ワールドトリガー
風間蒼也様との夢小説
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ある日の夜、ふたりは些細なことで言い合いになった。
「……勝手に決めないでよ。私だって、戦えるのに」
「お前は無茶をしすぎだ。あのまま行ってたら、戻ってこれなかったかもしれない」
「でも、それでも私——!」
澪の声が震える。
——風間さんは、心配してくれている。それはわかってる。
でも、それでも彼の口調は冷たくて、まるで怒りを押し殺しているようだった。
「……俺には、お前の無鉄砲に付き合う義理はない」
「……え?」
「何かあったら責任を取るのは俺だ。だから、もう勝手に動くな。……次、同じことをしたら——一緒にはいられない」
その一言が、心臓に突き刺さった。
「……なんでそんな言い方……!」
「俺はもう、お前の全部に付き合ってやれるほど余裕がない」
澪は、目の前が真っ白になるのを感じた。
(それって、私が……重いってこと?)
—
数日後、連絡は途絶えた。
澪のメッセージは既読にもならない。
仲間たちには「忙しいだけだよ」と笑ってごまかしたけれど、内心はずっとぐちゃぐちゃだった。
——もう嫌われたのかな。
——あの時、本当に終わったのかもしれない。
ある夜、澪はひとり訓練室にいた。
泣きながら、ひたすらトリガーを起動して、斬って、撃って、走って——
「……泣いてる暇なんて、ないのに」
でも、涙は止まらなかった。
—
そのとき、ふいにドアが開いた。
「……何してる」
風間さんだった。
でも、表情は冷たいまま。
「……来ないでって、言ったじゃん」
「……来たくて来たわけじゃない。お前が無理してるって聞いたから、様子を見に来ただけだ」
その一言が、澪の胸をズタズタに裂いた。
「……そんなの、優しさじゃない……ただの、義務……でしょ……」
「……そうかもな」
——その言葉で、世界が終わった気がした。
澪は、背を向けたまま言った。
「もう、来なくていい。見ないで。……さよなら」
風間さんは何も言わなかった。
ただ、その場に立ち尽くすだけ。
振り返らなければよかった。
見てしまった。
——風間さんの、何も言えずに俯いた横顔。
でも、それ以上は見ない。見たくなかった。
背中を向けて、澪は歩き出した。
自分から、彼の世界からいなくなることで、
“嫌われた”ことを、認めようとした。
あの日から、どれだけの時間が過ぎただろう。
玉狛支部の訓練室でひとり立つ澪は、まだ夢の中にいるような気がしていた。
——風間さんは、もう戻ってこない。
(全部、私のせい……私が、彼を困らせたから)
自分を責める日々。けれど、心の奥底ではまだどこかで信じていた。
「ほんとは違うよ」って、あの人が言ってくれるんじゃないかって。
—
そんなある日、本部からの遠征報告書を玉狛で受け取る中に——
「……これ、風間隊の記録……?」
ふと見つけたのは、出撃前に提出された風間さんの個人メモ。
「非公開扱い」のはずのデータだったが、通信エラーの影響で一部が添付されていた。
その中に、彼が書き残していた“最後の音声メモ”があった。
⸻
「……澪、お前がこれを聞くことはないと信じてる」
「俺は、お前を遠ざけた。わざとだ。……嫌いだなんて、そんなわけがない」
「——本当は、全部お前が大事すぎたからだ」
「いつかお前を守れなくなるかもしれないと思うと、怖くて。俺は……逃げた」
「情けないだろ? 笑ってくれていい」
「だけど……もしお前が、まだ俺を思い出してくれるなら。ほんの一瞬でも、俺のことを——」
「……好きでいてくれたなら、それで、いい」
⸻
音声が終わる。
澪の膝が崩れ落ちた。
「……そんなの、ずるいよ……」
涙が止まらなかった。
(どうして……どうして、あの時……!)
—
その夜。
訓練室にひとり座る澪の前に、ゆっくりとドアが開いた。
「……澪」
その声。
忘れられるはずがない。
「……風間さん……?」
少し痩せた顔。
でも、目は、あのときと変わらなかった。
「帰ってきた。……お前に、伝えなきゃならないことがある」
「……もう、遅いよ。そんなの、今さら……!」
風間さんが途中で言葉を遮り、
「それでも言わせろ。俺は、お前が好きだ」
「……!」
「嫌いになったことなんて、一度もない。あの時、嘘をついてまでお前を遠ざけたのは、全部——お前を守りたかったからだ」
「そんなの……ずるいよ……」
涙をこぼす澪に、風間さんはそっと近づいて言った。
「ずるくても、俺は……もう逃げない。だから、もう一度だけ——俺のそばにいてくれないか」
—
夜の訓練室。
ふたりの距離が、また少しずつ、ゆっくりと戻っていく。
——ずっと好きだった。
——離れたくなかった。
その気持ちだけは、決して偽りじゃなかった。
風間さんは、一歩、また一歩と澪に近づく。
その視線には、もう迷いがなかった。
「……ごめんな」
ぽつりと、まるで祈るような声で。
「ほんとは、お前の手を離したこと、毎晩後悔してた。あの時、引き止めてほしかったんだろ?」
「……うん、ほんとは……すごく、さみしかった」
「……俺もだよ」
風間さんが、そっと澪の肩に触れる。
力はないのに、涙が出そうになるほど温かかった。
「もう離さないって、約束する。……今度は、俺のそばにいてくれ」
「うん……いる……私も……風間さんが、好き」
そう言った瞬間、彼がゆっくりと澪を抱きしめた。
胸の中に入った瞬間、心臓の音が聞こえてきた。早くて、でも落ち着く。
澪も腕を回して、ぎゅっとしがみついた。
そして——
「……キス、してもいいか」
その一言に、頷く間も惜しくて、澪はゆっくり頷いて風間さんの唇に触れた。
唇が重なった瞬間、世界が優しく溶けていく。
ずっとずっと、こんなキスをしたかった。
誰にも邪魔されない、ふたりだけの夜に。
静かで、でも確かに熱を帯びたそのキスは、
ふたりの間に失われた時間をそっと埋めていった。
そして、2人はお互いを抱き合って寝て朝になった。
風間さんの部屋。
久しぶりに見る彼の寝顔は、まるで子どものように無防備だった。
「……こんな顔、前は見せてくれなかったな」
澪はそっとベッドを抜け出して、台所に立つ。
冷蔵庫の中には、牛乳と卵と、少しのベーコン。
澪は小さく微笑んで、フライパンを温めた。
じゅう、と音がして、ベーコンの香ばしい香りが広がる。
その匂いに誘われて、風間さんが寝室からふらっと現れた。
「……何してんだ、お前」
「ふふ、おはよう。朝ごはん、作ってるの。……食べてくれる?」
風間さんは少し目を細め、無言で背後から澪を抱きしめた。
「……朝起きて、こうしてお前がいるだけで、なんか夢みたいだ」
「夢じゃないよ、ちゃんといるもん。……ね、トースト焼くから、テーブルで待ってて」
「……了解」
小さな朝食。
でも、テーブルを挟んで座るふたりの距離は、昨日よりもずっと近かった。
「……なあ、澪」
「ん?」
「来週、また出雲、行かないか? 今度は……デートで」
「……うん、絶対。今度は手、離さないでよ?」
「もちろんだ」
笑い合うふたりの朝は、
あの夜の涙の分だけ、優しくて、ぬくもりにあふれていた。
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