トオルの絵の勉強に付き合う。
それが今の私にできること……――
元の世界にいた頃を思い出しながら、下手な絵を描いたり、言葉で説明して教える。
そして、トオルが私の意見を聞いて絵を描いた。
鉛筆で細かく描き込んで、迷うことなく色を選んで塗っていく。
大きなキャンバスに描いた絵を一日で完成させてしまうから驚きだ。
アドバイスすることなんて何もないくらいに上手い。
一枚、また一枚と、トオルは夢中になって絵を描き続けた。
「会議に出席してきます」と言って城に行くことはあったけど、終わると地下の部屋に戻ってきて筆を持った。
同じ部屋で一日中一緒に過ごす時もあった。
私は先に眠っていたけど、トオルは夜遅くまで絵を描いていたんだろう。
命を削るくらい真剣に向き合っている。
その姿から王の風格を感じた。いつかトオルが王様になったら、民の声をしっかりと受け止めて考えてくれるだろう。
窓がなくて、美しい景色も見れないこの地下の部屋。
太陽の光がまったく入ってこない。
トオルは私の健康を気遣って、散歩に行ってもいいと言ってくれた。
でも部屋の外を出ると、変わらない道が続いていて迷子になってしまいそうだから断った。
まるで引きこもり生活をしているみたいだ。
トオルと一緒に絵を描いてみたり、本を読んだり、用意された素敵なドレスを着てお姫様みたいな気分になったり……。
変わらない景色に飽きることはあったけど、不思議と退屈しなかった。
十日後、出来上がった十枚の絵を見て私は驚く。
「すごい! 私の見た景色とそっくり」
「本当ですか。
見たことがない場所を想像するのが大変でしたけど、かけらさんのおかげで前よりも表現力が上がった気がします。
どの絵が一番いいと思いますか?」
「どれもいいけど……。
この牧場の絵かな。
馬を見ている二人の男女がいるのもデートしているみたいで素敵」
その絵は水彩絵の具で塗られていた。
綺麗な夕日とオレンジ色の光が当たっている草と木。
木造の家とサイロが建っていて、柵の向こうには馬と牛がいた。
「馬を見ている人もいるんだね。男の人と女の人かな。
牧場でデートしているみたいで素敵」
自分は描いてないけど、この十日間で作ったトオルの作品がどれも愛おしく感じる。
見ていると自然と笑みが浮かんできて、温かい気持ちになった。
「また筆を持てたのも、かけらさんのおかげです。
次は、前に話した目標の絵……。
皆が憧れる素敵な場所の絵を描きますね」
「どんな絵になるのか楽しみだよ」
「ボクの絵を見て、かけらさんが笑ってくれる。
なんて幸せなんでしょう。
絵を見て喜んでもらえたのは初めてですよ」
「こんなにも素敵なんだから、もっとたくさんの人に見てもらうっていうのはどうかな」
「スノーアッシュでボクの絵を飾っても、誰も足を止めて見てくれないんです。
終わらない戦争をしているので、芸術に浸っている暇もないんでしょうけどね。
それに、見飽きている雪の景色の絵でしたから……」
「この十日間で描いていた絵は、雪景色じゃないから大丈夫だよ。
それに、これから描く絵だって、きっと誰かが見てくれる。
他国の人も見てみたいんじゃないかな?」
「えっ……。ボクの絵を……?」
「私の住んでいた街では、絵を飾っている美術館っていう建物があったの。
お父さんが絵画好きでよく連れて行かれたんだけど、そこでは色んな国の人が描いた絵を見れた。
足を止めて、絵の世界観に浸っている人もいたんだ」
「それはいいですね。
他国の人がボクの絵を見て、何を思うのか……。
自国での展示しか考えたことがなかったので興味深いです」
話していると、コンコンッとノックをする音がして、シエルさんが部屋に入ってきた。
「楽しいところを邪魔して悪かったな」
早速私以外の人にこの素晴らしい作品を見てもらおう。
「シエルさん! 見てください」
「なんだ?」
「トオルが描いた絵です。
最近、色んな場所の景色を描いていたんですよ。
このふたりの男女が牧場にいる絵は、デートしているみたいで素敵で――」
私が持っている絵を横目で見てから、急に背を向けて入ってきたドアの方に歩いていく。
どうして足を止めてくれないんだろう……。
疑問に思って急いでシエルさんの後を追う。
「あの……、もう少しトオルの絵を見てくれても――」
「うるさい。……二度とその絵を見せるな」
シエルさんは静かに怒り、私とトオルの前から立ち去った。
優しいところもあると思っていたのに、なんで……。
「どうして、シエルさんの機嫌が急に悪くなったんだろう……。
私が見て欲しいってお願いしたのがよくなかったのかな……」
「シエル……――」
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