テラーノベル
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ヒロトとリョウカが陰陽寮に着くと、すでに慌ただしく皆が動いていた。すぐには、帝がおはした事に誰も気付かぬ程であった。
皆が慌てて頭を垂れる中、リョウカとヒロトは奥の部屋へと進んで行った。
「モトキ、入るぞ。」
「…ヒロト、…リョウカ。」
久しぶりに揃った三人に戸惑うように、モトキは文机から腰を上げた。
「…流行病の事、もう聞いていたか。」
「ああ、先程、第一報が入った。とりあえず、都の中に幾つかの養生所を設ける手筈を皆にしてもらっている。あと、幾人かの医家の者を、それらへ派遣する予定だ。」
「また、たくさん…人が亡くなるの?」
リョウカが、震える手を握りながら、モトキに尋ねる。ヒロトが、リョウカの肩を抱いて、慰める。モトキが、眉根を顰めて、リョウカを見つめる。
「…わからない。だが、現時点でも、すでに複数の死者の報告が上がっている。」
「…あの刻と、同じ…。」
リョウカが、口に手を遣って、涙ぐむ。
「…先代は、流行病の際に崩御した…。」
リョウカが、不安を口走る。ヒロトとモトキが、リョウカの肩を掴む。
「大丈夫だリョウカ、僕がそんな事にはさせない。」
「そうだよ、俺たちが絶対にお前を守るから。」
「わからない…。私は、あの刻も、なぜ父上様が急に崩御されたのか、何も知らないんだ…。どうすれば良いのかも、わからない…。」
リョウカが、ヒロトとモトキの腕を掴む。
「…だけど、父上様が崩御された途端に、流行病は終息したよね?」
モトキが息を呑む。あの刻の陰陽寮大頭、モトキの父の言葉が頭に呼び起こされた。
『今宵、帝が崩御なされる。』
あれは、決定事項のように聞こえた。まるで、何かの力で、流行病を抑える為の儀式のように。そんな筈はないと、モトキは心を落ち着けた。
「リョウカ、大丈夫。僕の、僕達の、医家の力で、絶対に抑えてみせる。リョウカが不安になる事は何も無い。」
「そうだぞ、お腹の子にも障る。」
ヒロトがそう言って、リョウカの腹に触れた。モトキは、ヒロトはまだ知らぬ双子の事について考え、少し顔を曇らせた。
「…うん、ありがとう、二人とも。」
リョウカは、強張っていた顔を少し緩ませた。
「…もし、私の能力で何か手伝えることがあったら、いつでも言ってね。」
「…リョウカに力を使わせる訳にはいかないよ。身重なのに、負担が大きすぎる。」
「力仕事なら、いくらでも言ってくれ。…流行病に役立つかは知らんが。」
「…ありがとう、人手はあるに越した事はない。ただ、病によって飢えや貧困が広がれば、都の治安も心配になる。ヒロトはそちらに注力してくれた方がいい。」
「わかった。」
「…二人とも、来てくれてありがとう。」
モトキが笑顔で言うと、ヒロトもリョウカも、笑顔で応えた。三人の、穏やかな集まりは、皮肉にも都の危機によって再びもたらされたのだった。
夜、モトキは大老達に呼ばれた。年老いた父の代わりに、政の中枢を担う役割が、モトキに課せられたのだった。
「モトキ、よく聞け。流行病が、思ったよりも早くに来てしまった。」
「…予想はしていたと言う事ですか。」
「疫病は、いつ何時でも来たるもの。人の手など及ぶ物ではない。」
「ただ、些か刻が悪い。まだ御子が生まれておらぬのだ。」
「…それは、どういう意味でしょうか。」
モトキは、震える声で尋ねた。
「…帝には、子を産んでから、崩御してもらう他、病の終息の道はない。」
グッと拳に力が入る。
「…何故で御座いましょう。流行病の終息と、帝の御崩御には、関係が御座いませぬ。」
「…お前、父から何も聞いておらぬのか。」
「全く…役立たずの大頭が…。」
大老達が、口々に父への罵倒を零した。だが、そんな事はどうでもいい。この都の中枢で、そしてその裏で、蠢くモノの正体を知らねばならぬ。
「…『フヂサワ』の呪いだ。」
大老の一人が、語り始めた。
「帝は、代々『フヂサワ』の呪いを、そしてその力を、受け継いで来たのだ。」
「…不死沢は、長寿の治癒水なのではないのですか。」
「たわけが、それは何も知らぬ民が勝手に申しているだけの戯言じゃ。」
「『フヂサワ』は、『死な不』の沢ではなく、『治ら不』の沢。『不治沢』なのだ。」
「不治沢…?」
「その沢は、そこに在るだけで、周りのものを栄えさせる力があった。だが、その為には、必ず『犠牲』が必要であったのだ。」
「昔、不治沢を見つけ、水を飲んだ者がいた。そして、一度その水を口にした者は、沢の水を飲み続けないと死ぬ身体になった。」
「しかし、その周りのモノは、どんどんと栄えていき、街となり、やがて都となった。」
「だが、大水や日照り、流行病など、人の手ではどうしようもない事は必ず降ってくる。その刻に、水を飲むのをやめ、不治沢の呪いを一手に引き受け、御体が死ぬ事で、禍を治めてきた。そうして、この都の安泰は永らく守られて来たのだ。」
「…帝…とは…、名ばかりの…生贄だという事ですか…。」
モトキの全身が、カタカタと震える。幼い頃より、先代から水を飲むよう言われ、その通りに飲み続けていたリョウカの笑顔が、脳裏に浮かんだ。
「…仕方のない事、誰かが引き受けなければいけないのだ。不治沢は、治ることのない呪いを授ける泉。その代わり、その他の繁栄を約束してくれるものでもあるのだ。」
「我々の先祖は、そうして不治沢の呪いを受ける者を帝として大切に奉り、御守りして来たのだ。」
「お前も、これからその一端を担うのだ、モトキ。」
床を睨みつけて、見開いたモトキの両眼から、ボタボタと涙が零れ落ちた。
「…男のくせに涙を流すとは、情けない…。」
「やはり、東宮の頃より、仲を近くさせすぎたのやも知れぬな。」
「しかも夜伽の相手に選ばれるとは…此奴は適任ではないかも知れませぬぞ。」
「いえ…私が、やります。帝の御為に、この身を尽くす所存で御座います。」
モトキは、深々と頭を下げて、とりあえずこの老人達に自分を認めさせることを優先した。
「…まあ兎にも角にも、御子が生まれぬ事には、話が続かぬ。陰陽道でも、お主の能力でもどちらでも良い、次の人柱が早う生まれるよう、尽力致せ。」
「御子は一人と決まっておる。それ以上は争いを生むだけじゃ。」
「以前言ったこと、必ず守れよ。」
双子のどちらかを、人柱に選び、もう一方は、殺す。これまでも、これからも、そうしてこの都の安寧を守り続けるのだ。
モトキは、この場の空気に押し潰され、吐き戻してしまいそうだった。
心の動揺を悟られまいと、部屋を後にするまでは、気丈に振る舞い続けた。
コメント
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初コメ失礼します!!一気読みしました、、!ファンタジーの感じがあるお話はあまり読んだことがなかったのですが、とても読みやすいです!❤️くんが切なすぎる、、💙💛が普段は好きなのですが、このお話をきっかけに❤️💛にも目覚めたかもです笑 次も楽しみにしてますーー!!そしてフォロー失礼しました笑
そ、そんな裏があったとは! 読んでて苦しくなるほどうまーく話が入ってきて、いつも何てイメージしやすい書き方✍してくれるんだろと感動と尊敬!! 見てる側にドキドキをありがとう。
更新ありがとうございます✨ 『フジサワ』の意味に裏があって、帝になる人の運命が決まってて…。3人とも辛いけど、❤️君が1番辛いですね…💦 七瀬さんの作品、ファンタジーでもついつい感情移入してしまいます😭 一日にたくさん更新してくださって、ほんとに嬉しいです☺️