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「話術の磨き方…」
毎号購読している雑誌の一コーナーのタイトルを、真里奈は呆れながらなぞっていた。
しかし、友人たちはキラキラと輝いた目で見つめている。クラスのカースト最底辺にいる真里奈たちは、もっと上のカーストへの昇格を夢見ていたのだ。
「これ写真撮らせて!!」
興奮しながら絵美がカバンを漁る。スマホを探しているんだろう。
真里奈は、純粋無垢な友人たちを少しだけ鬱陶しく思ってしまっていた。
(なんなの?自分で買えばいいのに)
いつも無料で雑誌を読むために集まってくる彼女たちを、真里奈は仕方なく受け入れ続ける。
「ただいま」
少し大きい声で言うが、返ってくるのは静寂だけだった。
小さい頃から親は両働きで、家にいる時間が少ない。だからそれを淋しく思い、母親が専業主婦だったり、父親が専業主夫である家を羨んでいたりもしたが、最近は徐々に慣れ始めている。
ただ、真里奈がどうしても嫌な事があった。
父親か母親が家に帰ってきても、「疲れた」といって寝てしまうし、休みが取れた日もゴルフやお茶会に出かけている。
中学生の頃は、母親は家事に追われ疲れているから、休日は家事から逃げるため出かけているんだと勘違いし、毎日やれる家事は全てこなしたりしていた。でも、家事なんて関係ないということをもう知ってしまった。
もっと遊んで話してほしいのに。
それでも母親の気分が変わることを願って家事は続けているが、中学生のとき感じていた楽しさは薄れ義務感だけが強まる一方だった。
考えを巡らせていると、真里奈の心が黒い靄に覆われ始める。慌てて、真里奈はスマホを手に取り“第二の家”を開いた。
真っ黒に塗りつぶされたページに、『悪口掲示板』という白い文字が浮かび上がる。
先日Twitterのタイムテーブルに、このサイトを紹介する投稿が流れてきて以来、真里奈はこのサイトに書き込みしはじめていた。
そこで、白い文字が数々出てくる。
『投稿』『お問い合わせ』『設定』『ガイドライン』の4つの文字が浮かぶ。
真里奈は手慣れた操作で下にスクロールした。すると、人間のどす黒い感情をかき集めたかのような、怒りの滲む文字の連なりが目に入った。
その中で共感するものにいいねを付けていく。フォロワー制度がないため、義務的ないいねをする必要がないのが楽だった。
『友達がウザい。
それなりの才能あるくせに「えー私できないよお」ってなんなん?褒められ待ち??
まじで消えてくれ』
その投稿に、気付けば何度も頷いていた。
真里奈は上の方へ遡り、『投稿』をクリックした。
「カット!」
緊張感溢れる現場に、スタッフの声が響く。
悪意や敵意、嫌悪が全て憑依したかのような演技に、ゲスト俳優の女性は驚嘆した。
(あんな演技できる人がいるなんて……すごい)
その凄さに圧倒され、夢へと進むことに葛藤を覚えそうになる。女性は自分の心に鞭を打った。
(ダメでしょ。私は演技で食べてくって決めたんだから!)
「……にしても不思議ですよね」
新参の若手スタッフが、ベテランの中年スタッフに話しかける。
「あの、悪口掲示板って覚えてます?」
「ああ。宣伝用に作ったやつだろ」
ベテランスタッフは機材の微調整をしながら応える。
「あれ、書き込みできないようにしてましたよね?」
「そうだな。ドラマにも出てくる掲示板の疑似体験なんだし、スタッフ側で書き込みはしているが……」
ベテランスタッフは曖昧に言葉を濁した。若手スタッフは躊躇なく質問した。
「自分、なんでかわかんないすけど、あれなんで閉鎖したんですか?」
ベテランスタッフは表情を曇らせる。
「なぜか、誰も見覚えのない投稿が増えていてね。どうやってやったのか知らんが、部外者が書き込んでいたんだろう」
サーバー警備が弱かった。そのまま書き込ませるのもありだったが、書き込み主の怒りが爆発し実在の人物を晒し始めたりしたら……という考えの元、サーバーの閉鎖を決めたのだった。
ベテランスタッフは苦笑し、続けて言った。
「そろそろ休憩も終わる。準備はいいか」
若手スタッフは元気よく返事をした。
カタカタカタカタ。
パソコンの音が部屋に響く。
真里奈以外に誰も見れないサイトに、真里奈は今日も書き込んでいた。
サイトの裏側を知らず、書き込みが途絶えた原因も分からずに。