テラーノベル
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暖炉の火が、ばちりと爆ぜた。
その音だけが、妙に大きく聞こえた。
榊は壁にもたれたまま笑っている。
口元から血を流しているのに、まるで痛みを感じていないみたいだった。
モトキは低く唸る。
狼耳が完全に立っていた。
「……殺す」
その声に
ヒロトが息を呑む。
今まで聞いたことのない声だった。
怒りだけじゃない。
憎しみとか、
三年間、心の底に沈み続けていたもの。
「モトキ」
涼架が呼ぶ。
だがモトキは止まらない。
「こいつのせいで」
一歩。
「涼ちゃんはずっと苦しんで」
一歩。
「オレ達も」
また一歩。
「いっぱい死にそうになって」
拳が震える。
爪が伸びる。
理性より、本能が前に出始めていた。
榊はそれを見て、静かに目を細めた。
「興味深いね」
その言葉が。
完全に火をつけた。
モトキが飛び出す。
床板が砕けるほどの踏み込み。
拳が榊へ叩き込まれる――寸前。
「モトキ!!」
涼架が抱き止めた。
「っ!?」
モトキの目が揺れる。
涼架は後ろから強く抱き締めていた。
「ダメ」
「離して!!」
「ダメだよ」
「なんで!?」
声が掠れる。
「なんで止めるの!?」
モトキは苦しそうに叫んだ。
「こいつが全部壊したんだよ!!」
涙が混ざる。
怒りだけじゃない。
怖かったのだ。
また涼架が傷つくのが。
また誰かを失うのが。
「オレ、ずっと許せなかった……っ」
涼架は静かに目を伏せる。
そして。
モトキの頭へ額を寄せた。
「……うん」
優しい声だった。
「知ってる」
モトキの呼吸が震える。
涼架はゆっくり背中を撫でた。
「でもね」
暖炉の火が揺れる。
「君に、人殺しになってほしくない」
その言葉に。
モトキの身体が止まった。
榊が小さく笑う。
「甘いなぁ」
瞬間。
ヒロトの目が鋭く変わった。
「黙れ」
全員が振り返る。
ヒロトだった。
震えていた少年が、榊を睨んでいる。
猫耳は怯えて伏せているのに。
その目だけは、強かった。
「お前」
声が震える。
それでも止まらない。
「いっぱい人壊したくせに」
一歩前へ出る。
「なんでそんな顔できるんだよ……!」
榊は少し黙った。
それから、
静かに言う。
「必要だったからだよ」
ヒロトの顔から血の気が引く。
榊は淡々と続けた。
「人類は弱い。病気にも、老化にも、環境にも負ける」
「だから?」
「だから進化が必要なんだ」
その目には、一切の迷いがなかった。
本気で信じている。
自分は正しいと。
涼架は、それが何より恐ろしかった。
榊はゆっくり涼架を見る。
「君も分かってたはずだ」
「……違う」
「君は才能がある。誰よりも」
「違う!!」
涼架の叫びが響く。
初めてだった。
あんなに感情を露わにするのは。
「オレは……!」
呼吸が乱れる。
十五歳。
誘拐されて。
1人で泣きながら薬品を作って。
せめてこの子達の前でだけは泣かないでいようと気張って。
施設に響き渡る助けを求める声を聞き続けて。
それでも、生きるために従った。
「オレは、ただ怖かっただけだ……!」
静寂。
雨音だけが響く。
涼架の目から涙が落ちる。
「誰かを救える人間じゃなかった」
モトキが振り返る。
涼架は泣いていた。
ずっと隠していた感情が、崩れていた。
「モトキを助けた時だって……ほんとは怖かった」
声が震える。
「逃げた先で死ぬかもしれないって、毎日怖かった」
ヒロトも黙って聞いていた。
涼架はぐしゃぐしゃのまま笑う。
「でも」
ゆっくり。
モトキを見る。
「君が、“一緒に来てくれるの?”って言ったから」
モトキの目が見開く。
「あの日、初めて」
涙越しに笑った。
「生きたいって思えたんだよ」
モトキの喉が詰まる。
榊は静かにその様子を見ていた。
だが次の瞬間。
外から無線音が響く。
『榊先生、増援到着しました』
空気が変わる。
榊は小さくため息をついた。
「……時間切れか」
立ち上がる。
モトキが再び身構える。
だが榊は戦おうとしなかった。
代わりに。
意味深く笑った。
「涼架くん」
その目が細まる。
「君、本当に全部のデータを消したと思ってる?」
涼架の顔色が変わる。
「……何」
「“零号体”を見ても、同じこと言えるかな」
その単語に。
空気が凍った。
涼架の瞳が揺れる。
ありえない。
それだけは。
残っているはずがない。
榊は雨の中へ下がっていく。
「また迎えに来るよ」
最後にモトキを見る。
「最高傑作」
扉が閉まる。
車のエンジン音。
やがて、山奥は再び静寂に包まれた。
だが。
誰も動けなかった。
涼架だけが、青ざめたまま立ち尽くしていた。
ヒロトが不安そうに呟く。
「……零号体って、なに」
涼架は答えなかった。
答えられなかった。
その顔を見たモトキの背筋に、冷たいものが走る。
涼架が、本気で怯えている顔。
――初めて見る顔だった。
ひかまりん
9
🍏💕
2,758
#ほんにんさまかんけいない
コメント
2件

好きすぎます‥どうなっちゃうの‥!
第4話、読み終わりました……。 涼架が初めて心の内をさらけ出した場面、胸がぎゅっとなりました。ずっと誰よりも気を張って、泣くことすら我慢してきたんだろうなって。「生きたいって思えた」という台詞、本当に染みました。 モトキを止めたのも、憎しみを手放させたかったんじゃなくて、ただ“人♡♡♡にしてほしくなかった”んだろうな。それに気づける関係性が尊いです。 ラストの“零号体”という単語で一気に不穏に……次がすごく気になります。