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第三十章 選ばせた、やさしさ
朧月夜。
薄っすら雲の隙間から覗いた朧月。
隣を歩く亮平がどんな表情をしているのか、
全く分からないほどに、淡い灯りだけが足元を照らし、2人で歩く小道は、どこか現実から切り離されたみたいに静かだった。
少し強い風が吹く。
足を止め、空を眺めた。
遅咲きの桜が、はらはらと舞い落ちて、足元に淡く積もっていく。
翔太は、靡く髪を押さえようと手を上げた。その手首が、不意に掴まれる。びく、と小さく肩が揺れた。
亮平の手だった。
そのまま、指を絡められる。
逃げようと思えば、逃げられる強さなのに――
この手を離すことは、どうしてもできなかった。
亮平💚「風、強いね」
何気ない声。
でも、手は離さない。
翔太💙「……うん」
指先から、体温が伝わる。
春の夜風は冷たいのに、そこだけがやけに熱い。
歩幅を合わせるように、ゆっくり歩く。
石畳を踏むたびに、靴音が小さく響く。
どこに向かっているのか、分かっているのに――
口には出せない。
亮平の指が、少しだけ強くなる。
離さないように。
逃げさせないように。
でも――
無理やりじゃない。
翔太が、振りほどこうとしないことを、知っているみたいに。
一枚の花びらが、繋いだ手の上に落ちた。
そのまま、二人の間に挟まれる。
亮平💚「……ほら」
軽く笑う気配。
亮平💚「春だね」
翔太は、答えられなかった。
ただ――
繋がれた手を、握り返してしまう。
それが、どんな意味になるのか、分かっていながら。
そのまま、二人は歩く。
灯りの先へ。
戻れない場所へ。
エントランスを抜けると、空気が変わった。
外のざわめきが嘘みたいに遠くなる。
足音さえ、吸い込まれていくように静かだった。
大理石の床に、柔らかな間接照明。
天井は高く、息をするのもためらうほど整いすぎている。
翔太は、無意識に足を揃えた。
――場違いだ。
そう思ったのに、隣を歩く亮平は、何も気にしていない顔で進んでいく。
エレベーターの中。
鏡に映る自分の顔が、少し赤い。
チン、と乾いた音。
扉が開く。
廊下は、さらに静かだった。
厚い絨毯が足音を消して、まるで、どこにも繋がっていないみたいに続いている。
一定間隔に並ぶドア。
同じ景色が、どこまでも続く。
――逃げ道が、分からない。
亮平が、立ち止まった。
一つの扉の前。
カードキーを翳す。
カチ、と小さな音。
翔太の足が、止まる。
翔太💙「……いや、帰りたくないって、そういう意味じゃ――」
今更、何を言っているんだと笑われるかと思った。
亮平は表情ひとつ変えず淡々と答える。
亮平💚「知ってるよ」
あっさりと、返される。
亮平💚「でもさ」
一歩、近づく。
逃げ場を塞ぐように。
亮平💚「帰らないって言ったの、翔太でしょ」
ドアノブに手をかけたまま、振り返る。
その目は、優しいまま。
亮平💚「帰るなら、今でも帰れるよ」
静かすぎる廊下。
誰もいない。
どこにも、音がない。
亮平💚「――どうする?」
手が、震える。
でも、離せない。
翔太💙「……帰らない」
一瞬だけ、亮平の目が細くなる。
満足したように。
亮平💚「いい子」
ドアが、開く。
ドアが、静かに閉まる。
外の気配が、完全に途切れた。
部屋は、落ち着いた暗さに包まれていた。
大きな窓の向こうに、夜景が広がっている。
都会の光が遠く瞬いているのに、ここだけが、切り離されたみたいに静かだった。
一歩、踏み込む。
それだけで、戻れない場所に来てしまった気がした。
亮平が、後ろから近づく。
距離が、近い。
触れていないのに、体温だけが伝わる。
亮平💚「緊張してる?」
耳元で、低く落ちる声。
翔太💙「……してない」
少しだけ、強がる。
亮平💚「嘘」
くすっと笑う気配。
指先が、そっと頬に触れた。
逃げようとすれば、逃げられるくらいの力。
でも――
離れない。
亮平💚「帰る?」
優しく、問いかける。
さっきと同じ言葉。
なのに、もう、意味が違う。
翔太💙「……帰らない」
亮平💚「うん」
満足したように、頷く。
次の瞬間、顎をすくわれる。
亮平💚「ちゃんと選べたね」
キスが落ちる。
さっきよりも、ゆっくりと。
確かめるみたいに、逃げ道を塞ぐみたいに。
翔太の手が、無意識にシャツを掴む。
亮平💚「ほら」
小さく笑う。
亮平💚「やっぱり、離せない」
そのまま、指が絡め取られる。
逃げられないように、でも、痛くない強さで。
亮平💚「大丈夫」
囁く声は、驚くほど優しい。
亮平💚「ちゃんと、優しくするから」
その言葉に、少しだけ、力が抜けた。
でも――本当は、分かってる。
優しさで、縛られていること。
亮平💚「こっち」
手を引かれる。
ベッドの縁に、座らされる。
視線が、合う。
逃げられる距離なのに、動けない。
亮平💚「ね」
指先で、唇をなぞる。
亮平💚「俺のこと、ちゃんと見て」
視線が、逸らせない。
亮平💚「他のこと、考えなくていい」
そのまま、額が触れる。
亮平💚「今は、俺だけでいい」
心臓の音が、大きくなる。
亮平💚「ね?」
優しく、笑う。
その顔が、あまりにも、優しくて。
翔太は、ゆっくりと、目を閉じた。
唇が、重なる――
寸前で、離れた。
……え?
空気だけが、触れる。
亮平の気配が、すっと遠ざかる。
翔太💙「……っ」
思わず、目を開ける。
亮平は、一歩、距離を取っていた。さっきまでの熱が、嘘みたいに消えている。
亮平💚「……ごめん」
小さく、息を吐く。
亮平💚「やっぱり、やめとく」
静かな声。
責めるでもなく、突き放すでもなく、
ただ、線を引くみたいに。
拒絶された――
そんな感覚だけが残った。
〝選ばれなかった……ショウタ〟
違う。
〝ユキ〟じゃないから。
胸の奥で、何かが軋む。
〝選ばれるのは――
いつも、ユキだ〟
離れていく背中が怖かった。
翔太💙「……なんで」
翔太💙「翔太だから?」
掠れた声が、零れる。思ったより、声が弱い。
亮平は、少しだけ困ったように笑った。
亮平💚「だってさ」
肩をすくめる。
亮平💚「今の翔太、ちゃんと選んでない顔してる」
ドクン、と心臓が鳴る。
亮平💚「無理させるの、趣味じゃないし」
そう言って、視線を外す。
それだけで、距離が、ひどく遠く感じた。
翔太の手が、無意識に宙を掴む。
さっきまで、そこにあったはずの温もり。
翔太💙「……ちが」
言葉が、うまく出ない。
離れていくのが、怖い。
翔太💙「違う……」
一歩、近づく。
翔太💙「帰らないって言った」
声が、震える。
翔太💙「ちゃんと、選んだ……」
自分に言い聞かせるみたいに。
亮平は、少しだけ目を細めた。
亮平💚「……ほんとに?」
試すような声。翔太は、頷く。
亮平を見上げる。
逃げないように、視線を逸らさないように。
翔太💙「……だから」
ぎゅっと、シャツを掴む。
翔太💙「行かないでよ」
亮平💚「……」
翔太💙「ひとりにしないで」
その一言で、全部、崩れた。
亮平の表情が、ゆっくりと変わる。
さっきまでの距離が、一瞬で詰められる。
亮平💚「……それ、ずるい」
低く、落ちる声。
次の瞬間、強く引き寄せられた。
亮平💚「ちゃんと選ばせたのに」
耳元で、囁く。
亮平💚「自分から来るんだ」
逃げ道は、もうどこにもなくて、
掴んだシャツの上から、
手が、重なる。
温かい。
背中を人差し指でつーっとなぞられ、腰に回された腕が翔太の体を支える。
唇を重ね、ゆっくりとベッドに押し倒されるように横たわると、自然と両手は、胸の上で小さな拳を作った。
静かに目を閉じる。
頰を撫でられピクリと反応すると〝目を開けなさい〟そう言われて、真っ直ぐと亮平を見た。
亮平💚「誰に抱かれてるかちゃんと見なさい」
翔太💙「……こわい」
亮平💚「大丈夫……すぐに良くなる」
震える体ごと覆うように、亮平の腕が翔太の体を優しく包んだ。
亮平💚「良い子だね……翔太、自分で脱いでご覧」
この目で見つめられると、抗えない自分がいた。
〝ショウタ〟と呼ぶ亮平の目を離せないまま、堕ちていく――
コメント
6件
いつも胸の上で拳作ってて可愛い💙😍

明日からちょっと数日間のお休み頂きます😅💦