由樹はクリーニングに出すために、ワイシャツを紙袋に入れた。
何も入れていなかったはずだが、念のためポケットの中身を確認する。
「……あ」
『Family Shelter 営業主任 牧村元也』
裸のまま出てきたその名刺を見ながら目を細める。
「主任なんだ、あの人」
言いながらソファのひじ掛けに腰かけ、そのまま背中からソファにダイブする。
「牧村……もとやって読むのかな」
「ミシェルのか?」
「あっ!」
いつの間にか風呂から上がった篠崎が、由樹の手から名刺を奪う。
「なんでお前が牧村の名刺なんて持ってるんだよ」
言いながら髪の毛をシャカシャカとタオルで拭いている。
「……今日、管理棟の裏で会って」
言いながらソファの上に胡坐をかいて座る。
「へえ。話したのか」
「少しだけ、ですけど」
顔を擦りながら言う。
「セゾンちゃんって呼ばれました」
「………ああ」
篠崎はどうやら何か知っているらしく目を細めた。
「何すか、セゾンちゃんって」
「んー。お前の愛称だよ。気にすんな」
「馬鹿にして」
ふんと鼻を鳴らすと、篠崎はソファの隣に座りながら笑った。
「そういうのとはまた、違うんだけどな」
「じゃあ、何ですか。大の男にちゃん付けとか、バカにしてるとしか思えないすよ」
背もたれに腕を回しながら篠崎の手が由樹の頭を撫でる。
「可愛いってことだよ。お前が」
由樹は珍しくその手を振り払った。
「もう牧村といい、篠崎さんといい……あ……」
「……なんだよ、牧村にも頭撫でられたのか?」
篠崎が呆れたように笑う。
一瞬まずかったかとも思ったが、
「ナメられてんなぁ」
彼の顔を見る限り平気そうだ。
由樹は小さく安堵のため息をつきながら篠崎の手から戻ってきた名刺を見下ろした。
「それでどうだった?」
篠崎が髪の毛をあらかた拭き終わったタオルを傍らに置きながら由樹に向き直る。
「牧村、別に悪い奴じゃなかっただろ」
由樹は篠崎を見つめた。
「話したこと、あるんですか?」
「そりゃあ、煙草吸う人間にはモクニケーションというものがあってだな」
「はあ」
「煙草吸いながら一緒になった営業とは、二言三言話すよ。牧村に限らず、な」
「………」
言いながらついてないテレビ辺りを眺める瞳を、由樹は見つめた。
「あいつも、なかなかできる奴だ」
「………」
由樹は身体を篠崎の方に向けて言った。
「『なんで君が俺に負けたのかわかるか』って言われました」
「うん、それで?」
篠崎の視線も由樹に戻る。
「『それは俺が、セゾンの家作りを認めているからだよ』って」
篠崎は切れ長の目をきょとんと縦に広げた後で、クククと笑い出した。
「それはそれは……」
どうやら言葉の意味が分かっている上司を由樹は見あげた。
「やっぱり相手が悪いよ、お前」
「どういう意味ですか?」
由樹は思わず唇を尖らせた。
「お前とあいつは、似てるんだよ」
「…………?」
「でもそれはお前は知らなくていい。理解しなくていい。そこを理解しちまったら」
篠崎は由樹の顎を掴むと、ぐいと自分に寄せた。
「お前は一生、あいつに勝てない」
「………?」
わかっていない恋人を、篠崎は目を細めて愛おしそうに微笑んだ。
「お前に勝機があるとすれば。あいつやミシェルのことを脳内から削除して、お客様と向き合う。これしかねぇな」
「…………」
言いながら篠崎の顔が寄る。
「そんなこと……」
――無理っすよ。
その弱音は、篠崎の唇の中に吸い込まれていった。
「それよりお前……」
唇を触れるほどに合わせながら篠崎が発した言葉が、由樹の喉元で響く。
「牧村に簡単に触られるなよ」
言いながら大きな両手が由樹の頭を包む。
「……んん…っ」
深く舌が入ってくる。
「そっちだ。問題は」
溶けあうように甘くて、なのに抉られるように激しくて、身体の中心がジンジンと波打ってくるようなキスに、由樹は思わず両手で篠崎の腕を掴んだ。
「他の誰にも、触らせんな」
言いながら篠崎の手も背中と腰に回る。
(………やっぱり、怒ってた)
その力の強さに、普段は手加減され、甘やかされているのを知る。
篠崎はそのままソファに由樹を押し倒すと片足をカーペットにつきながら、由樹のトレーナーを捲った。
「………あ」
覗いた臍に舌を這わせ、それを上に滑らせる。
「………ふ……」
思わず手の甲で口をふさぐと、鋭い目がこちらを睨んだ。
「口塞ぐなよ。久しぶりにちゃんとお前の声が聴きたい」
「………え………」
言われてみればえらく久しぶりだ。
最後にしたのなんていつだろう……。
「………もしかして、セックスレス?」
「バカ!」
すかさず頭を叩かれる。
「……お前が元気になるの待ってたんだろうが」
そうだ。最後にしたのは、由樹が商談でミシェルに負ける直前だった。
自分が負けて落ち込んでいるから、篠崎は手を出してこなかったということだろうか。
「あの様子じゃヤッてる最中に“牧村さん”とか呼ばれそうだったからな」
「ぷっ」
思わず自分の上に乗る恋人を見つめて微笑む。
「そうなったら俺は牧村を殺しに行かなければいけない……」
「冗談に聞こえないすよ」
篠崎の唇が再び由樹のそれに合わさる。
捲られたトレーナーの間から大きくて温かい手が入ってくる。
それが胸の突起をとらえ、優しく擦った。
「ん、あ……」
唇の間に舌が入ってきて、それが絶妙な隙間を作り、声を抑えられない。
優しく両方の突起を刺激され、由樹は漏れる声に赤面しながら、それでも必死で舌の愛撫に応える。
腰がガクガクと反応し、篠崎の腹あたりに自分の硬くなった股間が当たっているのがわかる。
(これ……勃ってるの、バレてるよな……)
瞼を薄く開けて篠崎を見つめる。
同じく薄く開けた篠崎の鋭い瞳とぶつかる。
「……あ」
立てた膝。
臀部に、硬く膨れ上がった篠崎の、由樹のソレの何倍も存在感のあるものが押し付けられる。
(本当に我慢してくれてたんだ…)
改めて愛しい人を見つめる。
「………俺、篠崎さんが好きです……」
溢れ出す愛情を、言葉に出さずにはいられなかった。
「篠崎さんのことだけ、好きです」
篠崎はふっと鼻で笑うと、
「当たり前だろ。浮気したら殺してやる」
「……だから、冗談に聞こえないですって……」
笑いながら二人は、さらに唇を深く合わせた。
「お前は、俺のもんだ」
篠崎がローテーブルの上にある照明のスイッチを切り替える。
ソファに置きっぱなしだった名刺が、グレーのウィルトン織のカーぺットに落ちる。
淡い間接照明の黄色い光に照らされ、“Family Shelter”の文字が金色に光った。
◇◇◇◇◇
「————ん、————ざきさん?」
「…………んん」
「篠崎さん!」
目を開けると、いつの間にかスーツに着替えた新谷がいた。
「そろそろ起きないと会社に遅刻しますよー?」
言いながら自分で焼いた少し焦げたパンを齧っている。
「…………」
壁時計を見る。
確かにいつもの起床時間より30分も遅い。
「お前はやけに元気だな…」
その右へ左へ支度に走り回る新谷を見ると、篠崎は軽く息をついた。
「えっ!そうですか?」
ニコニコと笑いながら牛乳を飲み干す様は小学生のようだ。
「……単純だな」
言いながら目の前を通った瞬間を狙ってその腕を引き寄せる。
「何がですか…?」
「スッキリした顔しやがって。お前、さては牧村に負けて落ち込んだふりして、本当はただの欲求不満だっただけなんじゃないのか?」
「っ」
新谷の顔が見る見るうちに真っ赤に染まる。
「ち、違いますよっ!!」
「どーだか」
「よよよ、欲求不満だったのは、篠崎さんの方でしょうっ?」
可愛くないことをいう若い恋人をさらに引き寄せると、体勢を崩した新谷はベッドに膝をつき前のめった。
その油断している尻に指を這わせる。
「……う……わっ」
その動きに合わせて、背中と腰がしなる。
スラックスの縫い目に合わせて尻のラインをなぞると、軽く身体を痙攣させた。
「……そうかもな」
ネクタイを引っ張り寄せた耳に囁く。肩が上がり上半身にも力が入る。
「……じゃあ、もうちょっと付き合ってくれよ」
言いながらベルトに手を掛けると、新谷は大きな目を見開いて、篠崎を見つめた。
「篠崎さん……」
その不安そうな顔を見て笑いが込み上げてくる。
「……冗談だよ。しないって…」
新谷は半分安堵し、半分申し訳ないような顔をしながら篠崎を見つめた。
経験などないし、これからもそんな機会は訪れないだろうが、後ろでした次の日は、新谷曰くどんなに優しくしたとしても控えめにしたとしても、中が腫れている状態になり、2日続けてやるのは無理らしい。
一度どんなもんか指を入れていたずらしてみたが、確かに硬く腫れあがっているような感覚があり、新谷の顔を見ても痛そうだったので止めた。
「じゃあ1日おきに俺がお前とすれば、お前、浮気する暇ないな」
篠崎が笑うと、新谷は少し怒ったように篠崎を突き飛ばし、ベッドから降りた。
「どうしても俺に浮気させたいんですね」
逃がさず手首を取り、引き寄せる。
その頬にキスをすると、篠崎は笑った。
「させるわけねぇだろ」
新谷が首に腕を回してくる。
そのまま口と口を溶け合わせる。
後ろは痛くても、舌の動きで前にスイッチが入ったらしい新谷の腰が軽く動く。
篠崎は唇を合わせたままベルトを緩めると、指を挿し入れた。
「……あ……」
新谷の可愛い声が耳元で聞こえてくる。
一方で可愛いとは言い難いほど膨れ上がったものを掌で包んだ。
視界の端に壁時計が入る。
(これ、遅刻だな……)
手を上下させながら鼻で笑った。
(ナベ。……怒んなよ?)
「ん……んんっ。ん……」
涙に潤んだ新谷の顔を見ながら篠崎は笑った。
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