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今日のランチは、森山さんと会社の近くに新しくできた和食のお店に行った。
駅前で一カ月有効の割引券を配っていて、その期限が近づいてきていたので、足を運んでみることにしたのだ。
京都のおばんざいのお店で、とても上品な味。使われている器も美しく、店内も趣があった。「今度は夜に来たいね」と話しながら、会社に向かって歩いていた。
「!」
こちら向かって走ってくるアドドラックは、悠真くんが主演している映画の宣伝をしていた。結構なアップな顔で、涼やかな視線をこちらへ向けている悠真くんは、間違いなくカッコいい。
「嫌がる女性に手を出すなんて、男の風上に置けないな。ねえ、お兄さん、彼女にもう手を出さないでもらえる? 俺、彼女にベタ惚れだからさ」
劇中の台詞が、アドドラックから聞こえてきた!
悠真くんの声だ……!
最後の一言、「俺、彼女にベタ惚れだからさ」がなんだかとても甘い声で、胸が高鳴ってしまう。
ついアドトラックを注視していると……。
「あー、先輩、もしかして青山悠真が推しだったりします?」
ぎくっ。
ガン見していたから、見ているって気付かれてしまった!
「べ、別に推しとかそんなのではないわ……」
「え、違うんですか? 今、若手タレントの中ではかなり人気ですよ。モデル出身だから顔も端整だし、体も整っていますよね。無口だけど、そこが堪らないというか。映画やドラマでもその無口なところを生かした役が当たっているし。私は結構ファンですよ。今週末公開の映画も観に行くつもりですから」
「そ、そっか。そうよね。うん。私も青山悠真……くん、好きかも」
なんだかしどろもどろで答えると、森山さんは爆笑している。
「鈴宮先輩―! 何ですか、その反応。それだとまるで、ガチで好きみたいですよ」
「!? そ、そんな! ふ、普通よ。普通にイケメンは目の保養になるし、いいなーと思っているだけよ」
「先輩、しっかりしてくださいよ。10年来の恋人に振られた気持ちはよく分かります。でもそのショックと反動で、雲の上の人間を好きになっても、それ報われませんからね。いよいよ婚期、逃しちゃいますよー」
振られたわけではなく、私から振ったのよ……!
……まあ、もはやそれはどうでもいい。
でも、森山さんが心配してくれていることはよく分かる。
青山悠真=雲の上の人間。
うん、そうだと思う。
普通は出会わない。出会えない。
だからいくら好きになっても、その想いは実らないだろう。
そして例え出会うことがあっても。
……無理だろうな。
よっぽど自分自身に自信がないと。
悠真くんがいる世界は美男美女が揃い踏みしているのだから。
とても太刀打ちできない。
ただ、連絡先を交換し、悠真くんと呼ぶことを許された。
友達には……なれたのかな。
それで十分だろう。
「先輩、急ぎましょ。そろそろエレベーター混む時間ですから」
「そうね」
森山さんと二人、早歩きで会社のあるビルへ向かった。
***
仕事が終わり、会社の最寄り駅に着き、ホームに到着すると。
スマホ画面を見て、連絡が来ている人から順番にレスをする。
実家の母親。大学時代の友達。合コンで友達になった女友達。
「あっ!」
電車に乗り、運よく座ることができた。
改めてメッセージアプリを起動すると、悠真くんからメッセージが来ていたことに気づいた。
同じマンションに住む猫好きのお友達。
そう思うと決めたのに、メッセージが来ていると分かると、ドキドキしてしまう。
「今日は一日、真面目に大学でお勉強!
で、おやつは鈴宮さんのパウンドケーキ」
このメッセージの下には、写真が添付されていた。私の手作りパウンドケーキがカットされ、それが小さなタッパーに入れられている。つまり大学に持参し、食べてくれたのだと思う。しかもその写真に「激うま!」と手書きの文字で書かれていた。
ちゃんと食べてくれたんだ……そう思うと、嬉しくなってしまう。
しかも美味しいと思ってくれた……!
自然と頬がニヤけてしまう。
周囲の目が気になり、咳払いをして、顔を引き締める。
「今日は一日大学での勉強、お疲れさまでした!
パウンドケーキ、楽しんでいただけて良かったです!」
メッセージを送った瞬間から、既読にいつなるか、返信はすぐ来るかしらと気になってしまう。
気を紛らわすため、動画を見ることにする。
猫動画。
可愛い猫を見ていれば、既読や返信も気にならない!
こうして猫動画に没頭した結果。
あやうく最寄り駅で降りるのを忘れそうになり、背後でまさに扉が閉まる瞬間に、ホームへ飛び出すことができた。
あぶない、あぶない。気を付けないと!
スーパーに寄り、朝食のパンを手に入れ、晩御飯の食材を買い、家路を急ぐ。
マンションのエントランスに入り、郵便物を確認していると。
ポストの奥にある、24時間あいているゴミ捨て場から、誰かが出てきた。
邪魔になると思い、郵便受けを閉じ、そのままエレベーターの方へ向かうと……。
「鈴宮さん!」と声をかけられ、知っている声に驚いて振り向く。
悠真くん……!
「お疲れ様です! 今、仕事帰りなんですか?」
「お疲れ様です! はい、そうなんです。悠真くんは……ごみ捨てですね」
「はい。それでついでにコンビニに行こうと思って」
私達が暮らしているマンションの左右もまた、マンションになっている。そのうちの一つの一階が、コンビニだった。
「……もしかして晩御飯を買いに?」
「その通りです。……鈴宮さんはこれから自炊ですか?」
悠真くんの視線が、私の肩に向けられる。
エコバックからは、大根が顔をのぞかせていた。
「そうですね。でも大した物は作りませんよ。しらすおろし、豚しゃぶ大根おろしかけ、大根の味噌汁……とにかく大根を食べる計画です」
「……美味しそうですね」
悠真くんは、タレントではあるけれど、大学生でまだまだ育ち盛り。彼は手料理を求めている。
私から声をかけ、誘っていいのかしら?
「じゃあ、ぼく、コンビニに」
「あ、あの」
立ち止まった悠真くんは、涼し気な瞳を私に向ける。
無言でその顔は、本当にクール。
「コンビニご飯ですと、栄養が偏りませんか? 一人分も二人分も作る手間は、一緒なんです。……もしご迷惑でなければ、大根三昧ですが、一緒に食べますか?」
「いいんですか? ……本当はそう言ってもらえること、僕、期待していました!」
なんだ、そうだったのね!
「だって、鈴宮さん、チャーハンも絶品で、あのパウンドケーキもめっちゃ美味しいかったですから。あ! 改めまして、ありがとうございます」
グレーのジャージの上下姿なのに。
悠真くんが頭を下げると、カッコよく思えるのだから、不思議だわ。
「そ、そんな。大した腕ではないですよ。では部屋に戻りましょう。料理、完成したらメッセージ送りますから」
「僕も作るのを手伝いますよ。その方が早く食べられますよね? でもその前に、やっぱりコンビニ行ってきます」
そこで悠真くんと一旦わかれ、私は部屋に向かう。
部屋は片付いているわけではないが、恋人を部屋に入れるわけではないのだ。そこは気にせず、少しでも早くご飯を食べられるよう、準備しよう!
帰宅し、すぐに準備を進める。
ほどなくして悠真くんがインターフォンを鳴らしてくれた。
「デザート買ってきました!」
悠真くんはコンビニで、栗モンブランのカップスイーツを買ってきてくれたのだ!
素晴らしい気配りだ。
その後はなんだか夢のような体験。
ワンルームの狭いキッチンに、悠真くんと横並びで、晩御飯の準備をしているのだ。
「料理なんてしたことがないです」と言う彼は、使い終わった調理器具を洗い、生ごみを処理し、料理の盛り付けをしてくれる。その様子はさながら料理番組のアシスタントみたいだ。
とにかくいつもよりうんと早く料理は完成し、テーブルに大根三昧の料理が並んだ。
あの日と同じ。
二人とも椅子に着席し……。
「「いただきます!」」
声を揃えて食事が始まる。
まずは大根のお味噌汁を飲んだ悠真くんは……。
「あ、この出汁がきいている感じ! いいですね。身も心も温まります……」