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クォンは困っていた。キッパリと断ったのに、退いてくれる気配が無い。
いっそ強硬手段に出てくれれば、対抗はいくらでも可能なのだが、目の前にいるのは土下座する男1人。
こちらから強引な排除をしてしまっては、加害者になりかねないし、あまり近寄りたくないとも思っている。
(うぅ、キモイよぉ)
自分に対してフェティシズム全開で寄ってくる相手に、触れたくない一心なのだ。
ただし、そんなものはピアーニャには通じない。
「…………あ」
「だまってろ」
それを見て声が出そうになったクォンを小声で制し、土下座で下を向いているスレッド……ではなく、その近くの地面を睨みつけた。
よく見ると、地面の中から薄く白い何かが少しだけはみ出している。それはスレッドのいる場所を中心に、四角形を描くように広がった。
完全にスレッドを囲んだ次の瞬間、スレッドの下の地面だけ、少しだけ浮き上がる。
(うわぁお……)
感心するクォン。
土下座したまま地面ごと浮かんだスレッドは、そのままゆっくりと横にスライドしていった。前を見ていないスレッドは気づいていない。
もちろん原因はピアーニャの『雲塊』である。薄く鋭く変形し、地面を薄く切り取ってほんの少しだけ浮かばせ、静かに強制的に移動させたのだ。
そしてもう1つの『雲塊』を自分達の足元に広げ、クォンとミューゼに乗るよう促した。
「しずかにな」
2人は頷いて乗ると、こちらも少しだけ浮かび、地面スレスレを静かに移動。
同時にスレッドのいる地面を静かに降ろし、『雲塊』を回収。そのまま不動かつ無音でこの場を去るのだった。
「……なんか、ちょっと可哀想?」
「べつにいいだろ」
離れてから、普通のトーンで会話を開始。雲の速度も徐々に速くし、可能な限り速く静かにその場を去ろうとした。
「待てやコラアアアアアア!!」
「だよなー」
後ろから聞こえた叫びに反応して振り向くと、スレッドではなくツーサイドアップの女だった。
「え、誰?」
「ああ、ミューゼさんは知らないよね。昨日襲ってきた人達なんだけど」
「えー……」
後ろには仲間らしき集団が続いている。
そして女のアーマメントには、顔をボコボコに腫らしたスレッドがぶら下がっていた。
「あー、見張っていた仲間にボコられたね」
「きっとなぐられるまで、ドゲザしてたんだろ」
「マヌケねー」
逃げた本人達は、完全に他人事である。
ピアーニャはなんとなく移動速度を上げ、追手から逃げてみた。
「あ、逃げるんですか」
「えーっと、コロニー内の飛行移動は、資格が無いと怒られますよ」
「もうソトだぞ」
「えっ、あっ」
元々呼び止められたのがコロニーの端近くだったので、少し逃げたらあっという間に外に出ていた。
危険生物も生息するコロニーの外では、よほどの危険行為でもしない限り、罪に問われる事は無いのだ。
「つまり、ここからは何をしても──」
「たのむからミューゼオラはおとなしくしてくれ! きのうのコトがあるだろーが!」
なんだかやる気になったミューゼだが、昨日前科ができたばかりである。気ままにやらせておけば、平原すらも樹海になりかねないと思ったピアーニャは、一旦ミューゼ抜きで動くことにした。
「【木の壁】!」
「なにもするなって、いってるだろおおおおお!」
ごちんっ
「あだっ!」
言うことを聞かなかったミューゼに『雲塊』をぶつけ、大人しくさせた。
後方ではアーマメントの飛行機能を使って追いかけてきたツーサイドアップ派の面々が、突然生えた木に狼狽え、およそ半数が大幅に引き離されていた。
「そりゃ速く飛んでる目の前に、いきなり太い木が生えたらそうなるよねぇ……」
驚いただけで脱落者は出なかったが、警戒心を露わにしているのがクォンから見てもよく分かる。
ピアーニャは速度を加減しつつ、追いつかれないように逃げながら、ミューゼにしっかり釘を刺す。
「ミューゼオラは、きょうはメイレイにしたがうこと。したがわなかったら、はずかしいカッコウで、こんやテリアにひきわたすぞ」
「すみませんでした! なんなりとご命令ください!」
「お姫様の扱いがひどすぎる!」
段々とミューゼの扱いが上手くなっていくピアーニャであった。
「いまはケイカイをたのむ。あいてはソシキだからな。ほかにもミカタがいるかもしれん」
「はいっ! 上空から大きめの魔力が、こっちを狙っています! であります!」
「それはメイレイなくてもいえよ!!」
その言葉で上を見たクォンは、目を見開いた。
少し高い位置から、1人のサイロバクラム人の少女が、両肩の辺りを光らせ、自分達の方を向いているのが見えたのだ。
「EBライフル!? 総長さん、アレ危ないやつ!」
「ああくそっ」
ピアーニャは慌てて『雲塊』を上に移動させた。
次の瞬間、上空から太い光が降ってきた。
ちゅごおおぉぉぉん
爆発が起こったその場所を、上空から女が見ている。先程エーテルを放った張本人である。
「……逸れた?」
やたらと煽情的な黒いボディースーツを着ている女は、放った高出力エーテルの着弾地点に疑問を感じ、警戒していた。
撃ったはずの場所には、白い壁があった。
「なるほど、斜めに壁を作って、エーテルを逸らしたのね」
壁が消える瞬間を見たことで、何が起こったかを理解した。
ピアーニャは『雲塊』を壁として展開し、斜めにそびえ立たせたのだ。それも先端はほぼ垂直になるように。
結果、エーテルは雲の表面を撫でるように角度を変えていき、ピアーニャ達から少し離れた地面へと突き刺さったのだ。追ってきていたツーサイドアップ派の数名を爆発に巻き込んで。
「くっ……おのれぇ、クォン・パイラ!」
なぜかクォンが恨まれた。
「昨日はよく分からない何かに引っ張られて何も出来なかったし、今日こそはケリをつけてやる!」
昨日、何かをしようとして、薄く伸ばした『雲塊』に捕らえられてしまったうちの1人のようだ。
そんな悔しがって隙だらけになっている状態を見逃すような、生易しいリージョンシーカー総長ではない。
「よっ。オマエのコウゲキか?」
斜めに展開した『雲塊』の陰を利用して、一気に女に近づいていた。
「うわあああ!?」
「ミューゼオラ! 縛れ!」
「【縛蔦網】」
ミューゼの杖から伸びた蔦が、煽情的な女の体を、さらに艶めかしく縛り上げる。
「ヘンなしばりかたするなよ……」
「あたしのせいじゃないですよ。ムダにでかいのが悪いんですー」
わざとではないようだが、嫉妬心丸出しのミューゼ。
色々はみ出しそうで危ない。このまま運ばれるわけにはいかない。女はそう考えるが、アーマメントまで縛られ、蔦から抜け出せない。
と、そこへ、別の場所からのエーテルの射撃が飛んできた。エーテルは女のアーマメントにかかった蔓を切った。
女はその好機を逃さなかった。
「はあああああっ!」
「! ミューゼオラ、ツタをきれ!」
アーマメントの知識に乏しい事が幸いし、ピアーニャは素直に警戒、蔦を切らせ、後退した。合わせてクォンが前に出る。
そして女が爆光に包まれた。
「うおぉ、なにがおこった?」
「危なかったぁ。今の人が動かせるようになったアーマメントを暴走させて、エーテル爆発を起こしたんですよ。まともに喰らったら吹き飛んでたかも」
拡散しただけのエーテルでは殺傷力はそれほど無いが、空中で飛ばされるのは危ない。それに気づいたクォンが、自分のアーマメントでバリアを張り、自分達を守ったのだ。
光が収まると、そこには際どかったボディースーツをボロボロにした女が、辛うじて飛んでいた。これ以上は危ない。
「はぁ、はぁ……」
「チジョだな」
「痴女ですね」
ボロボロの相手に対して、ピアーニャとミューゼは酷い評価を下した。
女は鋭い視線でクォンを睨みつけた。
「クォン・パイラ! 貴様だけは許さない!」
「なんでクォンなの!?」
今回クォンは何もしていなし、許されない意味が分からないが、女は明確にクォン個人を敵視している。
その理由とは、
「異界なんて信用出来るわけがないでしょう。こいつらは、いつか必ず私達を支配しにくるわ」
「そんなヨテイはないけどな」
「そうなってしまったら、私達にあんな事やこんな事をするに違いないのよ! えっちなノベルみたいに!」
「完全に妄想じゃん!」
女はそういうノベルの愛読者だった。物語を読んで被害妄想だけを膨らませていたのだ。
「でも、あの恰好のせいで、変な説得力あるなぁ……」
「うむ……フクきてくれないかな」
妙な納得要素を眺めていると、下から女が飛んで来た。先程追いかけてきていたツーサイドアップの女である。アーマメントには、ボロボロのスレッドを引っ掛けたままになっている。
「リーダー! 無事か!?」
「なんとかね。一旦撤退するわよ」
「ああ。捕まってくれ」
撤退を決めるツーサイドアップ派。
しかし、理由も無く逃がす程、ピアーニャは甘くない。
これまででそれを理解出来たのか、リーダーと呼ばれた女は動こうとしたピアーニャを手で制した。
「のんびりしてて良いのかしら? 世界抵抗軍の部下に、あの塔を壊すように命令してあるのだけれどねぇ」
「……シュウトウだな、さっさといけ」
ピアーニャは大人しく逃がす事にした。自分達が撤退行動をとってしまっては、後ろから撃たれかねないと思ったからだ。
最後にツーサイドアップの女が、クォンに対して捨て台詞を吐いた。
「お前、ツーサイドアップでありながらツインテールの美女と恋中になりやがって。人類の裏切り者め!」
そう言って、2人と下にいたツーサイドアップ派の世界抵抗軍は去って行った。
うんざりした顔でそれを眺めていたミューゼは、ポツリと呟いた。
「髪型1つで人類を一括りにしないでよ……」