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「…なんだ。今日も死ねなかった。」
そうぼやきながら帰路に着く。
鉛のように重く、鈍い足を前に、前に出す。
そうして家に近づく度に、空気が濁っていく。
親はどんな顔をして、自分の帰りを待っているのだろう。
いつもそんなことを考えては「死」をただひたすらに願う。
ほぼ日課のようなものだ。
そうして玄関前に立って、くちびるを上げる。
目はいかにも楽しそうな、嬉しそうな、生きてることが喜びのような輝きを宿らせて、ドアを開けるのだ。
「あら、おかえり。」
にっこり笑って出迎える親に怯えながら、こちらもにっこり笑って「ただいま!」と言う。
「あ、心!また部屋を散らかしっぱなしにしてたでしょ!それに電気もつけっぱなし!」
「何度言ったら分かるの!?」
「洗濯物は洗濯カゴに入れる!部屋の電気は消す!こんなの一般常識!」
「どうしてできないの?」
「あと、ゴミ箱に捨ててあった数学のテスト!」
「6点ってどういうこと!?これじゃ追試確定じゃないの!?」
あぁ、まただ。
うるさい。ほっといてくれ。好きでこうなったんじゃない。そもそも、生まれてきたくなどなかった。
部屋を片付けるのはめんどくさい。
かと言って代わりに他のことで何かやろう、という気もない。
勉強もできない。
大してできるのは社会と国語と英語くらいで、理数系は皆無。(できると言っても60点くらい。)
なぜ、こんな出来損ないをこの世に残すのだろう。
不思議で仕方がなかった。
幼い頃、両親に虐待され「人を信じる」ことをやめた。
児童相談所にも介入してもらい、何回も保護された後、中学1 年の時に父方の祖父母の元へ引き取られることになった。
だが、僕は怠惰なのだ。
それに加え勉強も出来ないときた。
そんな僕を見て、祖父母は呆れたのだろう。
僕がなにかやらかすと、どんな小さなことでも強く当たってくるようになった。
洗濯物は洗濯カゴに入れろ。
A.まあ分かる。
電気つけっぱなし。
A.気を付けようと思う。
なぜ分からないところを勝手に自分で補い、解釈する?
A.それは自分でも分からない。
数学の点数を上げろ。
A.こればっかりは無理だ。
僕は、昔から数を使うものが苦手だった。
数を読むことができるし、その数がどれくらいの量を示しているのかも分かる。
だが、複雑な式になった時、なにをどうすれば良いのか一気に分からなくなる。
せっかく人が教えてくれても、なぜかわからない。
なぜ、こうなったらこうしなければ答えは合わなくなるのだろう?
どういう時にどこをどうすれば良いのだろう?
しっかりと教えてくれているつもりでも、僕の頭に上手くそれが入ってこない。
とにかく、数学だけはダメだった。
だから、両親は算数・数学は僕に根気強く教えてくれた。
だが、そのやり方が悪かった。
分からなくて、少しでも手が止まると拳か、ものさしが飛んでくる。
筆算を少し間違えただけで「なんでそうなる!」と怒鳴られる。
やがて、それは完全にトラウマと化した。
数学が頭に上手く入らないのは、そのトラウマのせいと、自分がどこかで拒否しているからだ。
だが、そのトラウマを祖父母に話したらなんと返されたか…。
「それは甘え。」
僕は絶望した。
そんなことを言われたら、もうやる気にはなれない。
わざわざ他校の通級学級へ通わせてもらっても、上手く頭に入ってこなかった。
そして、そんな失望せざるを得ない幼少期を過した故に、僕は精神のどこかがおかしくなっていた。
祖父母の家にお世話になり始めた頃、僕は祖母にこう言った。
「精神科に行かせて欲しい。」
祖母はなんと言ったと思う?
「精神科?なんで?」
「心は笑ってるし、普通に生活出来てるし、行く必要なんてないでしょ?」
「本当に辛い人は笑えないし、普通に生活もできないし、何より、助けを求められないんだよ。」
祖父母は僕が両親から虐待を受けていると聞いた時「なんて酷い…。」と僕を哀れんでくれた。
それが、あんなことを言うなんて、誰が想像できたであろう。
でも、良く考えれば、僕は居候に過ぎない。
勝手に転がり込んできたガキ。
しかも、親不孝の。
……………やめよう。
これ以上、思い出すと分からなくなる。
なぜか、ふと、廃れたビルから顔を出す月と星が頭に浮かんだ。
「綺麗だったな…。」