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再び白兎堂を訪れると、再びお婆さんが応対してくれた。
「あら、アイナさん。
まだテレーゼちゃんを探しているんですか?」
「はい。今度は白兎堂に向かったと聞きまして……」
「何だか大変ねぇ……。
確かに一度来たみたいなんですけど、バーバラと一緒に出掛けてしまって……」
「え? バーバラさんも来たんですか?」
「ええ、昨日忘れ物をしたらしくて。
もしかしたら、ここで待ち合わせをしていたのかもしれないですね」
ふむ……。
バーバラさんと一緒なら、きっと悩みの相談にでも乗ってもらっているのだろう。
それならもう、無理して追い掛けなくても良いか――
……とは思わなくも無いものの、ここまで来たのだ。しかも、微妙に銅貨3枚を情報料として使っているのだ。
消化不良のまま終わらせないためにも、最後まで探してみることにしよう。
「それで、二人はどこに行ったか分かりますか?」
「きっと、いつものお店じゃないかしら。
よく行く食堂があるんですよ。場所をお教えしますね」
「はい、ありがとうございます!」
そう言えば私が神器の素材を調べて寝込んでいた間、バーバラさんは毎晩、テレーゼさんに呼び出されていたんだっけ。
オレンジジュースだけで居座るから、バーバラさんがお店の人に申し訳ないって言ってたなぁ。
……それも、何だか懐かしいや。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お婆さんに教えてもらった場所に行くと、いかにもと言った食堂を見つけた。
大きな特徴は無い、ごく普通の食堂だ。
「いらっしゃいませ!」
店内に入ると、すぐに店員が声を掛けてきた。
「あ、私は――」
とりあえず店内を見回すと、4組ほどの客が入っていたものの、テレーゼさんたちの姿は見えなかった。
ああ、もう。ここも空振りか……。
――ぐぅ。
思わず音のした方を見てみると、それは自分の腹の虫のようだった。
そう言えば昼食も食べていなかったっけ。それに歩いてばかりだったし、さすがにもう疲れてきてしまった。
「さぁさぁ、こちらへどうぞ」
店員の案内に引きずられて、調理場の向かいのカウンター席に座る。
せっかくだし、軽く――いや、結構お腹も空いてるし、しっかり食べていくことにするか。
バーバラさんの話に出てきたオレンジジュースは頼んでみるとして、あとは何にしよう。
メニューを見ると、割と何でもありの品揃えだった。
「それじゃ、オムライスとオレンジジュースをお願いします」
「はい、ありがとうございます! 少々お待ちください!」
少しすると、調理場の方から卵を焼く音が聞こえてきた。
きっと私が頼んだオムライスだろう。しっかり待ってるから、しっかり作られてくるんだよー。
――まったりと過ごして、まったりと食べ終わったころ、改めて食堂の中を見回してみる。
もしかして、食べている間に二人が来ないかな……とも思っていたが、それが叶うことは無かった。
「……あの、すいません。テレーゼさんってご存知ですか?」
会計のとき、話のついでに店員に尋ねてみる。
「はい、常連さんですよ。いつも使って頂いてます!」
「そうなんですね。今日は、お昼に来てませんでしたか?」
「来てましたよ! お客さんが来るより前に、お友達と一緒に食べていかれました。
……って、テレーゼさんはオレンジジュースだけでしたけど」
「体調が悪いって聞いているんですけど、やっぱり悪そうでした?」
「そうですね、顔色は悪かったです。
それにいつもは長時間いるんですけど、今日はすぐ帰ってしまいましたし……」
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
「いえいえー。
それでは、またのお越しをお待ちしております!」
店員に見送られて食堂の外に出ると、空の色は赤くなり始めていた。
今日はもう、探す時間はあまり無さそうだ。
……とりあえずは距離も近いし、白兎堂に一回戻ってみることにしようかな。
バーバラさんがいなかったら、次はテレーゼさんの部屋に行ってみることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あれ? アイナさん、こんにちは!」
白兎堂の近くまで行くと、不意に声を掛けられた。
声の主は、バーバラさんだった。
「あ、バーバラさん! こんにちは」
「こんなところでどうしたんですか? あ、もしかして服の注文を?」
「それも魅力的な話ですが、今日はテレーゼさんを探していまして……。
バーバラさんと一緒にいるって聞いたんですけど――」
しかしバーバラさんのまわりには誰もおらず、彼女は一人だった。
「……そうだったんですか。
私はこれから仕事なのでご一緒できないのですが、もし時間があるなら……テレーゼさんの居場所をお教えしましょうか?」
「え? もう夕方ですけど、まだどこかに行ってるんですか?」
体調が悪いのに、何ともまぁ……。
……さすがに肌寒くなってきたし、そろそろ自重して頂きたいところだ。
「少し、考えをまとめたいことがあるらしくて。
私にも具体的なことは話してくれなくて、こんなことは初めてで……」
「そうなんですか?
でもバーバラさんにそういう感じなら、私が行っても、どうなんでしょうね」
「うーん……。私とアイナさんでは、そもそもが違いますからね……。
でも何となく、ずっとテレーゼさんと一緒にいた私だからこそ、何となく思うんです。
……テレーゼさんに会いに行って頂けませんか?」
真面目な顔で、真っすぐに言うバーバラさん。
テレーゼさんのことを心配しているのが強く伝わってくる。
「……分かりました。
それではすいません、場所を教えて頂けますか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……バーバラさんから聞いた場所は、王都の中にある広い公園だった。
こんなところもあったんだね。散歩をするにも良さそうだ。
少し小高くなった場所の、大きな樹の下に、テレーゼさん……のような人がいた。
樹の根元で、何かを抱きかかえながらうずくまっているから、確証は無いんだけど――
「――テレーゼさん?」
近付いてとりあえず声を掛けるも、反応は返って来なかった。
いつもなら声を掛ける前に反応してくれるというのに、何とも寂しい限りだ。
テレーゼさんであることを確認したあと、そのすぐ横に座ってみる。
しかしそれでも、彼女が反応することは無かった。
寝ているわけでは無いし、無視されているようでも無いんだけど――
……とりあえず、突っついてみるか。
つんつん。
とんとん。
ぱしっぱしっ。
「ふぇ……?」
何回か突っついていると――途中から軽く叩いている感じになってしまったが、ようやくテレーゼさんが顔を上げてくれた。
「こんにちは。もうすぐ、こんばんわの時間ですよ?」
「……まずい。幻覚が見えてきた……」
「いえいえ、本物ですから!」
眠気を払うように頭を振るテレーゼさん。
そんな彼女の手を取って、静かに握りしめる。
「え……? ……本物なんですか? ……夢じゃないですか?」
「本物ですとも!」
「えぇ……?
な、何で本物がこんなところに……?」
「今日は仕事をお休みしてるって聞いて、お見舞いに行っても部屋にいなくて。
ずいぶん探しまわったんですよ?」
「そうなんですか……。すいません、ありがとうございます。
……本当に、ありがとうございます……」
そう言うテレーゼさんの顔色は、やはりとても悪かった。
会話の流れも、何となくそこで途切れてしまう。
空を見てみると、闇色に混じって星がちらちらと瞬き始めているところだった。
さすがに冷えてきたし、あまり長居は出来なさそうだ。
「……精神的にまいっているようですけど、私は何かお手伝いできますか?」
「はぅ……。
……それじゃ……、ちょっと、お話を聞いてもらえますか……?」
「はい、喜んで」
テレーゼさんは大きな包みに顎を|埋《うず》めながら、小さくそう言った。
私は彼女の言葉に、小さく頷いた。
「……一説によると、運命というのは、途中にいくつかの分岐点があるらしいんです……」
……は?
……え? ……はい。
「えーっと、はい」
「分岐点で生まれる選択肢を決めていくことで、運命が確定していく……。
あやふやなことが、時間を経るに従って、ひとつに決まって、定まっていく……。
――あ、すいません。これはある本に書かれていたことなんですが……」
「ふむ……」
そういえば、今日は図書館にも寄っていたよね。
そこで読んだ内容なのかな?
「まぁ、それはそれとしてですね……」
「それはそれとしちゃうんですね!」
「実は最近、よく夢を見るんです。
……内容は言えません。……アイナさんにも、言うことが出来ません」
「変な夢なんですか?」
「はい、とっても変で……おかしくて……そして、嫌になってしまう夢です……。
何とか自分の中で消化しようとしたんですけど、でも、体調まで崩しちゃって……。
はぁ、主任に怒られなきゃ良いんですけど……」
「ダグラスさんも心配してましたよ。
でも、もし怒られるなんてことがあったら、私が怒り返してあげますから!」
「……え? アイナさんでも怒ることがあるんですか?」
「よっぽどで無ければキレたりはしませんけど、人並みには怒りますよ?」
「あはは、私も怒らせないようにしないとですね……。
……それで、そんな話もどうでも良くて……」
「えぇ!? よ、良くないですよ!?」
「……アイナさんに、お願いがあるんです」
「む? え、はい、何でもどうぞ」
「この荷物を、預かっていてもらえませんか……?」
そう言いながら、テレーゼさんは両手に抱えていた大きな包みをゆさっと揺らした。
「え? 何でまた……?」
「……すいません、言いたくないんです。
それと、中も見ないで欲しいんです……」
――まるで意味が分からない。
見られたくないものを私に預けて、どうしろと……?
でも――
「そうしたら、テレーゼさんの悩みは少しくらいは軽くなりますか?」
「そうですね……。多分、なるかもしれません……」
……これまた、あやふやな。
でも、持ってるだけで良いというのなら持っておこう。
アイテムボックスに入れておくだけなら、特に困ることも無いわけだし。
「分かりました。それじゃ、返して欲しくなったら教えてくださいね」
でも、私が王都から離れるときはどうすれば良いんだろう?
……それはいつか、テレーゼさんが元気になったときにでも聞いてみることにしよう。
「ありがとうございます……。
それと、もう1つお願いがあるんです」
「何でもどうぞ!」
「あの……この先、王都の外で、もしどうしても、どうしようもない状況になってしまうことがあったら――
この荷物を、開けてみてください……。それで……意味不明だったとしても、怒らないでください……。軽蔑、しないでください……」
テレーゼさんは声を震わせながら、そんな言葉を絞り出した。
……どうやらつまり、この荷物は私のために用意してくれたもののようだ。
それなら何で、軽蔑なんてしなければいけないのか。
「分かりました。それではその荷物、お預かりしますね。
テレーゼさんの悩みは分かりませんけど……ありがとうございます」
「すいません、すいません……。
……私、弱くて、ごめんなさい……」
嗚咽を漏らすテレーゼさんの言葉の意味は、やはり分からない。
でも、一言一句、忘れないようにしておこう。
いずれ、その意味が分かるかもしれないのだから……。