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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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「あけましておめでとうございます」
長谷川が一歩前に出て挨拶をした、そのすぐ後ろ――。
恋人の影へ隠れるようにして見えていなかったらしい。気配を消したいみたいに静かに控えていた青年の姿に気が付いた比田が、目を丸くする。
「まあ……そちらは?」
問いかけられた瞬間、静月は肩を小さくすくめて、視線を泳がせながら長谷川の腕をギュッと握る。
長谷川がすかさず前に出て、「私の伴侶の、朧木静月です」と紹介する。
比田は微笑を崩さぬまま、ほんの少しだけ声の調子を柔らかくした。
「そう。初めまして、朧木さん。どうぞ、ゆっくりしていってね」
静月は小さくうなずいて「……は、初めまして」とだけ返し、再び長谷川の横に隠れるみたいに身を寄せる。
施設内には――特に初めて連れてこられた時は――静月のようにシャイな子も多い。
比田はさして気にした風もなく、静月が自然と場の雰囲気に慣れてくれるのを待つかのようにそれ以上は静月を構うことをしなかった。
皆が一通り挨拶を終え、「まぁ立ち話も何ですし、座りましょうか」と比田が応接セットのソファに座るように促してくる。
ローテーブルを挟む形で四人掛けのソファが二つ、置かれていた。
その片側に、京介、芽生、長谷川、静月の並びで比田の真向かいに並んで座る。
芽生と静月が小柄だから何とかなったものの、結構ギュウギュウ詰めで、比田がその様にくすりと笑った。
ちょうどそのとき、外からノックの音が聞こえてきて、比田が「どうぞ」と答えると、先ほど案内してくれた職員が急須と茶器、そして小皿に盛られた餅菓子が載った盆を手に入ってくる。
それらを五人の前へ置きながら、
「年末に子どもたちと一緒についたお餅で作ったものです。どうぞ召し上がってください」
と微笑んでから、「あ、長谷川社長にはつき立てを一度召し上がって頂きましたよね」とつけ加えた。
差し出された皿には、きな粉をまぶしたものと餡子をのせたもの、大小さまざまな大きさの餅が、楽し気に並んでいた。
「子供たちが丸めたものだから、大きさにばらつきがあるのがいいでしょう?」
職員に礼を述べて餅を見つめる四人に、比田が嬉しそうに笑った。
「私が丸めると『長谷川社長、大きすぎ!』って叱られました」
餅つきの日を思い出したみたいに長谷川が目を細めて笑う。
「相良が来てないの、子供たち、残念がってたぞ?」
例年なら京介も長谷川とともに年末の恒例行事の餅つきに参加するところだが、今年は芽生のインフルエンザ騒ぎや、葛西了道からの呼び出し、葛西組自体のごたつきで顔を出すことが出来なかった。
とりあえず、いつも通りもち米は長谷川に託し、餡やきな粉は長谷川が手配してくれる形で餅つきは無事済んだと悪友から報告だけは聞かされていた京介である。
それを指しての長谷川のセリフに、京介が苦笑する。
「いや、俺はいつも怖がられてんだろ」
ククッと笑う二人を見て、芽生が懐かしそうに目を細める。
「私が子供の頃にも二人が来てくれてたよね?」
芽生の言葉に比田が懐かしそうに目を細める。
「そうそう。芽生ちゃんがいたときじゃない? 杵と臼が登場したの。あれも二人からの寄付なのよ」
比田の言葉に芽生が目を真ん丸にする。
そう言えばそんなことがあったなと懐かしさに頬が綻んだ。
「静月ちゃんも長谷川にくっ付いてって餅、ついたのか?」
京介が黙り込んでいる静月を気遣って水を向けた。さきほど、比田と〝はじめまして〟の挨拶をしていた時点でそれはないと思っていたが、それ以外で静月を会話に加えてやれるいい方法を思い付けなかったのだ。
「あ、いえ……僕は……」
「一緒に行こうって誘ったんだがな、静月は家で留守番してたよ」
静月の手をギュッと握って長谷川が言う。
「けど、餡子とかの買い出しは付き合ってくれたよな?」
「……はい」
静月の言葉に、比田が「まぁ! もしかして今回、餡子ときな粉の他に初めてずんだ餡があったのは朧木さんの影響?」と手をパチンと鳴らした。
「あ、はい……。何か色とりどりの方が楽しいかなって思って」
静月の言葉に、比田が「子供たちも大喜びだったわ。有難う」とにっこり笑う。
「あ、でも……今日はずんだ餡ないですね?」
芽生が机上の皿を見て言えば、「子供たちも珍しかったからかしらね? 一番人気だったの」とすでに完売してしまったのだと比田がほのめかした。
その言葉に静月が嬉しそうに微かに微笑んだのを比田が柔らかな眼差しで見詰めている。
「今年の年末は四人で来てね?」
「年明け早々もう年末の話ですか」
京介がククッと笑うのを見て、「もう年が明けたから鬼も笑わないわ」と比田が悪びれた様子もなく答えた。
***
笑い合う空気がひと段落し、場が落ち着きを取り戻す。
長谷川が湯呑を置き、軽く京介の方へ視線を流した。
「……なぁ相良よ。そろそろ今日みんなを集めた本題に入ってもいいんじゃないか?」
促すような声音に、京介のみならず、比田も自然と居住まいを正す。
その雰囲気に、芽生も静月も手にしていた茶器や箸や皿を机上に戻して、京介の一挙手一投足を見守る雰囲気になった。
京介は小さく頷き、静かに口を開いた。
「……今日は比田先生に、伝えておきたいことがあって来ました」
「何かしら?」
比田が軽い調子で合いの手を入れたのは、恐らく京介の緊張をほぐす意図があったんだろう。軽く小首をかしげた比田を、京介が真剣な眼差しで見詰める。
「俺はもう、〝あちら側〟の人間じゃありません。葛西組のオヤジ、……あー、えっと……組長から絶縁を言い渡されて……相良組の組長も下ろされました」
一呼吸置き、隣に座る芽生を見やってから、真っ直ぐ比田を見据える。
「……これからは芽生とともに、堅気として彼女を守って生きていきます。比田先生にも、それだけはきちんと伝えておきたかった」
比田は小さく瞬きをし、その目尻を潤ませた。
「……そう。京くんが、そう決めたのね」
かつて京介が『陽だまり』にいた折、勉強が出来る子だった京介に、比田がいくら進学を勧めても聞き届けてはもらえなかった。中学を卒業するなり『陽だまり』を出て、住み込みで働きに出てしまった京介が、ややして極道の世界に転身したと聞いて、母のように彼のことを案じて心を痛めた日々が胸を過ぎる。
あの時、自分がもっと強く京介に進学を進めていれば……とか、考えても仕方のない〝タラレバ〟に身を焦がしたのは、京介が〝あちら側〟の人間として自分の存在がまるで『陽だまり』への障害になるとでも言いたげに、長谷川社長の陰に隠れる形で〝こっそり〟『陽だまり』へ支援しようとしてくれた時にも感じた思いだ。
極道者と後ろ指を指される身の上になってもなお、京介の中に昔と変わらず優しい心が垣間見えるのに、どうしてそんな子がそういう負い目を感じながら生きなければいけないんだろう? と思い続けてきた。
なんとか彼を〝こちら側〟にすくい上げたいと希ってきたのは嘘偽らざる比田の気持ちだ。
その子が、これまた比田にとって娘のような存在の芽生とともに「彼女を守って堅気として生きる」と言い切る姿を見せてくれるなんて、こんなに嬉しいことがあるだろうか。
芽生を見つめた比田の視線が、ふと芽生の左手に落ちる。
薬指に光る、小さなピンクのチューリップモチーフの指輪。
「まぁ……!」
比田は思わず口にし、柔らかな笑みを深めた。
「京くんが慰問のたびに芽生ちゃんにだけこっそり渡していた、あのチューリップね!? ……芽生ちゃん、京くんが来たあとは嬉しそうにもらったお花、花瓶に生けてたわよね? あーん。そのお花を誓いの指輪にしちゃうとか、先生、ドキドキしておかしくなっちゃいそう!」
比田のあえての説明口調に芽生が頬を染め、京介の袖をそっと握る。京介はバツが悪そうにほんの少しそっぽを向いた。そんな二人のことを、比田はたまらなく愛しいと思った。
比田は二人を見比べ、ゆっくりと頷く。
「先生、本当に安心したわ。……二人なら、大丈夫」
京介は短く「ありがとうございます」と返すと、少し間を置いて言葉を継いだ。
「それから……俺は、『さかえグループ』の社長の後継者候補として働いていくことになりました」
「はっ!?」
京介がそう言うなり、三人の様子を〝外野として〟生暖かい目で見守っていた長谷川が、思わずといった調子で声を上げる。
「ちょっ、相良! お前、それマジか!」
長谷川は、京介から〝堅気へ戻ることになった〟と聞かされてはいたけれど、さかえグループ云々の話は初耳だったのだ。
「ああ、マジだ。お前と一緒で〝社長さん〟と呼ばれる日も近いかもな?」
軽い調子で悪友にニヤリとしてみせた京介に、比田が目を瞬き、芽生が京介を見上げる。
京介は比田に視線を転じるなり、スッと表情を引き締めると淡々と続けた。
「堅気として大切な女を守って生きていくと決めた以上、仕事は大事なものです。腹を括らなきゃならないと思っています」
比田はしばし京介を見つめ、それからゆるやかに微笑んだ。
「……頼もしくなったわね、京くん。これでようやく、私も心から安心できるわ」
その声音は、進学を勧めても届かなかった後悔も、子どもたちを想う母の願いも、すべて包み込むように温かかった。
――安心できる。
その一言に、胸の奥で長いあいだ燻っていた比田に対する後ろめたさのような気持ちが、スッとほどけていくのを感じた京介だ。
無鉄砲に飛び出した少年の頃から、ずっと見守ってくれていた人に背負わせていた心の重荷を、やっと下ろしてあげることが出来た。
そう思えた。
隣にいる芽生の手をそっと握ると、芽生が京介を柔らかな眼差しで見詰め返してくる。
この女を守り抜くために、自分は極道の世界と決別してけじめを付けたのだと、やっと心の底から腹落ち出来た気がする。
向かいで呆気にとられた顔をしている悪友を見て、つい口の端が上がった。
――長谷川がいて、芽生がいて……その人たちを取り巻く大切な人たちが安心して笑っていられる。
それだけでもう充分だ、と思った。
コメント
2件
全てのあれこれが綺麗な形ではまっていく感じがして鷹槻先生の構成力と伏線回収能力に鳥肌が立ちました! 読んできて良かった!って心の底から思いました!!
「あけましておめでとうございます」から始まるこの回、最初から空気が柔らかくて、読んでてすごくあったかい気持ちになりました……。 特に比田先生の「安心できるわ」という言葉が、これまでの京介くんの歩みとか、先生の胸の内の後悔とか、全部報われたような気がして、じーんと来ました。 芽生ちゃんの薬指のチューリップの指輪も、あのこっそり渡してた花がこんな形で誓いになるのが、もう……素敵すぎます🥀💍 それに、長谷川が「はっ!?」って驚くシーンも、思わず笑っちゃいました(笑) 静月くんがちょっとずつ輪に入れてるのも、すごく優しい描写で好きです……。