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「河合ー! 途中まで一緒に帰ろう」
「藤原」
校門を出たところで藤原と遭遇した。自宅までの帰り道もほぼ同じであるし、特に断る理由もないので了承する。俺も彼女に言いたいことがあったので丁度よかった。
「藤原さー、俺が玖路斗学苑の試験受けたって言いふらしてんの?」
「えっ……」
藤原に問いただすと、彼女はあからさまにしまったという顔をした。湊が藤原から聞いたというのは事実だったようだ。
「あー……えっと、言ったらマズかった?」
「マズいっていうか、合格したわけじゃないのに色んな人に知れ渡ってるのが嫌なの。落ちたら気まず過ぎるわ」
「それは大丈夫!! 河合は絶対合格するって」
「何を根拠に言ってんのよ。こちとら二次試験がどんなのかすらも分かってないってのに」
「……そうなんだ」
また言いふらされては堪らないので、これ以上試験について詳しくは話さなかった。応援してくれるのはありがたいけど、落ちる可能性もあるということは理解していて欲しい。
「なんかごめん。勝手にはしゃいで、河合の気持ち考えてなくて……」
「いいよ。俺も口止めとかしてなかったわけだし。でも、これからはやめておいて」
藤原は小さく『うん』と頷いた。その後はふたりとも口数が少なくなり、居心地の悪い時間が流れていく。そんな空気に耐えられなくなった俺は、別の話題を振ることにした。
「あー……そういやさ、この前うちの店に変な客来たんだよね。カエルのマスク被った見るからに怪しい感じの……」
「ねえ、あれ……小山君じゃない?」
カエル男の話題は華麗にスルーされてしまったが、藤原が別の事に意識を向けたので、さっきまでの重苦しい空気は無くなった。
俺たちが歩いている道から数メートル先に橋がある。その橋の真ん中あたりに小柄な男性が佇んでいた。目を凝らしてみると藤原の言う通り、そこにいたのはクラスメイトの小山だった。あんなところで何をしているのだろう。
「まだ私たちには気付いてないみたい」
小山の家は俺たちとは方向が違ったと思う。昼休みに少し揉めたこともあり、もしや自分を待っていたのではないかという考えが頭を過ぎる。
この橋を渡らないと俺も藤原も家に帰れない。小山の存在に不穏なものを感じつつも、橋へ向かって歩を進めた。
「あっ、行っちゃった……」
俺と藤原が一歩踏み出したのとほぼ同時、小山は逆方向に走って行ってしまう。俺たちが近付いていたのに気付いたのだろうか。彼は逃げるようにその場を後にした。とりあえず俺を待ち伏せしていたわけではなかったらしい。
「あいつ……こんなとこで何やってたんだろうな」
橋の真ん中付近……小山がいたと思われる場所に自分も立ってみる。そこから周囲を見渡してみるが、特に変わったものは見つからない。橋の上ということもあり、風が少し強めに感じたくらいで……
「風か……」
「河合?」
神経を研ぎ澄まして、そこに居るかもしれない存在の気配を探ってみる。すると、僅かではあるけど感じ取ることができた。まるで語りかけるように俺の心に響いてくる。向こうも俺が『分かる人間』だと気付いたようだ。肌を撫ぜるように吹く風は、洗いたてのシーツに優しく包み込まれているみたいに心地良い。
間違いない……この橋の周辺には幻獣がいる。恐らく風を操ることができるのだろう。そこまで強い力を持っているわけではなさそうだけど、人間に対して優しくて友好的だ。
スティースの気配を感じ取り、その存在を正しく認識する……魔道士に必要な適性のひとつ。
もしかして……小山もここにスティースがいるのが分かったのだろうか。だからこんな所でひとりでぽつんと立っていたのかもしれない。
「……なんでもないよ。早く帰ろうぜ」
「あっ、うん……」
真実は小山に聞いてみないことには判明しない。憶測で適当なことを言うべきではないよな。
「そうそう、さっき言いそびれたんだけどウチに変な客が来てさぁ……」
怪訝そうな顔をしている藤原を軽くあしらって、俺たちは帰路についた。話題を逸らすために、さっきスルーされたカエル男について改めて藤原に伝えたのだった。
予想通り……カエル男の話は相当インパクトがあったようで、彼女の興味は完全にこちらに移行した。
「そのカエルってさ……もしかして、最近この辺に出るって噂になってる不審者かな」
「藤原もそう思う? そりゃあんな格好でうろついてたらみんな警戒するよな……って」
俺と藤原は息を呑んだ。驚き過ぎると声って出なくなるんだな。初めての経験だった。
橋を通過して5分程度……雑談をしながらのんびり自宅に向かって歩いていたんだ。そんな俺たちの行く手を阻む存在が現れた。いやいや、こんなことってあるのか。
「なんだありゃ……」
やっとの思いで口から出た言葉がこれだった。本当に意味が分からなかった。驚きと困惑……そして恐怖。色んな感情がごちゃ混ぜになっていた。カエル男の話なんてしたから呼び寄せてしまったのだろうか。だとしたら俺のせいだな。
俺たちの目の前にマスクを被った男が立っていた。数日前、うちの店に現れたカエル男とよく似ているが、被っているマスクはカエルではなかった。茶色の……何かの動物なんだろうけど、名前は分からなかった。仮にクマとしておこう。
クマ男は俺たちの方を無言で見つめている。カエルの仲間か? それともマスクを変えただけで中身は同じなのか。こんな得体の知れないヤツが複数いたらと思うとゾッとする。
藤原はまだ言葉を発することが出来ない。体は小刻みに震えていた。怖いんだろうな。俺だってめちゃくちゃ怖い。運の悪いことに、周囲には俺たち以外に人がいる気配がなかった。どうする? どうやってこの場を切り抜けよう。
「あのさぁ……」
分厚い布越しに発せられたそれは、くぐもっていて聞き取りづらかった。それでも確かに聞こえた。
「そこの少年に話あるんだけど……」
「ひっ!! しゃっ、しゃべったぁー!!!?」
さっきまで恐怖で声が出せなかった藤原が叫んだ。
なんとクマ男……普通に話しかけてきた。