番外2 〜Szki編〜
🔔 このお話からは
「真相をお話しします」の “鈴木” が臨床心理士として登場します。
今回のお話は “鈴木が臨床心理士になるまで” のお話になっています。
⚠️映画のネタバレあり⚠️
⚠️ネタバレしたくない方!!注意してください
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結構、凛子があの日どうして 崖に行ったのか。
それは誰にも分からない事だった。
ルージュの話を聞いても、鈴木の中には泥が溜まったままだ。
どうして
凛子は最期に何を見たんだろう
何をしようとして、あんなことに
鈴木はそれでも、どうにか生き延びてしまっていた。
砂鉄に “一生のお願い” で治療薬を飲んでくれと言われたからだ。
ルージュに “あんたが死んだら私も死ぬ”
と言われたからだ。
でも、こんな奴が生きてていいんだろうか
許されるんだろうか、僕の存在は
どうしても辛くなった夜は、散歩をした。
家から少し離れた所に、大きな川がある。
その橋から夜の景色の見て、死ねない理由を朝まで数えた。
一つも無くなったら死のうと思った。
太陽が登ると、鈴木は家に帰って少し寝て仕事に向かう。
そんな生活を続けていた。
その日も、鈴木は陸橋から夜の街を見ていた。
頬をすり抜ける風は冷たいが、それでも家には帰れない。
死ぬために、ここに来ているはずなのに
鈴木は死を育てないためにも、ここに来ていた。
「あー…寒いですね…」
突然、隣から声がする。
鈴木は驚いて、声のする方を見た。
少し離れたところに、男性がいた。
眼鏡をかけていて、小綺麗だ。
不審者のような雰囲気はしない。
単純に心配されてるのか
こんな深夜に陸橋から川を覗いたら 勘違いされても、おかしくないな
鈴木は曖昧に笑った。
「えぇ、確かに…じゃあ、」
そう言って、鈴木は立ち去ろうとする。
相手は、街を見つめながら言う。
「僕、久保って言います」
鈴木は戸惑いながらも頷く。
「あ…そうです、か」
久保は鈴木を見ると、柔らかく言う。
「あ、邪魔してごめんなさい
良かったから、これ」
久保はそういうとポケットから、ペットボトルをとって鈴木に渡した。
恐る恐る、受け取ると暖かい。
ホットチャイティーとラベルに描いてある。
「僕のお気に入りなんです
美味しいですよ」
そういうと 頭をぺこっと下げて久保は、さって行った。
鈴木は、ただ困惑しながら久保の背中を見つめた。
完全に姿が見えなくなってから、貰ったチャイティーを開けてみた。
少しだけ 口に含むと暖かくて、甘い味がした。
「変な人…」
鈴木は、ぽつっと呟いた。
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それから鈴木が夜、川を見に行くと決まって久保がやってきた。
毎回のように、なにか飲み物や食べ物を渡して帰っていく。
鈴木はお節介な人だなと思っていた。
僕なんか気にしなくていいのに
しかし鈴木も、場所を変えようとは思わなかった。
久保は 二、三言話すと、すぐに帰っていった。
そこまで負担に感じなかったので、まぁいいかと思っていた。
ある日、久保は饅頭を持ってきた。
「これ、草津の温泉饅頭なんです
お土産でもらいました
良かったら、どうぞ」
鈴木は、躊躇いながらもそれを受け取る。
「…どうも」
久保は、さらに暖かいお茶も一緒にくれた。
久保は もぐっと饅頭を食べると、あるマンションを指さす。
「あれ、僕の家です」
鈴木は驚いて、久保を見る。
自分の住居を、こんな関係の薄い人に教えて危険じゃないのか。
しかし 久保は何も気にしてない様子で景色を眺めている。
「僕も、この川を見るのが好きなんです
そしたら同じ人がいたから、どうせなら二人で見ようかなって」
そういうと、久保は “また来ますね” と言って去っていった。
鈴木は、やっぱり変な人だなと思った。
鈴木を審査する訳でもなく、否定する訳でもなく
でも ここに居ることを認めてくれている気がして、心地良かった。
自然に距離が縮まると、彼の職業はカウンセラーだと知った。
鈴木は その時、だから自分の事を心配しているのかと聞いた。
しかし、久保は穏やかに笑うと 一緒に川を眺めたかっただけですよ と言った。
鈴木は 久保の優しさを、徐々に信頼できるようになっていた。
初めての感覚だった。
自分の内面が柔らかく、優しく変化していくのを感じる。
まだ、希望はあるんだなと思う反面、 凛子に申し訳なく思った。
贖罪を忘れてないよなと。
幸せになった途端、どうでも良くならないか不安だった。
そんなある日、鈴木は定期検診を受けるために病院に行っていた。
そこのコンビニで “臨床心理学” という本を見つける。
確か 久保の職業だったなと思い、何となく中を覗いた。
そこには、新しい世界があった。
人間の欲や、それによって引き起こる行動の原理。
それが、どのような場合に加速して、どのような場合に減速するのか。
段階的な心理状態やその対処法。
さらにそれらには、すべて名称が付けられていた。
鈴木は心底、驚いた。
長い間の自問自答、それでも解けなかったどうして?という感情
それに、名前がつけられていくような
理由が、付けられていくような感覚になった。
あぁ、そうだったのか
こんな汚い感情にも、名前があるのか
僕は人間として、何もおかしくなかったんだ
そう思うと、鈴木は涙が溢れた。
過去の自分が少しだけ、救われた気がした。
その一冊が、臨床心理士への道を繋げた。
あれから鈴木は 図書館から臨床心理学の本を、手当たり次第に借りた。
そして、毎日のように読み込んだ。
あの時の自分はどうだったか、あの時の凛子はどうだったのか
まるで、地図を描いていくように心の世界を歩いた。
一人で解決できない疑問は、久保に質問した。
久保は初めこそ驚いていたが、徐々に専門的な話も教えてくれるようなった。
他にも 図書館では借りられない様な、より実践的な本や資料を貸してくれた。
その頃から 鈴木も微かに臨床心理士になりたいなと考えるようになっていた。
資格でも取るのかなと軽い気持ちでスマホで調べる。
すると道のりが、恐ろしく遠かった。
まず四年制大学へ入学、それから二年制大学院に通い
カウンセラーとして一年間の実務経験
その末に、やっと臨床心理士試験の受験資格が与えられるようだ。
鈴木は頭の中で計算をする。
今年から大学に行っても最短で7年後って事だ。
鈴木は打ちのめされる。
鈴木は高校しか出てない。
まずは四年制の大学に行かないと行けない。
でも、そんなお金も頭もない。
臨床心理士ってすごいんだ
久保を見る目が少し変わる。
同時に自分には無理だなと諦めた。
その日 鈴木は川を見るためではなく、久保に会いに陸橋向かっていた。
到着してしばらく 川を眺めていると向こうから、ゆったりと久保が歩いてくる。
久保が隣に並ぶと、景色を眺める。
「最近、暖かくなってきたね」
久保が嬉しそうに目を細めると、暖かい紅茶を鈴木に渡した。
「良かったらどうぞ」
鈴木も、慣れたように受け取る。
「ありがとうございます」
手すりに寄りかかりながら、二人で紅茶を飲む。
久保が、思い出したように言う。
「あ、そうだ
この資料、興味深いと思って持ってきたんだ」
久保が紙袋に入った資料を鈴木に差し出す。
鈴木はつい微妙な反応になってしまった。
「う、う…ん」
鈴木は遠慮がちに、それを受け取る。
久保は微笑むと言う。
「知識って、落ち葉のようなものだと思っていてね
僕はそれを眺めたり、肥やしたりするうちに、気がついたら木が大きくなっていた
それだけだよ」
鈴木は顔を上げると、久保を見つめる。
「僕、臨床心理士になりたい」
久保が驚いた顔をする。
鈴木は続けて言う。
「久保さんみたいになりたい
強くて、優しい人になって… 」
鈴木は、そこまで言うと俯いた。
「…って思ったんだけど
やっぱ難しいですね」
鈴木は紅茶のペットボトルを、ぐっと掴む。
「僕、4年制の大学なんて行けない」
久保は頷くと、答える。
「そうだね…臨床心理士になるのは難しい
スタートラインに立つことすら苦労する人もいる」
鈴木は、悔しくなって涙ぐんだ。
久保は鈴木の頭を優しく撫でた。
「沢山、悩むといいよ
それでも目指すのか、他の道を探すのか
鈴木くんが今、出来ることを懸命に探すといいと思う
後悔はどの道でも着いてくるからね」
久保はそういうと橋の上から景色をみる。
「それでも鈴木くんには “学” という味方がいる
学びたいという欲求は、この世を歩くためのコンパスになるよ
それがあれば大丈夫、迷いはしない
ほら、見てごらん」
久保は 鈴木の背中を、そっと押すと橋の上からの景色を見渡す。
「前よりは少し綺麗に見えるかな」
鈴木は、橋の上からの景色を見渡した。
頷く、震える声で答える。
「…見えます」
涙で景色が滲む。
鈴木は涙声で続ける。
「僕、もっと知りたい
人の優しさとか、暖かさを信じれる人になりたい」
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それから、鈴木は自分を模索する日々を送っていた。
今の自分が出来ること、背伸びすれば出来ること、背伸びしても届かないこと。
それを 書き出しては悩み、恨み。
吹き出した、嫌悪や無力感で心が沈んだ。
それでも、前とは違うものがあった。
泥の中を泳げるようになったのだ。
鈴木の知識が浮き輪のように、心が底に着くのを防いでくれた。
それだけで鈴木は余裕ができて、自分の心を少しは理解できるようになった。
たぶん、自分は臨床心理士にもなりたいと思っていると思う。
でも一番、惹かれていたのはその過程だ。
四年制の大学で心理学を専門的に学べる。
臨床心理学科という文言に、とても惹かれた。
いいな、もっと難しい事も学べるんだろうな
そこの科には久保さんみたいな人が沢山いたりして、友達できたりとか…
いや、それは無理か
鈴木は一度、考えるとふわふわと想像の中を漂った。
それを中断させるように、玄関のチャイムがなる。
はっと、すると思い出した。
そうだ
今日は砂鉄とルーが遊びに来るんだった
鈴木は急いで立ち上がると、インターホンに向かう。
「あ、今開ける、まって…」
玄関に向かうと、鍵を開けて二人を迎え入れる。
ルージュが、はしゃぎながら入ってくる。
靴を捨てるように脱ぐので、砂鉄が苦笑いしながら揃えた。
「おじゃましまーす、おー!!
え、意外と綺麗じゃん!!」
あっという間に家が騒がしい印象になった。
ルージュが部屋の中を見渡す。
「んーエロ本、どこだー?
ベッドの下とか?」
鈴木は呆れながら、マグカップを用意する。
「そういうお決まりなの、ないから」
ルージュは頷くと言った。
「なるほど、しっかり隠すタイプね」
鈴木はため息を付く。
そういう事じゃない
そもそも、今の時代でエロ本って
鈴木は ツッコミそうになったが、スマホで見ていると言うことが露呈するのでやめた。
マグカップにお湯を注ぐと、カフェオレの粉を溶かす。
適当に混ぜると、座っている二人の前に置いた。
砂鉄とルージュがお礼を言う。
「あ、カフェオレ?
おいしそーありがとー!!」
「ありがと」
ルージュは座りながら、ふっと目線を部屋の隅に投げる。
ルージュの目線の先には、本の束があった。
図書館や、久保から借りた本が積み上がっている。
「心理学…」
鈴木は ルージュの言葉に、本の方をちらっと見る。
そして、少し恥ずかしそうにした。
「あ…うん、」
ルージュが勝手に、1番上の本をパッと取る。
つい、鈴木は声を上げた。
「あ!!」
すると、その下に大学のパンフレットがある。
ルージュは、それをじっと見た。
「…大学行きたいの?」
鈴木は勢いよく立ち上がると、ルージュから本を取り上げる。
再び、パンフレットを隠すように本を置いた。
そして、鈴木は自虐的に笑う。
「そ、そんなわけない…」
砂鉄が悲しそうに、鈴木を見上げる。
ルージュが、勢いよく立ち上がると続ける。
「なんで!?行けばいいじゃん!!」
鈴木の中で何かが湧き上がる。
それを抑えられない。
振り返るとルージュに叫んだ。
「簡単に言うなよ!!」
鈴木は、ルージュに詰め寄る。
「いいか、忘れるなよ
僕は加害者なんだ」
鈴木は、まるで自分に言い聞かせるように言った。
ルージュが、唇を噛む。
「じゃあ、私は?」
ルージュが自分の胸を叩く。
「私のせいで凛子、死んだんだよ…?」
ルージュの瞳が、潤んでいく。
震える声で息を吸った。
「そのくせ、私は自由に生きてきたよ!
大学にも行った!夢もある!! 」
鈴木も吊られるように、瞳が潤んでいく。
ルージュが苦しそうに叫ぶ。
「でも!!
生きるってそういう事でしょ!!
いつまでも、うじうじ凛子凛子って!」
鈴木は耐えれず、ルージュの服を掴んで引き寄せた。
歯を食いしばると、言葉を吐き出す。
「罪は消えないんだよ
被害者は、ずっと覚えてる」
ルージュは目を見開くと鈴木の頬を、ひっ叩いた。
乾いた音が、部屋に響く。
砂鉄が立ち上がると、ルージュと鈴木の間に入った。
砂鉄は ルージュを落ち着かせるように、トントンと肩を叩く。
「ルー、落ち着いて…」
しかし、ルージュはさらに、涙声で叫ぶ。
「被害者って…
じゃあ私たちは何!?被害者?加害者?
もう、そういうのうんざりなんだよ!!
ちょも はただ怖いだけじゃん!! 」
砂鉄がルージュを見つめる。
鈴木も、息を荒らげながら見つめた。
ルージュの瞳から涙がこぼれる。
「何が可哀想だよ!!
私は私!!好きなことやって何が悪いの!?
いつまで…私は」
鈴木の瞳からも涙がこぼれる。
これ以上、言わせたら駄目だ。
鈴木は、ルージュに歩み寄ると抱きしめた。
頭を胸に寄せると耳元で言う。
「もういい、分かったから…
分かった… ごめん」
胸元でルージュが、嗚咽を上げて泣き出す。
鈴木は、ただ頭を撫でることしか出来なかった。
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その後、鈴木は本当は大学に行きたい事
そして、臨床心理士を目指していることを二人に打ち明けた。
砂鉄が、とても嬉しそうに微笑んで言う。
「そっか…なんか ちょもらしいね」
ルージュも、隣で頷く。
「なるほどね、分かった 」
そういうと、ルージュが立ち上がった。
「よしっ!!お金は私に任せなさい!!」
鈴木と砂鉄が、ルージュを見上げる。
一瞬の沈黙の末に理解すると、鈴木は立ち上がった。
「い、いやいや!!」
ルージュと目線を合わせると、言う。
「そこまでする必要ないって
行きたいって言ってんのは僕なんだし
自分でお金、貯めて…」
ルージュが手を鈴木の前に突き出す。
「いや、四年制の大学だよ?
500万はかかるんだから」
鈴木は、つい唸る。
「う、うーん…」
確かに現実的では無い。
突然、ルージュが鈴木の肩を掴む。
「いい?私たちは幸せになるっていう宿命があるの!! 」
砂鉄が、戸惑いながら二人を見上げる。
ルージュは前を睨みながら囁いた。
「絶対、幸せになってやる
ちょもも、砂鉄も
三人で幸せになって自由に生きる!
それが私たちの復讐!!」
ルージュはそういうと、手を空に掲げた。
「しわあせ同盟!!」
鈴木も困りきった顔でルージュを見る。
幸せ同盟、勝手に掲げられても
どうしたらいいのか
しかし、砂鉄は勢いよく立ち上がると、ルージュの手を掴んだ。
二人が顔を見合わせると、鈴木を見る。
なので、鈴木は 固まって二人の顔を見返した。
「…え、」
ルージュが、ぴょんぴょんと飛ぶ
「ほら!はやく!!」
鈴木は、つい笑ってしまう。
これは自分も同盟を結ばないと、行けない雰囲気だ。
鈴木は照れながらも、二人と手を合わせた。
ルージュが元気よく号令を取る。
「しわあせーどうめいー!! 」
ルージュが手を下に下ろしてから、振り上げる。
めずらしく、砂鉄が声を張って叫んだ。
「ぉ、おー!!」
ルージュと鈴木が驚いて、砂鉄を見る。
砂鉄は恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに笑った。
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そこから鈴木は、怒涛の日々が続いた。
幸せ同盟に従って、大学の入学を決めたからだ。
久保にも報告をしようと、陸橋へ向かった。
団子を片手に現れた彼に、大学に行くことを伝える。
すると珍しく、瞳を潤ませて感激した。
「でも、肩身を入れすぎないようにね
人生は鈴木くんが思うより、もっと長い 」
そういうと、鈴木の頭を撫でた。
「本当に…よく決断しましたね
偉い、とても頑張りました」
久保の言葉に、鈴木も涙ぐむと頷いた。
そこから鈴木は、猛勉強の日々が続いた。
志望大学は自分が一番何がしたいか、見つめながら、少しづつ固めた。
結果、58~62程度の学力が必要な都内の大学になった。
そこなら大学院もあるので、内部進学も可能だ。
さらに学科名が、心理学科や人間学科ではなく臨床心理科と表記されていた。
その名の通り、心理を研究的に学ぶ事が出来る大学だった。
鈴木は、そこに強く惹かれた。
しかし、今の鈴木の学力は54しか無かった。
久保の話だと社会人からの入学なら60〜62はないと厳しいそうだ。
入試まで残された時間は8ヶ月。
筆記だけではなく面接や小論文もあるため、それの対策も必要だった。
仕事の合間を縫っての受験勉強と対策。
辛い時には、砂鉄やルージュが家に来てくれた。
夜食を作ったり、寝落ちした鈴木を起こしたりと面倒を焼いてくれた。
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そして10月、社会人入試試験の前日
今日もルージュと砂鉄は不安だろうと、夜6時頃に鈴木の家に来てくれた。
鈴木は照れくさく思いながらも、二人を家に通した。
二人は机に座ると、ルージュから手作りのお守りを渡される。
赤色のお守りには “ルー特製!絶対合格!!” と刺繍が入っている。
ルージュが、自慢げに言う。
「私、意外と器用でしょ 」
鈴木は 心がぎゅっとなる。
今夜は特に、明日への不安が強い。
少し、間が開くと気がついたら明日のシュミレーションをしてしまう程だ。
心も頭も落ち着きがない。
しかし お守りを胸に当てると、すっと心が落ち着いて行くのを感じた。
大丈夫、やれる事は全部やった。
後は運命を身を任せよう。
鈴木はルージュを見るとお礼を言う。
「ありがとう」
ルージュが、にこにこと笑いながら言う。
「まぁ…今年だめでも、来年もあるから」
鈴木はつい、ぽかんとした顔をしてしまう。
砂鉄も隣で、飲み物を吹き出した。
顔をあげると慌てて、鈴木の様子を見る。
「ルー…今そういう事、言うもんじゃ…」
鈴木はつい笑うと、顔の前で手を横に振った。
ルージュらしい独特な励まし方だ。
「いいよ、それより …ありがと
二人には感謝してる」
鈴木は、二人の顔をじっと見つめる。
「僕、ひとりじゃ…」
鈴木はそう言うと、喉がぎゅっと詰まる。
泣きそうになったので、俯く。
「ひとりじゃ、できなかったから…怖くて」
そう言うと、砂鉄の鼻を啜る音がする。
顔をあげると、ぼろぼろと涙を流していた。
鈴木の心に愛しさが込み上げる。
同時に、言いようのない申し訳なさに駆られた。
「なに泣いてんの」
砂鉄が困ったように笑うと言った。
「これは嬉し泣き…だから」
鈴木の鼻がツンとなる。
これまで砂鉄には沢山、心配も負担もかけてきた。
親友と言う枠組みも越えて、まるで共同体のように歩んできた。
砂鉄が本当に、それを望んでいたのか。
鈴木は確認もせず、無理矢理に押し進めて来た事を自覚している。
それでも何も言わずに、ここまで着いてきてくれた。
鈴木は砂鉄とルージュを見つめる。
「今まで、ずっと迷惑かけて…ごめん 」
砂鉄が、少し哀しそうな顔をした。
「もう大丈夫だから
二人とも、好きなように」
すると、突然ルージュが大きなため息をついた。
鈴木は、少し驚いてルージュを見つめる。
「また勝手な事、言っちゃって…
もしかして反抗期?」
鈴木はルージュの言葉の意図が分からず、首を傾げる。
親子じゃあるまいし、反抗期という年齢でもない。
鈴木は、そのまま言葉を繰り返す。
「反抗期…?」
ルージュは砂鉄の方を見ると言う。
「ねぇ、ちょも 一人でやって行けるように見える?」
砂鉄は戸惑ったように二人を見ると返答に困ったのだろう。
首を傾げて唸る。
「う、うーん」
鈴木はつい声を上げた。
「え、そんなに…頼りない?」
返答に慌てる砂鉄の隣で、ルージュがパキッと言った。
「うん、頼りない」
鈴木は 笑いが込み上げてきて耐えられず、吹き出す。
ルージュは、あっけからんとして話を続けた。
「この前ね、コンビニで
ラスト1個しかない飲み物があってさ 」
ルージュは頬杖をつくと、呟くように話す。
「でもそれ、ちょもが飲みたいって言ってたやつで
わざわざ、コンビニ寄って…ね?」
鈴木は、何の話をするか分かった。
恥ずかしくなって、そっぽを向く。
「ギリ買える って思ってたら 急に要らないって言うから
なんで?って聞いたんだけど…」
砂鉄は鈴木の様子を見ながら、 頷く。
「もっと欲しい人が可哀想だからって…」
つい、砂鉄は納得して頷く。
鈴木らしい理由だ。
「あぁ…」
しかし ルージュは背筋を伸ばすと、机を叩く。
「あぁ…って
知らないよ!買っちゃいなよって思うでしょ!!」
ルージュが鈴木の肩をトントンと叩く。
「案外、在庫残ってたんじゃない
店員だって無くなったら足そうかなくらいだよ
なのに…ちょもが一番、気にしちゃってさ」
鈴木は、いじけるように髪の毛を弄り始めると呟く。
「そこまで欲しかったわけじゃ…」
ルージュがすぐに突っ込む。
「うそだー!!
すごい欲しそうだったじゃん」
鈴木は恥ずかしそうに瞬きをすると、つい俯く。
ルージュが話を落とすように言う。
「とにかく、一人で飲み物買えないうちは私達、面倒見るから」
ルージュなりの “一緒にいよう” なのだろう。
鈴木は、心が暖かくなると頬を緩ませた。
恥ずかしさを隠そうと、ぺこりと2人に頭を下げる。
「わかったよ
これからも…よろしく」
鈴木が再び顔をあげるとルージュが抱きついてくる。
「う…」
突然の事に驚いた鈴木は唸る。
戸惑いながら ルージュの肩越しに、砂鉄を見た。
しかし 砂鉄は、何やらそわそわとしている。
視線がぶつかると羨ましそうな顔をしたので、鈴木は腕を伸ばす。
砂鉄の肩を掴むと、胸元に引き寄せた。
そして背中に腕を回して、ぐっと抱きしめる。
すると砂鉄は腕の中で恥ずかしそうに笑った。
砂鉄は鈴木を見上げると涙声で呟く。
「どんな結果でも、また三人で集まろう」
鈴木は頷くと、二人の背中をぐっと押した。
「うん、そうだね」
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「鈴木先生」
呼びかける声で 鈴木は、 はっとして顔をあげた。
声のする方を見ると看護師が休憩室の入り口から顔を覗かせている。
いつの間にか、ぼーとしていたみたいだ。
さっき入れたコーヒーも、少しぬるい。
「あぁ、山中さん」
鈴木は立ち上がると、そちらに向かう。
「お疲れ様です」
山中がくすっと笑う。
「鈴木先生も…お疲れ様です」
山中がポケットを探ると、ラムネを取り出して鈴木に渡した。
「はい良かったら」
鈴木はラムネを受け取りながら、お礼を言う。
「あ…ありがとう」
すると、山中が一歩、距離を詰めてきた。
鈴木は驚いて顔を見る。
山中の綺麗な顔が、ふっと崩れると可愛らしい雰囲気で笑った。
「私、何か…お手伝いしましょうか?」
鈴木は顔の前で、手を横に振る。
「い、いや僕なんかが山中さんの手を借りたら怒られます」
実際 一年目の心理士は、経験を積めるだけ積むべきだ。
看護師に仕事など渡したら向上心がないと思われる。
しかし、山中も折れない。
「えー?でも鈴木さん…大変そう
少しでも力になりたいのに
だめですか?」
なんだ?妙だ
鈴木の脳が、ゆっくりと観察モードに切り替わっていく。
山中は人懐っこい性格だが、ここまで踏み込む事は少ない。
鈴木は、警戒して山中の様子を伺った。
しかし変わらず、外見上は柔らかな雰囲気を保つ。
「大変なのは皆さんも同じ事ですから
でも気持ちは嬉しいです、ありがとう」
山中の人懐っこい笑みが、すっと消える。
「あーそうですか
はいこれ、カルテです」
鈴木は困惑しながら、受け取った。
なぜ突然、態度を変えたのか分からない。
山中が続けて話す。
「久保先生からのご指名だそうですよ」
鈴木はカルテに目を通す。
患者の名前を見て、すぐに察した。
『大森元貴』
なるほど
そういう事か
彼が芸能人だから山中は助手の役割を欲しがった訳だ。
鈴木は口を開く。
「山中さん…」
じっと、山中を見つめる。
「…カルテ、ありがとうございます」
この人に医療従事者の責任を問うても、伝わらないだろう。
鈴木は諦めて、再びカルテに目を落とす。
山中がねっとりとした声で答える。
「いいえ 」
会話は終わったはずなのに、山中はまだそこに残っている。
鈴木はあえて顔をあげずにカルテを見続けた。
すると、山中が甘い声で話し始める。
「そういえば…鈴木先生って一時期、大森さんに似てるって噂されてましたよね 」
鈴木は山中にオウム返しで返答する。
「大森さん?」
山中が、鼻で笑うと棘のある声で言い放つ。
「実際見るとそんなですね」
鈴木の心の奥が、 ざらっと削られたように傷んだ。
山中は言い終わると、休憩室から出ていった。
鈴木は、ため息をついた。
今のは助手になれなかった八つ当たりだろう。
分かっていても、嫌悪と怒りが湧く。
ああ言う奴の幼稚さは、どうにかならないのだろうか
彼女の様な者でも看護師を名乗れるらしい
なんて傲慢なんだろう
鈴木は貰ったラムネを食べる気にはなれずゴミ箱に投げ捨てた。
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鈴木はコーヒーを飲んで、気持ちを切り替える。
使用した食器を洗ってから、大森の様子を確認するため病室に向かった。
エレベーターに乗り込み4階のボタンを押す。
到着すると右側に進む。
しばらく歩くと、大森の病室が見えてくる。
鈴木は病室の前に着くと、扉をゆっくりと二回叩いた。
中から返事が聞こえる。
すっと扉をスライドさせて、部屋の中を覗く。
すると 病室の中には大森だけではなく、二人青年がいた。
面会中だったようだ。
間が悪かったなと申し訳なく思う。
鈴木はぺこりと頭を下げると部屋に入る。
「こんにちは」
二人の青年がぺこりと頭を下げたのに対して、大森はじっとこちらを観察している。
鈴木は 緊張が伝わらないように注意して、唾を飲み込んだ。
未だに、初めて患者に会う時は心が竦む様な恐怖がある。
それでも、鈴木は笑顔を保った。
「初めまして
僕は鈴木と言います 」
鈴木は、この時点では臨床心理士だと名乗らない。
初対面の患者に対して、注意している事の一つだ。
確かにカウンセラーと名乗れば相手の警戒は、解けるかも知れない。
しかし同時に”この患者はメンタルに問題があります” と言っている様なものだ。
なので、名乗らない。
そしてもう一つ、鈴木の信念の様なルールがあった。
それは、初対面で相手の名前を呼ばない事。
相手が名乗った場合は別だが、名乗らない場合は名前を直接、呼ぶことを避けている。
これは少し極端かも知れない。
しかし、もしも 自分が患者だったらと仮定した時。
突然、 名前を呼ばれたら ぎくっとしてしまう。
そのバックグランドを探ってしまうからだ。
名前以外のどの情報まで、この人は知っているのだろう。
鈴木なら、そう感じる。
特に大森は人前に出る仕事をやっている人だ。
尚更、そういう観念があってもおかしくない。
鈴木は口を開くと、ゆったりとした口調で話した。
「今日から、ここの病棟を担当させて貰っているんです
良かったら少しだけ、お加減のこと教えて貰えませんか?」
コメント
13件
繋がったのすごすぎる!面白いですね!
繋がった…! まさかの大森さんとは!! 最高です、!!
鈴木さんの担当患者がまさかの大森さん、!!!何でいま鈴木さんの話だろーって思ってたら、、そういう事か!!最高すぎます👍🏻