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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
名前呼ぶ君の声だけ特別で振り向くたびに恋だと気づく
【短歌をテーマにした物語】
最初は、何とも思っていなかった。
同じクラスになった春、彼は私の斜め後ろの席に座っていた。
明るくて、誰とでも気軽に話せる人。休み時間には友達に囲まれていて、教室のどこにいても彼の笑い声が聞こえてくる。
私はといえば、目立つことが苦手で、仲のいい友達と静かに過ごすのが好きだった。
だから、彼とはあまり関わることがないと思っていた。
「ねえ、紗季」
初めて名前を呼ばれたのは、六月の雨の日だった。
「これ、落としたよ」
振り向くと、彼が私の消しゴムを持っていた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
彼は笑って、消しゴムを私の手のひらに置いた。
それだけのことだった。
たったそれだけなのに、なぜか彼の声が耳に残った。
けれど、そのときはまだ、気のせいだと思っていた。
それから少しずつ、彼と話す機会が増えた。
体育の授業で同じチームになったり、日直の仕事を一緒にしたり。帰りのホームルームが終わったあと、偶然、昇降口で顔を合わせることもあった。
「紗季、今日の数学の宿題やった?」
「やったよ」
「うそ、早いな。あとで答え合わせさせて」
「自分でやりなよ」
「厳しいなあ」
そんなふうに笑い合うようになった。
彼は、私以外の女の子の名前もよく呼んでいた。
「美咲、これ見て!」
「奈々、次の体育って何だっけ?」
「由衣、先生が呼んでたよ」
誰に対しても自然で、気さくで、分け隔てがない。
それが彼のいいところなのだと思う。
だから、私の名前を呼ぶことだって、彼にとっては何でもないことなのだろう。
そう思っていた。
ある日の昼休み。
友達とお弁当を食べていると、教室の向こうから彼の声が聞こえた。
「おーい、紗季!」
私は、考えるより先に顔を上げていた。
「これ、昨日借りたノート。ありがとな」
彼は私の机まで来ると、ノートを差し出した。
「うん。役に立った?」
「めっちゃ助かった。今度、ジュースおごるよ」
「別にいいのに」
「俺がそうしたいの」
そう言って、彼はまた笑った。
彼が自分の席に戻ったあとも、私はしばらくノートを見つめていた。
「……紗季?」
隣にいた友達が、不思議そうに私の顔をのぞき込む。
「なに?」
「今、すごい顔してたよ」
「どんな顔?」
「好きな人を見てる顔」
「えっ?」
思わず声が裏返った。
「ち、違うよ!」
「そう? 名前呼ばれた瞬間、すぐ振り向いたじゃん」
「それは、呼ばれたから……」
「私がさっきから何回も呼んでたときは、全然気づかなかったのに?」
そう言われて、私は言葉に詰まった。
確かに、そうだった。
友達の声も、教室のざわめきも、いつも耳に入っているはずなのに。
彼が私の名前を呼ぶと、なぜかすぐにわかる。
遠くにいても。
誰かと話していても。
ほかのことを考えていても。
その声だけは、聞き逃さない。
私はそっと、彼のいるほうを見た。
彼は友達と笑いながら、次の授業の準備をしていた。
いつもと同じ横顔。
いつもと同じ笑い声。
なのに、胸の奥が落ち着かない。
その日の放課後、私は忘れ物を取りに教室へ戻った。
誰もいない教室は、昼間とは別の場所みたいに静かだった。
机の中から教科書を取り出していると、廊下から足音が聞こえた。
「紗季?」
聞き慣れた声。
振り向くと、彼が教室の入口に立っていた。
「まだ帰ってなかったんだ」
「忘れ物しちゃって」
「そっか。俺も部活の前に忘れ物取りに来たんだよ」
彼は自分の机からタオルを取り出すと、私のほうを向いた。
「じゃあ、また明日な。紗季」
名前を呼んで、手を振る。
たったそれだけ。
彼にとっては、きっといつもと変わらない挨拶だ。
けれど私は、返事をするまでに少し時間がかかってしまった。
「……うん。また明日」
彼が廊下の向こうへ消えていく。
私は、誰もいなくなった教室で、小さく息を吐いた。
どうしてだろう。
名前を呼ばれただけなのに。
たった一言、また明日と言われただけなのに。
こんなにも嬉しくて、こんなにも寂しい。
明日も会えるとわかっているのに、もう一度、彼の声が聞きたいと思ってしまう。
そのとき、ようやく気づいた。
私は、彼に名前を呼ばれるのが好きなのだ。
彼が私を見つけてくれることが嬉しい。
彼が私に話しかけてくれることが嬉しい。
そして、彼がほかの誰かではなく、私の名前を呼ぶ、その瞬間が。
どうしようもなく、特別なのだ。
翌朝。
教室に入ると、彼が友達と話していた。
私に気づいた彼が、いつものように笑う。
「おはよう、紗季!」
私は振り向いた。
そして、今度は少しだけ勇気を出して笑い返した。
「おはよう!」
たったそれだけの挨拶。
それなのに、昨日よりも胸が弾んでいる。
彼の声が聞こえるたび、きっと私は振り向いてしまうだろう。
彼が私の名前を呼んでくれるたび、嬉しくなってしまうだろう。
いつか、この気持ちが彼に伝わる日が来るのかはわからない。
それでも今は、この小さな幸せを大切にしていたい。
名前を呼ばれるたびに、心が動く。
振り向くたびに、彼をもっと好きになっていく。
私の恋は、きっとこんなふうに始まったのだ。
名前呼ぶ、君の声だけ、特別で。
今日も私は、君の声に振り向いている。
コメント
1件
んも〜〜〜っ!!!水曜さん!!これは尊すぎて倒れるかと思ったよ😭💕💕💕 「名前呼ぶ君の声だけ特別で」ってタイトルからして完全にエモいやつじゃん!紗季ちゃんがだんだん“彼の声”にだけ反応しちゃう自分に気づいていく過程が丁寧で、読んでてこっちまでドキドキしたよ…!友達に「好きな人を見てる顔」って言われるシーン、あるあるすぎて胸熱すぎた🔥 たった一言の「おはよう、紗季!」で心が弾む感じ、青春のキラキラした瞬間を切り取ったみたいでほんと尊い…!!次の話も楽しみにしてるよ🥺💕