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コメント
2件
二人が尊い…… 読んでいてニヤニヤが止まらないです!! 続き楽しみにしています(* ˊ꒳ˋ*)
テスト前でもないのに、塾の自習室に入り浸るのには、理由がある。
一つには、なにより、エアコンの効きがいい。自販機もあるし、ダラダラ話ししていても、他に人がいなければ咎められることもない。雪也は、漫研のネーム用のノートとケント紙を堂々と取り出し、定規で枠線を引き始めた。
裕真の方は、塾の宿題を開いてはいたが、問題を解く気になれず、雪也の骨ばった指が、意外なほどなめらかに紙の上を滑っていくのを眺めていた。
「そういうのって、今はデジタルなんじゃないの」
少しでも反応が欲しくて、つい声をかけてしまう。
「いいんだよ」雪也は淡々と言う。「俺は手で描くのが好きなんだ」
「そゆとこあるよな、雪也は」
声に気持ちが滲みそうになるのを、内心焦りながら取り繕う。「いいよな、そういうの。なんか、こだわりがあるっていうかさ」
「おまえだって、こだわりあるだろ」
「え…?俺が?」
どちらかというと、いつも人に合わせてしまうのが自分だ。別にどっちでもいいと思えることばかりで、それならみんなに気分よくしてもらっていたほうがいい。主体性がない…と自覚しているからこそ、こだわりを一つ一つ積み重ねて、これが俺だ!と、主張しているような雪也が眩しい。
「なんか、こだわり、あったっけ、俺…」
「俺と道歩くとき」
確かな手つきで人物のアタリを描き加えながら言う。
「おまえ、絶対、車道側歩くじゃん」
ヒュッと、喉が音を立てた気がした。
(え?ほんとに?
…俺 、そんなことやってた…?)
心拍数が速くなる。
まさか、そんなところで。
自分は気づいてすらいないのに、雪也には気づかれていたなんて。
「あれ、なんなん?変なこだわりだよな」
気づかれちゃ駄目だ。
せめて、半年前…
いや、三ヶ月前…
雪也に、彼女ができる前だったら…
少しは、ほんの少しは、可能性に賭けられたかもしれない。
だけど、今はもう…
友達の顔して隣にいるしかないじゃないか。
むやみに上がる心拍数に気づかれないよう、裕真は、ちょっと肩をすくめた。
「そんなことしてた、俺?案外気づかないもんだな」
「いつもだよ、いつも。俺があえて場所を変えても、なんか結局車道側に戻るじゃん、おまえ」
雪也は、裕真にしか向けない親しげな笑みを唇に乗せると、付け加えた。
「まあ、なんか、守られてるって感じで、悪くないけどな」
(それ、反則だろ)
赤面し、目を逸らしながら、裕真は独白した…。