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ヒロトがリョウカからの寵愛を受けてから数ヶ月経ち、御所内をある知らせが走った。
「帝が、ご懐妊されました。」
モトキの処にも、陰陽寮の者から知らせが届いた。
「つきましては、今後は医家として、帝の御体調と、御子の御様子を診るようにとの命で御座います。」
「…承知した。」
大老達から、リョウカの出産までを診ろと、命が下ったのだ。モトキは、恐らく今後は、自分が寝所に呼ばれる事はなく、医家としてのみ、リョウカと接する事になると理解した。懐妊したリョウカの傍に居続けるのは、ヒロトだ。
「おはようございます、御気分は如何ですか。」
「モトキ、もうすっかり吐き気も治まりました。ずっと薬草を煎じてくれてありがとう。」
リョウカの他人行儀な言葉遣いに、モトキの心がチクリと痛む。
「…少し、大きくなられましたね。」
モトキが、リョウカの腹を見て呟く。同じ月の女人の腹に比べて、少し大きい気がするのは、リョウカの身体が未分化で男性寄りの細身であるせいか。
リョウカは、頭の被り物を常に着けている。一度、大老達への反発心から、もう外して良いのでは?とモトキからリョウカへ提言したことがあった。しかし、「もう、御守りみたいなものだから。」と、緩く笑って受け入れているリョウカは、毅然として美しいままだった。
腹の中の音を聴くため、筒を取り出し、リョウカの身体に頭を寄せる。
「…これは…。」
「…どうした?」
モトキが、繰り返し筒の場所を移しながら、何度もその音を聴く。リョウカは、不安そうにモトキを見つめる。
「…お上、御腹の中の御子はおそらく…双子にございます。」
「え…!」
モトキは、すぐに大老達に知らせに参った。
リョウカは、双子を孕っていると。
「なんと…。」
「由々しき事態じゃ…。」
「二人も要らぬというのに…。」
「如何する…。」
口々に、勝手な事を言い放つ。
「…モトキ、御出産の後、いずれか一人を選び取れ。」
「万が一、異色の瞳を持つ子がいれば、必ずそちらを選べ。何かの役に立つ。」
「…もう一方の子は…如何致すのでしょう。」
「必要ない。捨て置け。」
モトキの片頬が不快にピクリと動いたが、目の前の老人達に悟られないよう下を向いて、はは、とだけ応えた。
黄昏時、御所の裏の川辺で佇み、モトキはどうするべきか悩んでいた。なんとなく、双子は、ヒロトと自分のそれぞれの種である気がしてならなかった。そう、思いたいだけやも知れぬが。
双子の内の、選ばれなかった一人は、自分が引き受けようか。いや、この都で育てる事は、きっと叶うまい。すぐに見つかり、下手をすれば自分諸共消されるだろう。となれば、その子と一緒にどこか遠い地へ逃げるしか無い。
思案を巡らせていると、かさ、と後ろから足音がした。一人で考えたいのに、と鬱陶しそうにモトキが振り向くと、そこにはリョウカが立っていた。
「リョ…お上。」
「…モトキ、腹の子は、どうなる?」
しまった、診察時につい双子について口走ってしまったが故に、リョウカがその行末を気にするのは当然だ。しくじった、内密にするべきだったのに。
しかし、流石に出産時に、産む本人に隠し通すことなど出来るはずもないので、今知らせていても同じ事か、とモトキは薄く笑う。
「…お上は、どうお考えですか。」
「私の考えなど、通るはずもないだろう。結論から申せ。」
モトキの戯言を一蹴するリョウカ。二人の間に流れる空気は、もうこんなにも冷たいものに変わっていた。
「…失礼いたしました。」
深々と頭を下げると、モトキはそのまま一呼吸置いた。
「…どちらか一方のみ、選び取れ、との事で御座いました。異色の瞳のあるものがいれば、そちらを、と。」
「…は。…やはりそうか。」
リョウカは、顔を顰めて苦々しく言い放つ。
「…モトキは、どちらがヒロトの子か、というのは分かるまいな。」
「…瞳が青ければ、あるいは…。しかし、普通の赤子の状態では、判断つきかねるかと存じます。」
「…はぁ。…だからと言って、ヒロトの子だけがおれば良いというわけでも…ない………のに…。」
元貴が顔を上げると、リョウカは涙を流していた。
「…ねえ、モトキ、なんでだろうね…。三人で、楽しかったのにねえ…。」
先程までの、帝然としていた態度とは打って変わって、幼い頃と同じリョウカがそこにいた。モトキは、静かに近づく。
「…リョウカ。」
「…私、戻りたい。あの頃に、戻りたいよ…。」
その言葉を聞いて、モトキが、懐から時計を取り出す。
「…戻ろうか。昔に。」
「…どうやって?」
「禁忌の術を使えば、或いは。」
「…そんなの、無理でしょ。禁忌なら、きっと術者の命はないよ。」
「だろうね。でも、リョウカは幸せな刻に戻れる。」
「それじゃ意味ないでしょ。私は、三人の頃に戻りたいんだよ。モトキもいなきゃ、意味がない。」
「でも…。」
『でも、愛しているのはヒロトなんだろ?』そう言いかけて、モトキは口を噤む。モトキの持つ時計の上に、リョウカが手を乗せる。
「だから、やめてね。一人で、なんとかしようとしないで。」
「…うん。」
「…これ、大事にしてよね?せっかく私が贈ったものなんだから。」
リョウカが、優しく微笑む。モトキは、その笑顔を、胸が詰まる想いで見つめた。この人は、狡いな。
二人の間を風が吹き抜け、都の空には、暗雲が立ち込めていた。
「お上、『御沢水』のお時間で御座います。」
ヒロトとリョウカが、御所で共に過ごしていると、侍女がそう声を掛けてきた。
「そうか。ヒロト、行ってくるね。」
「うん、ここで待ってる。」
リョウカは時々、不死沢の水を飲みに、一人中庭へ行く。ヒロトも、もちろんその他の者も、誰も立ち入ることの出来ない、場所だ。中庭とされているが、建物内の何処からも、見る事は叶わない。
「…飲まないと、どうなるの?」
以前、ヒロトはリョウカに尋ねたことがあった。なんの為に定期的に飲むのか、昔から不思議だったのだ。
「私の命を繋ぐ物だと、先代から聞いているよ。」
「つまり…。」
「飲まないと、死んでしまうのだろうね。」
「…じゃあ、ちゃんと飲まないと。」
ヒロトが、急に不安になって、リョウカを抱きしめる。ふふ、と笑って、リョウカもその腕の中に収まっていた。
広間で、リョウカの中庭からの帰りを待っていたヒロトの処に、臣下たちが慌てて接見に参った。
「帝は今居られない。何事だ?」
「恐れながら、都の民からの申し立てによりますと、また、新たな疫病が流行り出しているとの事です!」
「…何?…以前のものとは、違う病か。」
「はい、症状も全く異なる、新たな病であると思われます。」
「…そうか。帝に伝えておこう。」
「では、大老様方にお伝えして参ります!」
「…モトキ…。」
「はっ…?」
「いや、陰陽寮大頭には、俺から伝えておこう。」
「有り難く存じます!ではこれにて!」
ヒロトは、身分はただの護衛隊長に過ぎないが、帝の寵愛を受けているのは周知の事実の為、皆に一目置かれる存在となっていた。大老達にとっては、目の上のたん瘤に過ぎないのだろうが。
誰かにリョウカへの言付けを頼んでからモトキに会いに行こうと考えていたが、その内にリョウカが中庭より戻って来た。
「リョウカ、流行病の知らせだ。」
「え…!まさか…また…あの刻みたいに…。」
「わからない。…俺は、モトキのところに行こうと思う。」
「わ、私も、行く!」
「わかった、一緒に行こう。」
リョウカとヒロトは、手を取り合って、陰陽寮へと足を早めた。
コメント
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うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、、、😭 ❤️💛がぁぁぁぁぁぁぁ、、、!!!
💛愛されて(❤️💛) 楽しみにしてます 途中の昔の口調に戻ったリョウカが唯一の救いでした 💙💛は安定で尊い