「おめでと~!」
「響子、すっごくキレイ!」
「いつまでもお幸せにね!!」
フラワーシャワーが降り注ぐ中、タキシード姿の兄とウェディングドレス姿の響子さんが腕を組んで階段を降りて来る。
2人を囲む人々が次々にお祝いの言葉を贈っていて、幸せに満ちた空気がその場からは溢れていた。
兄も響子さんも曇りのない笑顔を浮かべ、お互いに視線を交わしながら微笑み合っている。
今日は兄と響子さんの結婚式。
式の前に入籍も終えたので、正式に響子さんは私の義姉になった。
「悠もついに結婚しちゃったかぁ~。俺の周りもどんどん既婚者になってくわ」
「健ちゃんも人の恋愛話を楽しんでないで早く素敵な人見つけたらいいんじゃない?」
「いや、人の恋愛話を聞くのは俺の趣味みたいなもんだから!それは関係ないな」
幼なじみとして式に出席している健ちゃんと2人を見守りながら会話を交わす。
相変わらずな発言をする健ちゃんが可笑しくて、思わず小さく笑ってしまった。
「……ああ、これか、千尋が心配してたのは」
「? 千尋さんがどうかしたの?」
「結婚式の間、詩織ちゃんに悪い虫が寄ってこないように見ておいて欲しいって頼まれてさ。俺、今日は詩織ちゃんのボディガードみたいなもんなわけ」
どうりでさっきから健ちゃんがずっと近くにいるわけだ。
私にとっては健ちゃんくらいしか知り合いがいないから近くにいてくれるのは心強いけど、悪い虫なんて寄ってこないと思う。
……千尋さんは心配しすぎだと思うけどなぁ。
もしかしたら兄への想いがあったことを知っているからこそ、私が辛くならないか心配してくれているのかもしれない。
それなら千尋さんらしい優しい気遣いだ。
階段を下まで降りた2人は、続いて式場にある幸せを呼ぶ鐘を鳴らす。
リーンゴーン、リーンゴーンと高らかな鈴の音が響き渡った。
2人の新たな門出を祝うその音にみんなが拍手をおくる。
新郎新婦だけでなく、出席者からも笑顔が溢れた。
写真撮影タイムを終えると、少しの休憩ののち今度は披露宴だ。
友人や会社の人を中心とした列席者のテーブルが高砂側に並び、後方に親族席がある。
響子さんの会社関係者席には大塚フードウェイの社員の方が来ていて、数人見たことのある顔があった。
披露宴では健ちゃんが友人代表のスピーチをしたり、ケーキカットがあったり、兄や響子さんの会社の人による余興があったり、両親への感謝の手紙があったり。
兄と響子さんの人望を感じる温かな空気に包まれた披露宴だった。
あっという間に時間が過ぎ、2人が退席したあと、エンディングを締めくくる映像が流れる。
それは2人のヒストリーをなぞるような、昔の写真を交えたものだった。
兄の赤ちゃんの頃の写真から始まり、現在に向けての成長過程が分かる写真が紹介されていく。
そのほとんど、特に幼少期の写真には私がいた。
……ああ、この写真の頃だなぁ。私が兄への想いをハッキリ自覚したのは。
……この頃は自分が異常だって苦しんだなぁ。
映し出される写真に、いとも簡単に昔の思い出が蘇る。
兄への想いを拗らせていた記憶も思い出すけど、もうなんとも思わない。
ただ懐かしいなぁ、そんなことあったなぁと、過去の出来事として捉えられている。
兄と自分の昔の写真から、どんどん移り変わって、今度は2人が出会って以降の兄と響子さんのツーショット写真が流れる。
きっと2人にもここに至るまで、ひと山もふた山もあったのだろうと思う。
4年も付き合っていたというから、ケンカだってあったのかもしれない。
2人の築いてきた軌跡を感じて、なんだか胸が熱くなった。
……お兄ちゃん、素敵な人と出会えて、こうして結ばれて本当に良かったね。おめでとう。
今の私は心の底から兄を祝福できる。
そのことが自分でもすごく嬉しかった。
披露宴が終わったあと、式場スタッフの人から新郎新婦さんが呼んでますと声をかけられて私は2人のもとへ向かう。
このあと2人は友人を中心とした二次会の予定で、私は不参加だ。
なぜ呼ばれたのかは分からないけど、最後にお祝いをもう一度伝えてから帰ろうと、控え室に急いだ。
「あ、来た来た。詩織、わざわざ来てもらってごめんね」
「詩織さん、今日は出席ありがとう~!」
新郎新婦の控室で椅子に座って休憩をしている2人に笑顔で迎えられる。
式に披露宴にと長丁場で少し疲れているようだけど、その顔には輝くばかりの幸せが滲んでいた。
「あのね、来てもらったのは実は渡したいものがあって」
響子さんは立ちあがると、大きめの紙袋を私に手渡した。
受け取って中を見て驚いた。
そこには今日の式や披露宴で響子さんが持っていた白とピンクの花が印象的なブーケが入っていた。
「えっ、これ……??」
「このブーケ、詩織さんにもらって欲しいの」
「そんな、いいんですか?」
「もちろん!実は最初から詩織さんに渡したいって決めてたの。だからブーケトスしなかったんだよね」
響子さんと兄はよく似た表情で私に微笑みかけた。
私もブーケの意味は知っている。
幸せなお裾分け、そして次の花嫁に。
つまり、2人は私の幸せを祈ってくれているわけで、私のことを大切に思ってくれているということだ。
その気持ちがすごくすごく嬉しかった。
「ありがとうございます……!大切にしますね。本当に2人とも結婚おめでとう」
何度も告げた”おめでとう”。
それらを上回る今日一番の心のこもった”おめでとう”を私は満面の笑顔で兄夫婦に贈った。
◇◇◇
「結婚式はどうだった?」
式場の駐車場まで迎えに来てくれた千尋さんの車に乗り込むと、千尋さんが運転席から私に問いかけてきた。
その瞳にわずかに心配の色が浮かんでいることに気づく。
「すっごく素敵な式でした。……私、心から2人の幸せを祝福できました」
安心させるように私は最後の一言に力を込めて千尋さんに微笑んだ。
千尋さんは目を細め、まるで私を褒めるように頭を撫でてくれる。
それがなんだかくすぐったい。
「どうする?まっすぐ帰る?」
「あ、できれば花瓶を買いたいので、フラワーショップか雑貨屋さんにちょっと寄りたいです」
「花瓶?」
「はい、コレのために」
信号待ちで車が止まったタイミングで、紙袋の中を千尋さんに見せる。
覗き込んで「ああ、ブーケか」と納得の表情を見せた千尋さんは、悪戯っぽい顔になって、私に問いかけた。
「つまり、詩織ちゃんは花嫁になりたいってこと?俺におねだり?」
「えっ?」
思いがけないことを言われて目を丸くした。
全然そんなつもりはなかったけど、言われてみればそう捉えられても仕方ないのかもしれない。
……確か響子さんは兄に結婚を意識してもらいたくて、わざとテーブルの上に結婚情報誌を置いておいたって言ってたもんね。
「あの、ホントにそういうつもりはなくって……!ただ2人から直接プレゼントされた大切なものなので花瓶に飾りたいなぁって」
焦って否定する私の様子が面白かったのか千尋さんは声を出して笑い出した。
からかわれていたことに気づき、恥ずかしくてつい恨めしげに千尋さんを軽く睨んでしまった。
「はは、ごめん、ごめん。分かってるよ、詩織ちゃんにそんな意図はないって。……まぁ、そのうちね?」
「そのうち?」
「うん、そのうちちゃんとプロポーズするから楽しみにしてて」
「えっ?」
「ゲームの発売予告ならぬ、プロポーズ予告」
千尋さんはサラリとそんなトンデモ発言をすると、なにもなかったかのように話を変えた。
それ以降その話には全く触れない。
私の驚きだけを取り残し、雑貨屋さんで花瓶を購入して私たちは帰路に着いた。
家に着いたら、「今日の詩織ちゃんはいつも以上にキレイだから我慢できない」と言われ、リビングのソファーで押し倒された。
結婚式のためにせっかく着飾った服やストッキング、下着などが床に散らばり出す。
私は結婚式での幸せな雰囲気の余韻に浸りながら、すぐに甘やかな快楽へと堕ちていった。
そんな幸せな甘く淫らなひとときの後、千尋さんは疲れていたのか服だけ身につけるとそのままソファーで眠ってしまった。
瞼を閉じてスヤスヤと寝息を立てている。
その寝顔を眺めていたら、ああ愛しいなぁという想いが改めて湧き起こってくる。
「好きです」
小さくつぶやき、私はそっと自分から彼の唇に口づけた。
すると、驚いたことに千尋さんの瞼がゆっくり持ち上がり、目覚めた彼と目が合う。
「……モンエクみたいだね」
寝起きの掠れた声で、千尋さんは一言そうつぶやいた。
勇者のキスと愛の言葉でオーロラ姫は目覚め、2人は幸せに暮らすエンディングを迎える、真実の愛をテーマにしたモンエク。
千尋さんはさっきプロポーズを予告してくれていたけど、実際に私と千尋さんがそんなエンディングを迎えられるかはまだ分からない。
それに本当にプロポーズをしてもらって結婚したとしても、それで終わりではない、始まりだ。
ゲームと違って、私たちの生活は続いていく。
でもこの幸せは2人で築いていける、すべては私たち次第だ。
いつまでも千尋さんと幸せに暮らせるように、私はもう同じ過ちは繰り返さない。
これからは、お互いに素直になんでも言い合って千尋さんと2人で関係を作っていきたい。
もう一方通行の恋じゃないのだから。
「俺も好きだよ」
私たちは再びキスを交わす。
まるで愛を誓い合うように。
~END~
コメント
1件
素敵なお話をありがとうございました💕 これで終わりかと思うと文字を追うスピードが遅くなりました〜寂しい😢