テラーノベル
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夕方、空はうっすらと茜色に染まり、大学前のロータリーに吹く風はどこか涼やかだった。
「……悪い、遅れた」
いるまが待ち合わせ場所に現れる。
そこには、少しそわそわと足元で視線を揺らしているみことの姿があった。
白いシャツに薄いベージュのカーディガン。大きめの鞄をぎゅっと抱えるように持っていて、まるで小動物のように緊張している様子。
「……ごめん、突然呼び出して」
「いや、全然。お前が俺を頼るなんて珍しいしな」
そう言って、いるまは片手をポケットに突っ込んだまま微笑む。
みことは一瞬視線を泳がせたあと、小さな声で切り出した。
「……その……すちを、誘惑……したくて……」
「……は?」
一瞬、風の音だけが耳に残った。
「ゆ、誘惑って……お前がか?」
「う、うん……。最近、すちからのアプローチの方が多くて、俺からも……してみたくて……」
ぼそぼそと話すみことの声に、いるまは口を閉じて考え込んだ。
みことが“誘惑したい”なんて思うとは意外だった。
「で、なんで俺なんだよ」
「……素直になれないなっちゃんに理性崩されたことあるだろうし……その、Sな感じだし……」
「それ褒めてるのかバカにしてんのかわかんねぇな……」
呆れたように言いながらも、みことの顔が真剣だったので、いるまは頷いた。
「……まあ、協力してやってもいいけど、俺にできるのって……俺だったら崩れるとかわりと偏りあるんだぞ?」
「うん、それが知りたい……。俺、どうしたら……すちが理性、飛ぶような“かわいさ”になれるのかなって……」
いるまは鼻で笑った。
「お前、もう十分すちを狂わせてんじゃん。……でも、あえて言うなら――」
そう言って、いるまは少し顔を近づけ、からかうように目を細めた。
「“わかってて無自覚なふり”が一番効くんじゃね?まぁちょっともう1人呼ぶわ」
夕方のファミレス。
少し遅れて、らんがやってきた。
「で、なんで俺まで?」
座るなり不満げに言うらんに、いるまは腕を組んで言った。
「俺だけだと、すちに『お前、何教えとんじゃコラ』って殴られる気しかしねぇから、お前も巻き添えな」
「最低かよ」
「お前、普段みことの次にすちの横におるやん。観察力もあるし、理性崩れるパターン詳しいだろ」
「……まぁ、確かに。みことの“あざと天然”っぷりにはいつもすちがやられてるな」
と、らんはメニューを眺めながら呟いた。
その隣で、みことは顔を赤くしながらも小さく頷く。
「……俺、自分じゃわかんなくて……。でも、すちにドキドキしてもらいたくて……っ」
「うわ、素直」
「もうしてんだろ」
「で、何を教えたらええわけ? 誘惑の仕方?」
「うん……。俺から、何か……したい……。でも、どうしていいかわからないの」
すると、らんは苦笑しつつ、真面目な顔になった。
「ならまず、“触れる”のを怖がらないことだな。袖をそっとつかむ、手を重ねる、服の裾を引っ張る……どれも、無意識にされると俺はドキッとする」
「あと、“声”な。ちょっと寂しげに『……さみしい』とか言われると、脳ミソはバグるんじゃね」
「しかもそれを、こいつ(みこと)が言うんだろ? 効果は倍増」
「そうそう。あとは、夜。帰り道とか、ちょっと距離が近くなる時がベスト。玄関の前とか、人気がない道端で、ふと上目遣いで“すち……今日、泊まってもいい?”とか言ってみ?」
「今日、泊まる予定……っ」
「じゃあ逆に、ふだんの“天然”を意識して使うのも手。わざとじゃなく、ちょっと抜けてるとこを可愛く見せるって感じ」
「みこと、けっこう天然ボケ多いから、そこを“あえて気づかないフリ”してる感じで出せば、すちの理性は勝手に崩れる」
「あと服装な。ゆるめのパーカーとか、襟広めのやつとか。普段着っぽくて無防備に見える服が、すちには効く」
「……参考にします……」
みことは真っ赤になりながら、メモを取っていた。
「でも、ほどほどにな。あんまりやりすぎると、すちの理性じゃ足りんくなるぞ」
「そしたら、らんのとこに駆け込め」
「いや、俺はもう巻き込まれたくないからな!?」
笑い声がテーブルに広がる中、作戦会議は続いていった。
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