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で、ペナルティキック(PK)を得た魔王。
本来ならば上級生が蹴るべきシーンで、魔王は堂々とボールをペナルティマークにセットした。キッカーを譲る気などない。周囲もこの成り行きに任せていた。
まさに土壇場で得た大逆転のチャンス。
「碧人、力むな」
「いや、力め。おまえの殺人シュートならド真ん中に蹴っても止められねー」
正反対なアドバイスが二つ。どっちやねんと心の中で魔王はつっこむ。
こめかみに伝う汗を、乱雑に肩で拭った。
ふと、ベンチに座る美神の方を向く。
(……はい?)
美神はスマホを弄りながら、おまけに髪も弄っている。スマホ画面でヘアースタイルをチェックしているようだ。
こんな場面でなんつう指揮官だ。
隣に座るマミりんは、いつものように指をツンツンさせて、美神の肩に頭を乗せながら一緒にスマホ画面を見ている。
あいつはどうだろうか?
観客席にいる秋月結菜。
(かあーっ!)
呆れをとおり越して頭を抱えたくなった。
結菜はボンボンの毛を毟ることに夢中だった。ちょっとはこっちに注目しろよ。
だがしかし、彼女達の自分勝手な振る舞いを見物しているうちに、リラックスしてきた。
さて。
右に蹴るか、左か、それともド真ん中か。
魔王はジト目でゴールキーパーを見やる。
ゴールキーパーは魔王と目を合わせてこない。この場において動揺の素振りを見せないのは、敵ながら天晴だった。
ならば、全力で叩きつぶす。
この時になって、ようやく美神達が「あ、蹴るの?」という感じで魔王に目を向けた。
魔王は踵を浮かした。一歩、二歩と進む。次第に駆けるスピードを速め、ボールの真芯を蹴った。
バスッ
右に跳んだゴールキーパーの逆をつくシュート。
蹴る直前のゴールキーパーの反応など、魔王には赤子のハイハイよりも遅く感じられる。魔王にとっては余裕レベルの動きだった。
審判が試合終了の笛を吹く。
繰り返す、魔王にとっては余裕だったはずだ。それなのに……――
「っしゃあああああああーーーっ!!」
魔王は雄叫びをあげた。
振り返る魔王に向けて、部員達が走ってくる。ベンチからも駆けてくる。
「碧人ぉおおおおーーーっ!」
「全員かかってこいやぁ!」
半分冗談で魔王は両手を広げた。
「へ?」
どすどすどすどすどすどすどすどすっ……
手加減なくチームメイトが魔王にダイヴする。尻もちをついて後方に倒れた魔王に、容赦なく乗っかってきた。
もしも魔王ではなく碧人だったならば、圧死。魔王だから彼らを受け止められた。
いや、それよりも。
「無礼者!」と罵る感情は、今の魔王には露とも湧かない。単純に、幸せだった。
一緒に汗をかいて戦った仲間から祝福される。それが嬉しかった。
魔界では皆、魔王を怖れていた。敵を殲滅し一時の勝利に沸いても、次の瞬間、魔王は彼の機嫌を窺がう者達に囲まれていた。
そう。
魔王はいつも孤独だった。
しかし、今は違う。
大空碧人としてヒューマンに転生した魔王。
怖れられるどころか、皆から抱きつかれている。一緒に喜びを分かち合っている――仲間がいる。
「オーレー♪ オーレー♪」
モンキーダンスみたいにはしゃぎ、謳いあげるヒューマン達の輪の中で、魔王も一緒に跳びはねた。謳いあげた。ハイタッチし合った。
今、魔王は孤独ではない。
と――、
早坂がぽつりと呟いた。
「んじゃーぁ、個室ビデオだな」
頬への往復ビンタを喰らったようにぴたりと動きを止める豚野郎ども。いびつな静寂が束の間あった。
〝絶対に、今日、ティッシュに出す〟
エロスの神様がタクトを振るった。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
この日一番の大音声。歓喜と熱狂の波動が、地球環境汚染予定軍からぶっ放された。
〇 ● 〇 ●
何もかもがすべて順調にいっている――わけではなかった。
魔王がこの世界に転生したことにより、というよりも、魔王がこの世界でサッカーボールを超絶なパワーで蹴るたびに、魔界とこの世界とを隔てる見えない壁に亀裂が入り出していた。……いや、亀裂が入った隙間からこの世界に侵入しているモノもいた。
魔王さえ転生しなければ生じなかった綻びといえよう。
今日も魔王は元気にボールを蹴る。
そのたびにピキピキとひび割れが入り、壁が弱体化していることなど、魔王は知る由もなかった――。
◇ 幕間 勇者アオ ◇
「退屈だ」
脱いだ兜をくるくると回しながら、アオは呟いた。
場所は魔王城である。正確に言えば、元・魔王城。今は勇者用のお城に築造し直してある。
魔王が住んでいた頃は闇に包まれてもなお不気味さと気高さ、美しさが相まって荘厳とした趣きのある城であったが、勇者城は金ぴかに輝いている。ド派手だ。
日本の金閣寺のような情感はそこにはなく、金と権力を見せつけるような悪趣味が目立った城であった。
この城をつくるために、多くの村人達を強制使役した。
魔王を倒したアオの居城をつくるために、当初は嬉々として築城に参加していた村人達であったが。アオの人使いが劣悪な労働環境を生み(サボる者には容赦ないムチ打ち、場合によっては極刑。しかも無報酬)、遁走をはかる村人が激増した。
当然のようにアオはその者達を捕縛し、見せしめのために死刑及び連座として家族や同族の者達を次々と殺していく。
血なまぐさい経緯があった上で、キンキラキンに輝く勇者城は出来上がった。
かつて魔王の玉座があった場所に、勇者も黄金の玉座を置いた。剥いだ魔物の皮ばりのオットマンに足を投げ出した姿勢のアオは、繰り返した。
「退屈すぎる」
くるくる回していた兜が大理石の床に落ちた。カツーン、と音を響かせる。
ちっ、と舌打ちしながら、条件反射でアオは兜を蹴ろうとした。
この時にアオはふと感じた。
――最近、サッカーしてねえな。
転生前のアオは日本の高校サッカー部であった。
まあまあのレベルのサッカーを幼少期よりやっていた。受験の際はサッカーを控えたこともあるが、基本はサッカーボールが常にある日常であった。
ムクムクと湧く感情があった。
性欲ではない。美人と評判の村の女を夜な夜な抱くアオにとって、これもまた退屈になりつつあることではあるのだが。
サッカーボールを蹴りたい衝動が、今、まさに彼の心の内でメキメキと嵩上がっていたのである。
蹴った瞬間の、どむっ、という感触がたまらないご馳走に思えてきたアオは、興奮のままに先ほどよりも早いスピードで兜をクルクル回す――。
翌日、アオはぶ厚い皮の魔物を捕えることを村人に命じた。また、魔物の肉も献上せよと。
何人もの死者をだしながらも、村人はアオが希望したものを捧げた。アオの命令は絶対だからだ。
意外と手先が器用なアオは、丸めた肉に皮を巻き、ちくちくと裁縫した上で、お手製のサッカーボール(魔物肉ボール)を作り上げた。試しに、庭で蹴ってみると、程よく弾み、割といい感触であった。
ニタリとするアオ。
アオは村人を招集した。
サッカーゴールを作らせ、サッカーのルールを説明した。
そうして村人達とおっぱじめたサッカー。
無論、村人達にとってサッカーは初めてである。恐る恐るプレーをする。アオはそんな彼らを慈悲なくショルダーチャージで吹っ飛ばし、豪快なシュートをする。
ゴールを守る村人の正面に飛ぶボール。キャッチした村人は斬首された。
「俺様のシュートをキャッチしやがって」
いつしかアオのお戯れサッカーは、村人達にとっての恐怖そのものになっていた。
招集がかかった村人は死を意識して勇者城の庭へと旅立つ。
「退屈だ」
十数回目のサッカーが、勇者城で催されていた際に、アオは三度呟いていた。なお、この時点での村人の死者数は夥しいほどであった。
アオは冷たく言い放った。
「おまえら下手すぎて、ぜんっぜんオモシロクねーよ」
そう。
高校サッカーをそれなりにやっていたアオにとって、素人とやるサッカーはイマイチなのだ。一瞬にして怖気立つ村人達。
その日に招集された者で、無事に村に帰還できた者はいなかったという。
そんな折であった。
アオは、一匹の魔物が闇空の隙間へと身を投じるのを目撃した。
「ん?」
魔法を使ってその身を消したのではないことがアオには不可思議であった。
しばらくその場で待つアオ。(わりとここでは忍耐強く待っていた。好奇心が勝っていたのだろう)
まあまあ長い時間を経て、その魔物が闇空から姿を現わした。アオは速攻でその魔物を捕えた。
キメラの残党であるその魔物に対して、何をしていたかを問う。
魔物はくちびるを大きく震わせながら、答えた。答えれば殺さないというアオの言葉を信じて。
「ボールを蹴っている世界へ行っていました……」
空の亀裂がどこかの世界に繋がっていることに、アオは驚いた。だが、その感情をポーカーフェースで隠したまま、ネチネチと詳細を魔物から聞く。既に空の亀裂は消えていた。時々、その亀裂は現れるという。
「ふーん、なるほど」
魔物はこれで解放されると思ったのか、アオに気付かれないようにホッと息をなでおろした直後――。
バスッ
死を自覚できない速さで、アオは魔物の口を封じたのだった。
「サッカーをしている世界と、この世界が繋がっているねえ」
誰もいなくなった勇者城の庭で、アオは感情の高ぶりをおさえられずに、いつしか哄笑するのであった。