テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
それでも。
悪くない。
そんな気がした。
「よつむー!」
二階からルカの声が響く。
「なんだ」
「変なの見つけた!」
嫌な予感しかしなかった。
案の定。
数秒後には子供達がどたどたと階段を駆け下りてくる。
「見て見て!」
「変な絵!」
「宝かも!」
「それはない」
即答した。
だが。
子供達に引っ張られ二階へ向かう。
しゆらもシエルを抱えたまま付いてきた。
問題の部屋は建物の一番奥だった。
小さな書斎。
机。
本棚。
そして。
壁一面に描かれた大きな紋章。
「……これは」
思わず足が止まる。
しゆらも目を細めた。
「知ってるですか?」
「知ってる」
正確には。
文献で見たことがあった。
人間領の外で活動する魔物組織。
その中でも最大規模と言われている集団。
地下研究所にいた頃は噂程度だった存在。
「夜哭きの森」
俺は小さく呟く。
ルカが首を傾げる。
「なにそれ」
「魔物達の自治領だ」
「自治領?」
「人間に支配されない集落」
部屋が静かになる。
子供達が顔を見合わせる。
そんな場所があるなんて知らなかったのだろう。
しゆらも少し驚いていた。
「本当にあるんですね」
「俺も見たことはない」
文献だけだ。
存在するかもわからない。
その時。
肩で寝ていたシエルが突然顔を上げた。
耳がぴくりと動く。
次の瞬間。
壁の紋章へ向かって小さく鼻を鳴らした。
「……?」
そして。
ゆっくりとその前へ歩いていく。
傷だらけの小さな体で。
壁の前に座り込む。
まるで。
そこを知っているみたいに。
「シエル?」
しゆらが呼ぶ。
だがシエルは答えない。
代わりに。
壁の下を前足で掻いた。
コン。
乾いた音が響く。
空洞。
俺はすぐ近づく。
壁板を外す。
すると。
中から古びた木箱が現れた。
部屋が静まり返る。
子供達がごくりと唾を飲む。
ルカなんか目を輝かせていた。
「宝!?」
「だから違う」
そう言いながら箱を開く。
中に入っていたのは。
金貨でも宝石でもなかった。
一枚の地図。
そして。
一通の手紙だった。
手紙の最後にはこう書かれている。
――もしこの場所を見つけた者が同胞なら。
夜哭きの森へ来い。
我らはまだ滅んでいない。
俺は無言で手紙を見つめた。
しゆらも。
ルカも。
誰も喋らない。
静かな部屋の中で。
初めて。
研究所の外にある世界が。
確かな形を持って現れた。
「……夜哭きの森」
ルカが手紙を覗き込む。
「ここ行くの?」
「わからん」
正直な答えだった。
手紙がいつ書かれたものかもわからない。
今も存在している保証もない。
だが。
他に当てがあるわけでもなかった。
「予紬さん」
しゆらが地図を見つめる。
「少なくとも、ここにいた人達は私達と同じだったんですね」
壁の紋章を見る。
半魔。
魔物。
人間社会から外れた者達。
この家も、元はそういう連中の避難所だったのかもしれない。
「……かもな」
その時だった。
ぐぅぅぅぅぅ……
妙に大きな音が響く。
部屋が静まり返る。
全員の動きが止まった。
そして。
ゆっくり視線が集まる。
「……」
しゆらだった。
顔だけは真顔。
だが耳が少し赤い。
数秒の沈黙。
その後。
「しゆらお姉ちゃん、お腹鳴った」
子供の一人が言った。
「鳴った」
「聞こえた」
「結構大きかった」
次々と追撃が飛んでくる。
しゆらは真顔のまま首を横に振った。
「違います」
「絶対そうじゃん!」
ルカが即座に突っ込む。
「違います」
「いや今のしゆらだろ!」
「違います」
「二回言った!」
子供達が吹き出した。
しゆらの耳がさらに赤くなる。
だが本人は最後まで認めなかった。
「……お腹空いたのか」
俺が聞く。
しゆらは少しだけ視線を逸らした。
それから観念したように小さく頷く。
「……少しだけ」
「さっきと全然違うじゃん!」
ルカが笑う。
子供達もつられて笑い出した。
さっきまで重かった空気が一気に崩れる。
「ご飯!」
「お腹空いた!」
「肉食べたい!」
「魚!」
「パン!」
「それはない」
即答した。
好き勝手言っている。
その時。
ぐぅぅ……
今度は別の音が響く。
全員が振り向く。
ルカだった。
「……」
「……」
「……偶然だから」
誰も信じなかった。
結局。
その日の議題は夜哭きの森ではなく夕飯になった。
「なんか探してくる!」
ルカが飛び出そうとする。
「待て」
首根っこを掴む。
「ぎゃっ」
「お前一人で行くな」
「でもお腹空いた!」
「だからって死ぬな」
その横で。
しゆらは地図を眺めていた。
そして。
小さく首を傾げる。
「予紬さん」
「なんだ」
「この辺」
地図の端を指差す。
川の印。
そして小さな文字。
『狩場』
「……」
俺は少し目を細めた。
この家の近く。
歩いて行ける距離だ。
「行ってみるか」
ルカが飛び上がる。
「ご飯!?」
「まず確認だ」
「ご飯!」
話を聞いていなかった。
結局。
俺、しゆら、ルカの三人で狩場を見に行くことになった。
子供達は家で留守番だ。
「なんでボク達だけ?」
「お前を放置すると勝手に付いてくるからだ」
「否定できない……」
否定しろ。
森の中を進む。
地図通りならそう遠くない。
しばらく歩くと。
小さな開けた場所へ出た。
川が流れている。
草も多い。
獣道もある。
「いるな」
地面を見る。
新しい足跡。
数も多い。
狩場という表記は間違っていなかったらしい。
「食べられそうですか?」
しゆらが聞く。
「お前その聞き方やめろ」
「?」
本気でわかっていなかった。
その時。
ガサッ。
茂みが揺れる。
全員が振り向く。
飛び出してきたのは小型の魔獣だった。
鹿に似ている。
だが額から角が二本生えている。
「いた!」
ルカが叫ぶ。
その瞬間。
魔獣が逃げた。
「……」
「……」
「……あ」
「お前な」
ルカが耳を伏せる。
「ごめん」
完全に逃げられた。
その時だった。
隣のしゆらが静かに前へ出る。
「しゆら?」
返事はない。
ゆっくりしゃがむ。
地面へ触れる。
そして。
何かを見つけたように立ち上がる。
「こっちです」
歩き出す。
迷いがない。
数分後。
再び足跡。
折れた草。
削れた樹皮。
「……」
俺は少し驚いていた。
追跡が異常に上手い。
「わかるのか?」
そう聞くと。
しゆらは首を傾げた。
「普通では?」
「普通じゃない」
ルカも頷く。
普通じゃない。
そして。
数分後。
川辺で水を飲むさっきの魔獣を見つけた。
「いた……」
ルカが感動している。
しゆらは少しだけ得意そうだった。
本当に少しだけ。
「予紬さん」
「ん?」
「褒めてもいいですよ」
「調子乗るな」
「少しだけです」
珍しく自分から言った。
俺は思わず吹き出す。
「ちゃんと役に立ってる」
その言葉に。
しゆらは一瞬固まった。
それから。
耳が少し赤くなる。
「……そうですか」
嬉しそうだった。
その瞬間。
肩の上で寝ていたシエルが目を開く。
そして。
魔獣を見るなり。
ぺろりと舌なめずりした。
コメント
1件
ああ、読んだよ。今回のエピソード、すごく良かった。特に「夜哭きの森」の紋章が出てきた瞬間、一気に世界観が広がった感じがしてぞくぞくした。シエルがまるで知ってるみたいに壁の前で鼻を鳴らす場面、切なくて胸にきたな…あの子にもきっと過去があるんだろうね。 それから狩りの場面でしゆらが「普通では?」って首傾げるところ、すごく好き。本人にとっては当然のことなのに、周りから見ると異常に有能で、でもちょっと得意げになる姿にほっこりした。最後のシエルの舌なめずり、次が気になる!