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飛んでいったスライムを茫然と見つめる私とコウカ。
そのまますぐに2人で顔を見合わせるような形となる。
「スライム、だよね」
「ですね……追いかけますか?」
無論、追いかけた。
いつも咄嗟に《鑑定》のスキルが使えないが今回は追いかけている途中で思い出せたので、また忘れないうちに《鑑定》を使う。
――やはり、あれはスライムで間違いない。属性は風らしい。
「ねえ、そこのスライムさん! えっと、こんにちは? ちょっと、話を聞いてほしいんだけど」
風に乗ってフワフワと飛んでいるスライムを追いかけながら声を掛けるが、止まる気配がない。
それでも負けじと声を掛け続けるが、スライムは何の反応も示してはくれなかった。
「マスター……」
ヒバナとシズクを抱えて私の隣を走るコウカは沈痛な面持ちだ。
だが諦められない、諦めてなるものかと私の気持ちに火が付く。
「話だけでも聞いてくれないかな? 大丈夫、スライムさんを傷付けたりは絶対にしないから。だから――」
「マスターっ!」
突然の大声に私の肩が跳ねる。
何事だと思ってコウカを見ると彼女は眉間にしわを寄せて、何か言いたげにしていた。
立ち止まり、ジッとコウカのことを見つめていると彼女がゆっくりと口を開く。
「マスター、よく聞いてください」
「コウカ……?」
「あれは……あのスライムは――」
コウカが私の目をまっすぐに見つめ返して、言った。
「――寝ています」
「は?」
「寝ています。多分、聞こえていません」
「うそでしょ?」
一度でも話を聞いてもらおうと躍起になっていた私は何だったのか。
肩を落として、若葉色のスライムを目で追う。未だフワフワとしているそれは寝ていて、私の声が聞こえていないらしいが、諦める理由にはならない。
再び、追いかけるために駆け出そうとしたその時――どういうわけかスライムが緩やかに地面へと落下していった。
唖然としたが、すぐにチャンスだと思考を切り替えて近寄っていく。
動かないスライムは本当に寝ているのだろうか。死んでしまっていたりはしないか、少し心配になる。
――そんな時だ。
「――ッ! マスター、下がって!」
「えっ、今度は何!?」
「そのスライムの魔力が高まっています。わたしたちを攻撃するつもりかもしれません!」
コウカが彼女自身の《ストレージ》から取り出した、かつて私が使っていたロングソードを構える。
風が走り抜け、私にも若葉色のスライムの魔力が高まっていく感覚が伝わってくる。
そうして緊張が辺り一帯を支配した時のことだ。
スライムがフワリと浮き上がった。
「――え?」
暖かい風が私の頬を撫でる。
スライムはそのままどんどん上昇していき、どこかへ行ってしまいそうだった。
そのため私は慌てて飛びつき、その子を腕の中に捕まえる。
「……ゴホン、風を起こして飛んでいこうとしたんでしょう。おそらく、さっき飛んでいたのも自分の魔法によって起こした風で体を浮かせていたものかな、と」
いつの間にか、手からロングソードを消したコウカが私の隣に立つ。
さっきまで警戒していたのにその変わりようはなんだと思ったが、よく見てみるとコウカの頬は少し赤い。
恥ずかしかったのかと、微笑ましく思っていると腕の中でスライムがごそごそと動いた。
「あ、起きた?」
できるだけ優しい声を意識して腕の中のスライムへと問い掛ける。
スライムは状況が飲み込めていないのか、少し身動ぎしたと思ったらまた動かなくなってしまった。
「マスター、また寝ました」
膝から崩れ落ちそうになったところをコウカが咄嗟に支えてくれる。……このスライム、会話が続かない。
これは気長に説得しないといけないかもしれない。幸いにも腕の中でジッとしてくれているので、時間はたっぷりとある。
「ねえ、聞こえているかどうか分からないけど私たちと一緒に来てくれたりはしないかな? 無理に戦えとは言わないし、何ならこうやって眠っていても――って早っ」
いつもの名前を付けたくなる感覚を覚えた。
眠っていてもいいって言おうとしたタイミングだったけど、それはたまたまだと思いたい。……まあ何はともあれ、一緒に来てくれることを了承してくれたのはとても嬉しく思う。
この子にぴったりな名前を考えた私だったが、それはすぐに思い浮んだ。
「ノドカがいいな。うん、あなたの名前はノドカだよ」
ポカポカと暖かい風が私の頬を撫でる。
「ノドカですか。いい名前ですね」
「そう? ありがとう。この子も気に入ってくれるといいな」
優しい手付きで撫でているとコウカが背伸びをして、ノドカを上から覗き込んだ。
「ほとんど話はできませんでしたが、ヒバナやシズクとはまた違った子のようですね」
「……ちょっと待って。やっぱりスライム同士って会話できるの?」
ヒバナとシズクが眷属になってくれた時、コウカが2匹を説得するような動きをしていたのでもしやと思っていたが、はっきりとコウカが明言してくれた。
「えっと、話と言いましたがわたしとマスターがこうして話をするような感じとは違いますね。少し難しいですが《以心伝心》……でしたか、そのスキルによる意思の伝達……に近いかもしれません。あそこまで、はっきりとしないものではないんですけど……」
すごく説明しづらそうにしながらも、説明してくれた。感覚的な話のようなので、いざ言葉にすると難しいのだろう。
ただ分かったのは口を開かなくても意思の伝達が可能であることと、そこから相手の性格もわかるということだ。
「ヒバナとシズクってどんな子なんだろ?」
「ヒバナとシズクですか? ヒバナは――」
「あ、ごめん。やっぱりいいや、それは自分で確かめることにする」
コウカが見るヒバナとシズク、そして私の見るヒバナとシズクは全く同じものにはならないと思う。なら自分の目でちょっとずつ知ればいいだろう。
それに今聞かなくてもあの子たちと話ができるようになってから、2匹のことを知ればいいのだ。
いつか、そんな日がくればいいのだけれど。
◇
ノドカと出会った日から2日でラモード王国との国境近くにある街、ハマトライスへと辿り着いた。
到着するのは今日の夕方になる予定だったが初日のコウカの頑張りが影響し、太陽が高い位置にあるうちに無事、辿り着けたのだ。
また、この2日でノドカのことを少し知ることができた。
この子は1日のほとんどを寝て過ごしているということが1つ。
そしてもう1つは目を離すと風船のようにどこかへ飛んでいきそうになるので、腕の中で捕まえておかなければならないということだ。
寝すぎていて、私も心配になるレベルである。まあ、当のノドカが幸せそうなので大丈夫なのだろう。
「国境を越えるためには、冒険者カードとお金があれば大丈夫だったよね」
「ロージーが言っていたことが本当なら、そのはずですね」
隣で歩くコウカへと問い掛ける。
何分、国境を越えるのは初めての経験なので不安だったのだ。
本当に冒険者カードがこの国以外でも身分証明として使えるのかすらも半信半疑なのだが、先輩冒険者に教えてもらったことだ。信じたいとは思う。
「今日はこれからどうしますか? このままラモード王国に渡るのもいいかなと思いますけど……」
「だよね。この時間だったら、ラモード王国に行ってから宿を探すこともできそうだしね」
うーん、と私は考え込む。
この街に滞在する理由はない。ベッドで休みたいとは思うが、それはラモード王国に行ってからでも遅くはないだろう。
せっかく時間があるのだから、それを無駄にしないように早めに行動することに決めた。
「もう行っちゃおうか」
「分かりました。でしたら関所へと向かいましょう」
関所へ向かうと、そこには馬車の行列ができていた。
すごく待たされるんじゃないだろうかとげんなりしたが、どうやら馬車と一般人の列は別だったようでそれほど待たされずとも私たちの番はやってきた。
「なっ……身分証明書の提示を」
スライムたちを見て驚いた兵士に私は自分の魔力を流した冒険者カードとテイマーカードも見せる。
「冒険者……テイマーだな。そのスライムたちがお前の従魔か確認する必要がある」
そう言って、兵士からテイマーカードだけを返される。テイマーカードでスライムたちに触れていけということだろう。
テイマーカードを受け取り、最初に私の腕の中でずっと寝ているノドカ、ヒバナ、シズクの順に触れていく。
そして少し迷ったが最後にコウカの腕にカードを触れさせる。もちろん、テイマーカードに書かれている名前が光る。
「――は?」
呆ける兵士にやはりそうなるか、と心の中でため息を吐く。
数秒後、復活した兵士が口を開いた。
「その少女がスライムだと……?」
「はい、進化して人の姿になりました」
「だが、そんな事例は……。一応言っておくが、テイマーカードを偽造することも重大な犯罪だからな」
「分かっています、そんなことはしていません」
すごく疑ってくるが、本当だと主張し続けるしかない。
真偽を判断するためだと言って彼は私のテイマーカードを調べ始めたが、これが本物だと分かると私にカードを返してくれた。
「……本当、なんだな」
兵士が不躾にもコウカを見下ろしている。
そんな視線を向けられた当のコウカはというと、狼狽えたりせず兵士を見つめ返していた。
それには兵士も流石に居心地が悪くなったのか、サッと目を逸らす。
「いや、疑って悪かった。これで全ての手続きは終わりだ。通行料は銀貨3枚になる。ようこそ、ラモード王国へ」
こうして無事にラモード王国へ入国できたわけだが、やはり毎回こんなやり取りをするのは少々面倒だ。
ラモード王国の最初の街に到着したら、コウカの冒険者カードを作ってもらおう。
問題としては果たして、スライムでも冒険者カードは作れるのだろうかということだが。