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「姉さん、おはよう」
低く少し掠れた声で真珠は瞼を開けた。
「……フレンチトースト?」
「当たり」
琥珀がふっと微笑み、真珠はつられて少し笑った。
部屋には甘い卵の匂いと、焦げたパンの香ばしいかおりが漂っている。
少し開けた窓からはチュンチュンという雀の声と、列になって登校する小学生の笑い声が入ってきた。
『先月、都議会議員である沖田正義さんが行方不明になった事件の続報です』
完璧だった朝の雰囲気を、琥珀が点けたTVから聞こえてきた女性アナウンサーの声が台無しにしていく。
『品川区にある自宅には通帳やパスポートなども残されており、何らかの事件に巻き込まれたものとして、警察では周辺の防犯カメラの映像を―――』
「ねえさん」
アナウンサーの声を、今度は琥珀の静かな声が遮る。
「カフェラテとロイヤルミルクティ、どっちがいい?」
「―――カフェラテ」
「おっけ」
琥珀はニュースなどまるで気にならないように微笑むと、またキッチンの方へ消えて行ってしまった。
『今日のお天気です!』
いつの間にか画面は切り替わり、ピンクブラウンの髪の毛を綺麗に巻いた女の子が、ウサギを模したフワフワのマイクを持ちながら立っていた。
制服である白シャツとスカートに着替えてダイニングテーブルに座る。
シーザードレッシングであえたサニーレタスときゅうりとトマトのサラダ。
焦げ目がついたフレンチトーストに、コンロから外したばかりの小鍋に入ったカフェラテ。
フォークを手にそれらを見つめている真珠を、エプロンを外しながら正面に座った琥珀が覗き込んだ。
「姉さん、どしたの?オニオンドレッシングのがよかった?」
「ううん、そんなことないけど」
真珠は長い髪の毛を掻き上げながら琥珀を見つめ返した。
「こんなにいい男なのに勿体ないなって思って」
「は?」
琥珀が形のいい唇を縦に開く。
「掃除も洗濯も出来て、料理もこんなに上手くて、年頃のイケメンなのに、私なんかのお世話をして可哀そうだなって思っただけ」
「―――またその話」
琥珀は鼻で笑いながら少しうんざりしたように2つのカップにカフェラテを注いでいく。
「いいの。これは父さんがいなくなってから僕のことを育ててくれたお礼なんだから」
「育てただなんて大袈裟よ。だってあのときもうあなた12歳だったじゃない。自分のこと自分で出来たでしょ」
「そんなことないよ」
小鍋を鍋敷きの上に戻すと、琥珀はまっすぐにこちらを見つめた。
「僕は姉さんがいたから生きてこれたんだ。これは絶対」
真珠はその黒く深い瞳を見つめた。
「ありがと。でもいい人がいたらちゃんと―――」
「いただきまーす!」
琥珀は真珠の言葉を遮ると、少々乱暴にレタスにフォークを突き刺した。
◇◇◇◇
長い髪の毛をアップにまとめていると、スーツを着た琥珀がネクタイを締めながら言った。
「19時47分品川駅発、渋谷新宿方面外回りの便に乗って」
こういう話をするとき、琥珀は決まって真珠の目を見ようとしない。
「ターゲットは50代の男。右わけの黒髪。アルマーニのスーツ、コーチの鞄、フェラガモの靴」
琥珀が低く事務的な口調で言い、真珠はその数字と特徴を、まとめあげる髪の毛に絡めるように記憶していく。
「上野で下りたら恩賜公園の方から出て、国立博物館方面に向かいながら適当な路地に入って。あとは手筈通りに」
低い声でそこまで言うと、琥珀は今までの言葉が嘘のような爽やかな顔で振り返った。
「じゃあ姉さん、僕、先に行くね!」
「ええ、気を付けてね」
真珠も何事もなかったように振り返り、二人は笑顔で視線を合わせた。