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最終話
長い…長い夢を見た。
真っ暗な闇の中に一人佇み、足は沼のような場所に捕らわれていて、身動きができない。
夢だと自分で分かっている、不思議な感覚だった。
現実ではないと頭の中で認識している。
でも怖い。寒い。そしてとてつもなく心細かった。
「あにき…?」
ふっと脳裏に浮かんだ顔に、思わず呟く。
心配そうな表情のあにきは、俺の声が届くか届かないかのところで音もなく消えた。
「りうら、しょうちゃん…」
あにきが消えて、続くようにすぐに浮かんだ2人の顔。
その名前も呼ぶけれど、あにきと同じように浮かんでは一瞬で消える。
「ほとけっち!」
続いたほとけの顔は、心配と同時に少し怒っているようにも見えた。
何でそんな顔してんの?なんて聞く間もなく、ほとけっちの明るい水色の髪も闇の中に消えていく。
そしてやがて、前方に浮かんだのは漆黒の闇に溶け入りそうな濃紺の髪。
皆と唯一違ったのは、他のメンバーは顔が脳裏をよぎるように浮かんだだけだったのに比べ、頭からつま先まで全身がはっきりと見てとれたことだ。
「まろ…」
小さく呼ぶと、こちらをゆっくりと振り返る。
怜悧なまなざしが俺を一瞬捉えたかと思ったけれど、それもすぐにふいと逸らされた。
「まろ!」
俺の声なんて届かないかのように、まろは再び向こうを向いてしまった。
そしてそのまま歩みだす。
俺がいるのとは逆方向へ。
「待…っ」
必死に手を伸ばし、追いかけようとする。
けれど俺の足は沼に捕らわれたままで。
動くことも追いかけることも叶わない。
ただ見慣れた後ろ姿がどんどん離れて行くのを茫然と眺めるだけ。
「…行か…ないで…」
声が掠れて思うように出ない。
視界がぶわと潤んできたのを実感し、つまり自分が泣いているのだと理解する。
夢の中でも、話を聞いてくれないのか。
夢の中でさえも、振り向いてくれないのか。
頬を伝う涙の温かさだけが残されて、やけにリアルだった。
うっすらと開いた目は、見慣れない天井を映した。
…どこだ…? ここ……。
自分に何が起きたのか、どこにいるのか咄嗟に判断ができない。
分かったのは真っ暗な部屋の中、自分はベッドに横たわっているということだけ。
混乱する頭で必死に思い出そうとするけれど、ズキリとこめかみの辺りに痛みが走る。
手足は枷をつけられたように重く、意識通りにうまく動いてくれることはなかった。
「…っ」
重い指先を何とか動かし、腕に力をこめる。
そうしてシーツの上でその腕に体重を乗せ、ゆっくりと上体を起こした。
身体を起こすだけなのに息を詰めるくらい重労働に感じる。
暗闇の中、やっと目が慣れてきた。
辺りをゆるりと見回すとそこはどこか病院の個室のようだった。
「…!」
ある一点で、視線を止める。
闇の中に一つの大きな影を見つけたからだ。
「……ま……ろ…?」
声は掠れて消え入りそうだった。
俺のベッドの傍に置いてある椅子に腰かけていたまろは、その声に弾かれたように顔を上げた。
「ないこ…!?」
慌てたような声が耳に届く。
立ち上がったまろは急いでベッドサイドの照明を点けた。
少し明るくなった室内で、まろの輪郭がはっきりと見えるようになる。
眉を寄せたその表情はどれだけ心配をかけていたのかを実感するのに十分すぎるほどだった。
「ないこ…!」
次の瞬間には、その大きな腕に包まれる。
つまり抱きしめられているのだと認識するには余裕で数十秒は必要だった。
何で…?と働かない頭で考えを巡らせると同時に、さっきまで夢の中では俺の方を振り向きもしなかったまろの姿が思い出された。
胸がずくんと痛む。
「まろ、俺…」
弱々しい声しか出せない俺を抱きしめる腕に、まろがぎゅっと力をこめた。
痛いくらいのそれに抗議する気持ちなんて起きるはずもなく、ただ俺はまろの肩に顔を埋めるしかない。
「…過労と、貧血やて。心配させんなよ」
言葉ほど責めるような響きはないまろの声が、少し震えているように感じたのは気のせいだろうか。
濃紺の髪が頬をくすぐるように撫でていく。
それに目を閉じて、俺は「…ごめん」と言うのが精いっぱいだった。
「…死ぬかと、思った」
いつも大声を張り上げているまろのものとは思えない小さな囁きが届く。
それと同時にまろがまたぎゅっと力をこめるものだから、こいつの不安な気持ちを表しているように思えた。
「……怖かった」
「『怖い』?」
尋ね返しながら、俺は再び目を見開く。
「ほとけに言われて、気づいた。自分が何を一番怖がってるのか」
震えそうな声の続きを、俺は相槌すら打たずに待った。
ベッドの上に座ったまま抱きしめられた態勢で、腕から指先まではまだ重くて簡単には動いてくれそうにない。
「ずっと、ないこの話を聞くのが怖かった。あの時のことを、ないこに謝られるのが怖かった。誰と間違えたのか聞くのも嫌で、ないこが話そうとしたときに知らんふりして…」
ごめん、と、低い声がそう続けた。
「でも、ほとけに『一番怖いことは何』って言われて気づいた。俺は…」
一度言葉を切ったまろが、深く息を吸う。
俺の後ろに回して肩を抱いていた手を、そっと後頭部に添えた。
「ないこがおらんようになるんが、一番怖い」
小さいけれど、その言葉ははっきりと俺の耳に届く。
言われた言葉の数々を一つずつ飲み込もうとするけれど、なかなか理解が追いつかなかった。
「ないこに自分の気持ちを伝えれんまま、会えなくなるのが一番怖い」
そう言ったまろは、俺を抱きしめる腕を緩めた。
少しだけ体を離すと、極至近距離で見つめ合う形になる。
濃紺の瞳は少し潤んでいるようにも見えて、俺は高速で事態を整理しようとする頭のままその目を見つめ返した。
「好きやで、ないこ」
まっすぐにそう告げるまろの大きな両手が、俺の頬を包みこむ。
驚いて目を瞠り硬直してしまった俺は、信じられない思いでいっぱいだった。
「…え、だってまろは…」
俺の話を聞きたくなかったんじゃ?
俺の告白を受け入れられないから、なかったことにしたかったんじゃなかった?
まろは俺の目を見つめたまま、それ以上は言葉を継がなかった。
現実には数秒だったかもしれないその時間は、永遠にも感じられるような長い時間だった。
そうしているうちにようやく脳内で今までの状況が整理されてくる。
それと同時に一番に思い出したのは、数日前のしょうちゃんの言葉だった。
『ないちゃん…もう一回聞くけど、なんか君らすれ違ってない?』
ない、と即答したときのことを覚えている。
でも、その言葉が蘇ってきた瞬間にさっきのまろの言葉で飲み込めないものがあったことも自覚する。
「まろ…『俺に謝られるのが怖い』って…何?」
俺の返事を待っていたまろが、わずかに片眉を持ち上げた。
「『誰と間違えたのか聞くのも嫌』って…何?」
先刻のまろの言葉をきれいになぞりながら問う。
今度はまろが瞳に困惑の色を宿す番だった。
「ないこが言うたやん。あの時、『間違えた』って…」
「!? ちが…!」
う、と言いかけて、思わず言葉を飲み込む。
…いや、違わないか。
確かに咄嗟にそう言ったのは事実だ。
「違う、まろ…。『間違えた』のは相手じゃなくて…」
しょうちゃんの言葉が今になって胸に刺さる。
ボタンをかけ違えるってこういうことなんだろうか。
自分の言葉の足りなさに嫌気が差しそうだった。
「自分の気持ちは、絶対に云っちゃダメなものだと思ってたから…。言うつもりがなかったんだよ。なのにあの時酔って口にしちゃったから…」
「……それで『間違えた』?」
確認するように尋ね返したまろに、小さく頷いて見せる。
目の前のまろは拍子抜けしたように脱力した。
俺の頬に添えられていた手が力なくするりと落ちる。
「あの時も、俺は謝ろうとしてたんじゃなくて…もうバレたならちゃんと改めて告白したいと思ってて」
続けて、今度は俺が両手でまろの頬を包み込んだ。
自分がこれ以上逃げることがないように、まろの深い色の目をじっと見据える。
「まろのことが好きだよ」
言いながら、これまでの苦しい気持ちが思い出されて視界が潤んだ。
だけどそれ以上に満たされた気持ちもあって、つまりこれは嬉し涙だと認識する。
「ないこ…」
まろの瞳も、同じように潤んでいるように見えた。
そしてそれからお互いに自分たちの勘違いとすれ違いがバカバカしくなったのか、ふっと同時に吹き出してしまった。
「アホみたいやん、俺ら」
「…な」
すれ違って、遠回りして…。
それでも一方通行だと思っていた想いが交差して。
「頼むから、勝手におらんようになるなよ」
さっきまでの不安感を振り切るように、まろが念を押す。
「うん」と答えた俺の唇にまろのそれが触れたとき、俺はようやく重くて動かしづらかったはずの腕をまろの背に回した。
――END――
コメント
13件
最終回、お疲れ様でした! 毎日あおばさんのお話を楽しみにがんばってます。文章の構成や表現にいつもいつも驚かされ、あまりの綺麗さに感嘆させられていました!私はテラーの方しか見ることができていませんが、あおばさんの作品に出会えて本当よかったです。これからも素敵な作品を読ませていただけると嬉しいです!
一方通行では初コメですかね…? タグから一話目を見つけてそこから フォロー、ブクマをさせて頂きました そこから毎日更新が楽しみになり、 新作が出るたびに一から読み直すを 繰り返してました😖 私だけかもしれませんが、胸がキュッとなるような、苦しさがあってとても好きなお話でした😭💕こんな素敵なお話ありがとうございました😖💕 いつまでもお付き合いいたします…。
ついに完結ですか……✨✨ すれ違いまくっていた青桃さんが想いを伝えられたのがもうにこにこです、!! またまた大好きなシーンが出来てしまいました…描きたいものが沢山で困っちゃいますね😽💞 2年以上前だなんて信じられないくらい小説らしさ全開であおば様が文才なのがとても伝わってくるんです✨