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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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強くて優しい……だけどどこか寂しさをにじませた京介からの抱擁に、芽生の胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
「……京介」
いつもなら〝京ちゃん〟と言ってしまって京介に訂正されてしまうのだけれど、今日だけはスルリと言えた。
京介の胸元へ顔を埋めた芽生に、愛しい男の鼓動がドクドクと……気持ち速く響いてくる。普段の彼なら見せない緊張の名残がそこにあるのだと、芽生は悟った。
ややあって、京介は諸々の感情を押し殺したいみたいに息を吐き、ぽつりと続ける。
「……新しい組の名は『雄相会』にするそうだ」
「ゆうそう、かい?」
芽生が小首をかしげるから、京介は芽生の手を取り彼女の手のひらへ「雄」「相」「会」と一文字ずつ刻み込むように指先で文字を書き記す。
「これってもしかして……千崎雄二の〝雄〟と相良京介の〝相〟?」
芽生がじっとこちらを見つめてくるのを見下ろして、京介は小さく吐息を落とした。
「バカだろ、あいつ……。俺のことは忘れろって言ったのにな? けど、なんでだろう。誇らしいって思っちまった」
口では千崎のことを〝バカ〟と言いながら、京介の表情は酷く穏やかだった。芽生は、京介が珍しく己の感情をちゃんと言葉にしてくれていると感じて、凄く嬉しくなる。
京介はもうあの場所に戻ることは出来ないけれど、きっと心の奥底では皆と繋がっていられるのだ。千崎が新しく掲げた組織名は、そんな意味を含んでいるように思えた。
「離れてても、ずっと一緒だね」
芽生は京介をギュッと抱きしめて、彼の胸元へスリスリと額を摺り寄せる。
そんな芽生に、京介は少し躊躇いを見せながらも、すぐそばの芽生の頭を慈しむように優しく撫でた。
「……なぁ芽生。俺、長谷川と比田先生には、堅気になったことをちゃんと報告したいと思ってんだけど……どう思う?」
普段は決断を迷わない男が、妙に言いにくそうに視線を逸らせる。京介が、自分の感情を他者に伝えるのがあまり得意ではないことを芽生は知っていた。今回のこれだって、本当は自分の中で答えなんてとっくに出ているだろうに……きっと芽生に背中を押して欲しいのだ。
芽生はそっと京介の胸へ手を置くと、真っ直ぐに京介を見上げ、少しだけ間を置いてから、きっぱりと言った。
「……私も一緒に伝えたい。だって、二人とも……私たちをずっと見守ってくれていた人たちだから」
その答えに、京介はしばらく黙り込み、それから吐息とともに小さくうなずいた。
「……分かった。……じゃあ、俺から声かけとく」
芽生が「お願い」とつぶやくのに合わせて、足元の殿様がいよいよ待ちきれなくなったみたいに立ち上がると、京介の足にしがみ付いて「にゃーん」と鳴く。
二人の胸に温かな決意が灯ったのを、自分にも確認させろと言っているみたいに、甘えん坊の猫が京介に抱っこをせがんだ。
***
数日後の午後。
タクシーを降りた京介と芽生は、児童養護施設『陽だまり』の駐車場の隅で足を止めた。
温かな車内から降りたからだろうか。外気の肌寒さに、芽生は思わず身体を縮こまらせた。今日は曇り空で日差しも薄い。夜には雪がちらつくかも? という天気予報だった。
芽生はさぁっと吹き付けてきた冷風にコートの襟をきゅっと合わせて、隣に立つ京介を見上げた。
京介は寒さなんて感じていないみたいに、黙って煙草の箱を指先で弄んでいた。煙草に触れるのは、精神的に安定させたい事柄があるときの京介の癖みたいなものだというのを芽生は長い付き合いで知っている。電話口ではちょいちょいふかしている気配のあった煙草も、自分や殿様の前では滅多に火をつけることがない。恐らくは、芽生たちに煙を吸わせないよう気を遣ってくれているんだろう。
「長谷川たち、まだ来てねぇな」
ポツンと京介がつぶやいたと同時、一台の軽自動車が静かに駐車場へ滑り込んできた。
パールホワイトの車体に大ぶりの花柄があしらわれた限定モデルの愛らしい軽自動車だ。リアガラスには猫のシルエットの小さなステッカーが一枚貼られている。
長谷川将継の亡き妻・咲江が、生前大切にしていた愛車であり、今も長谷川が手入れをして乗り続けている車だ。燃費や性能のことを思えば買い替えた方が絶対いいと思うのだが、それをしないところが何となく長谷川らしいなと京介は思う。
そういう人間だからこそ、京介は長谷川将継という男が好きなのだ。
だが、そんなことおくびにも出さず、京介はそれを一目見るなり、口の端を歪めてニヤリとする。
「……おい長谷川、まだそれ乗ってんのかよ。そんな可愛い車、お前には似合わねぇつってんだろ。咲江ちゃんもきっといい加減買い替えて下さいって言ってると思うぞ?」
運転席から降りてきた長谷川は肩を竦め、苦笑を浮かべる。
「似合わないのは分かってるが……咲江が気に入って乗っていた車だ。壊れるまでは、私が面倒を見るさ」
「そういうもんかねぇ」
「お前もそういうタイプだろ」
ちらりと京介の横へ立つ芽生を見つめて目を細める長谷川に、京介は何も言い返さない。
長谷川に続いて車から降りてきた静月が、「あけましておめでとうございます」と律儀に告げてから、将継の横へ寄り添った。
「おう、静月ちゃんあけましておめっとさん」
京介が軽く返すのに倣って、芽生も「あけましておめでとうございます」と慌てて付け加える。
長谷川も「ああ、そういや、年明けて会うのは初めてだったか」とつぶやいて、「あけましておめでとう」と答えた。
そんな三人の横で、猫のステッカーへ視線をやった静月が、小さく微笑む。
「……僕、この車も、後ろに貼られたこのステッカーも大好きです」
京介は静月のその言葉に目を細めると、煙草の箱を軽く握り込んでぽつりと返した。
「……静月ちゃんは嫌じゃねぇのか?」
「え?」
「いや、……その、長谷川がいつまでも死んだ奥さんのもの、大事にしてんのとか…」
どうやら長谷川社長への京介の軽口めいた苦言は、静月を気遣ってのものだったらしい。そのことに気付いた芽生は、(不器用な京ちゃんらしいな?)と思った。
芽生は長谷川社長の自宅にはまだ行ったことがないけれど、家は亡き奥様と一緒に彼女好みのリクエストで建てたファミリータイプの平屋の日本家屋だと聞いたことがある。当然仏間には奥様の仏壇もあるだろう。
静月はそこで長谷川社長と同棲(?)しているのだ。
京介がそれを、静月が気にしてやしないかと心配したのも分かる気がする。
芽生が静月の立場だったとしたら、どう思うかな? とふと考えて……京介に、自分以外に愛した女性がいたかもしれないと想像しただけで、芽生はキューッと胸が締め付けられた。
確かに、家みたいに大きなものや仏壇をなくすことは無理でも、せめて車ぐらいは一新したほうがいいのかも知れない。
そもそも静月は照れ屋であまり自分の感情を口にしないイメージなのだ。
長谷川社長はそこまでデリカシーのない人ではないかも知れないが、案外渦中にいると気付けないことはあるのかも?
そんなことを思った芽生である。
「全然嫌じゃないです。僕にとって将継さんは咲江さんのことを大切にしていることも含めて大好きだと思える存在なので」
そこまで言って、「静月っ」と感極まったように長谷川に抱き締められた静月が、慌てたように「あ、あのっ。すみません! 僕っ、なんか恥ずかしいことを語りましたっ」とあたふたする。
京介はその姿をじっと見つめ、しばし黙した。
そして小さく吐息を落とす。
「……静月ちゃんがいいってんならいい。……実際、俺も咲江ちゃんをいつまでも引きずってうじうじしてる長谷川も純愛こじらしてるみてぇで嫌いじゃなかったんだがな、ぶっちゃけ不摂生しまくりで……心配じゃぁあったんだ。今はちゃんと彼女が亡くなったこと、整理出来てるように見える。それもこれもみんな静月ちゃんのお陰だな。ありがとな」
京介の不器用な本音を耳にして、芽生の胸を締め付けていた痛みがふっと和らぐ。
(……京ちゃんや静月さん、長谷川社長のこと、そんな風に思ってたんだ。私も……もし京ちゃんが過去に愛した人の影が出てきたとき、静月さんみたいに考えられるようになれるといいな?)
積み重ねてきた過去があるからこそ、今の京介があるのは確かだ。静月が咲江さんを想う長谷川社長のことを告げた言葉には、そういう響きがあった。自信はないけれど、自分もそんな風に思える人になりたいと、芽生は静月を尊敬のまなざしで見詰めた。
「おい、相良、なんでお前が静月に礼を言うんだよ? お前は私の保護者か! 何か気持ち悪ぃーぞ?」
「ああ、俺もそう思う」
急に言い合いを始めた長谷川と京介に、思わず顔を見合わせた静月と芽生だったのだけれど……。結局は楽し気に笑い合う二人を見て、やはり仲がいいな? と痛感せずにはいられない。
恋人としての自分と相手との間に二人の関係性が割り込むことは出来ないだろうが、親友(悪友?)としてのふたりの間にもまた、芽生も静月も入り込むことは不可能なのだ。
京介はひとつあごを引き、施設の自動扉へ視線を向ける。
「さて、と……。んじゃ、みんな揃ったし、行くか」
京介が芽生に向けて手を差し出してくる。
その手を取りながら、芽生は京介の目の奥に揺れる真剣な光を、しっかりと感じ取っていた。
――ここを巣立ってからは恐らく初めて。京介は〝堅気〟として比田と対面する。
***
毎月のように慰問しているからだろうか。
勝手知ったる他人の家――施設――ではないが、京介も長谷川も慣れた様子でエントランスのインターフォンを押す。それに応じるように職員のひとりが出迎えてくれた。
「こちらへどうぞ」と案内され、一行は施設長室の扉を開ける。
そこにはここの創設者で今は施設長をしている――比田真理がいて、いつもの穏やかな笑みで出迎えてくれた。
「まあまあ、京くんに芽生ちゃん。それに長谷川社長も……ようこそ。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
ひとりひとりに目を合わせて声を掛ける比田に、京介は「あけましておめでとうございます。今日は時間を作って頂いてすみません」と短く頭を下げ、芽生も嬉しそうに会釈をして新年の挨拶を交わす。
コメント
2件
京ちゃんと長谷川社長の関係性、すごく好き。 伊達に長い付き合いじゃないよね!?
京介が静月ちゃんを気遣って長谷川さんに軽口を叩いたところ、すごく彼らしいなと思いました。不器用だけどちゃんと相手のことを考えられる人なんだなあって。あと、静月さんが「咲江さんを大切にしていることも含めて大好き」って言ったのが本当に素敵で、読んでて胸が温かくなりました。京介と芽生が二人で施設に歩いていこうとするラスト、新たな一歩を踏み出す感じがじんわりきました。