷つけませんよう。この身よりも大切な相手ですので」
「言われずとも。彼女は俺にとっても守るべき人だ。アベル・ジラールの名にかけて、彼女には髪一本触れさせない。……行こう、マリエッタ嬢」
「は、はい……っ」
引き抜いた剣を右手に構えるアベル様の、差し出された左手に自身のそれを委ねる。
私の手を握りしめ、駆けだしたアベル様に続いて、私も走りだした。
(ルキウス、どうか無事で……!)
視線だけで振り返った先。
微笑みながら私を見送るルキウスの瞳は、なぜか、どこか悲し気に見えた。