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ライブハウスは熱狂の渦だった。観客の声援、ギターの轟音、ライトの照明がまぶしく光る。
クロエはギターを抱え、ハルと共に演奏していた。
だが、曲の途中で突然、胸を押さえ咳き込む。
そして赤い血が唇の端に滲んだ。
ハルの目は一瞬で真っ白になった。
「クロエ!」
彼はステージを駆け降り、彼女を支える。
クロエは顔をしかめ、震える手で胸を押さえる。
「……大丈夫、ちょっと咳が出ただけ」
その言葉は軽かったが、目の奥の影は隠せなかった。
ハルは胸の奥で不安がうずき、言葉が出ない。
翌日、病院の白い壁の前で、クロエとハルは医師の話を聞く。
「末期の胃がんです。余命は半年程度」
紙が手から滑り落ち、ハルの世界は音を立てて崩れた。
声が出ない。涙が頬を伝う。
クロエは静かにハルの手を握った。
「……冗談だろ?」
「……ハル」
クロエの声は弱いが落ち着いていた。
「病院で朽ちるより、ステージで燃え尽きたい」
ハルは必死に訴える。
「治療を、頼む! 諦めるな!」
「違うんだ。あたしは、あたしの生き方で死にたいだけ」
クロエの瞳は揺るがない。
その強さに、ハルは言葉を失った。
夜、二人は川沿いの橋の上で座り込む。
「どうして俺は……守りたいのに、守れないんだ」
ハルの声は小さく震え、空気に溶けた。
クロエは彼の肩に手を置き、静かに言う。
「守らなくていい。あたしは自分の生き方を選ぶ。それだけ」
その日から二人の生活は変わった。
昼間はハルが病院で情報を集め、薬や検査のスケジュールを調整する。
夜はライブハウスで音を鳴らし、街の路地で曲を練習する。
クロエは病に侵されながらも、ステージでは生き生きと輝いた。
観客の歓声は、彼女にとって酸素のようなものだった。
ある夜、クロエはベンチに座り、ハルに言う。
「ねぇ、もしも最後の瞬間が来ても、私の音楽があれば、あたしたちは一緒に生きられると思わない?」
ハルは涙をこらえ、ギターを抱きしめた。
「ずっと一緒だ……音の中でも、現実でも」
翌日のステージでも、クロエは血を押し殺しながら歌った。
彼女の声には、痛みも絶望も、しかし希望も確かに混ざっていた。
観客はそれに気づかない。ただ魂に届く音に心を震わせる。
ハルは横でギターを弾きながら、彼女を支える自分の使命を感じた。
夜空に一匹の青い蝶が舞う。
冷たい風に乗って、二人の決意と絆を祝福するように。
クロエは死と向き合いながらも、なお生きる力を示した。
ハルもまた、彼女のために立ち上がり、二人で音楽の旅を続けることを誓ったのだった。