テラーノベル
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雨は、夜明け前になっても止まなかった。
暖炉の火は弱くなり、部屋には重たい空気だけが残っている。
ヒロトは毛布を抱えたまま、ちらちらと涼架を見ていた。
モトキも何も言わない。
言えなかった。
涼架は窓際に立ったまま、一度も振り返らない。
長いミルクティー色の髪が、暗い室内で揺れていた。
やがて
「……ごめん」
小さく声が落ちた。
モトキが顔を上げる。
涼架は背を向けたまま続けた。
「今まで、話してなかったことがある」
その声は、ひどく静かだった。
「零号体は……最初の成功例なんだ」
ヒロトが息を呑む。
モトキの耳がぴくりと動いた。
「獣人化計画の、原型」
涼架はゆっくり目を閉じる。
十五歳の頃の記憶が蘇る。
白い研究室。
薬品の臭い。
泣き声。
そして。
隔離室の奥にいた、“それ”。
「人間を獣化させる技術は、本来完成してなかった」
涼架が震える声で言う。
「モトキ達みたいに、耳や尻尾だけで安定する個体なんて、本当は奇跡だったんだよ」
普通は壊れる。
肉体が耐えられない。
精神が崩壊する。
理性を失う。
だから、研究は何度も失敗した。
何十人も。
何百人も。
「でも……零号体だけは違った」
涼架の指先が強く握られる。
「適応率が、異常だった」
ヒロトが小さく聞く。
「……どんな、やつなの」
家の中がしんと静まりかえる。
少しして
涼架はゆっくり振り返った。
その顔は青白かった。
「“化け物”」
モトキの喉が鳴る。
涼架は続ける。
「身体能力も、回復力も、感覚も、全部が別格だった」
「でも」
声が掠れる。
「感情が壊れた」
暖炉の火が、ぱちりと揺れた。
「痛覚も恐怖もなくなって、自分が傷つくことすら理解できなくなった」
「研究員を何人も殺して」
「施設の壁を素手で壊して」
「それでも止まらなかった」
ヒロトの顔が強張る。
涼架は視線を落とした。
「……だから封印された」
「死んだの?」
モトキが聞く。
涼架はゆっくり首を振る。
「分からない」
「え」
「あれは、普通じゃ死なない」
静かな声だった。
「心臓が止まっても動いた」
空気が凍る。
ヒロトが無意識に身を縮めた。
涼架は苦しそうに眉を寄せる。
「だからオレは、全部消したんだ」
「研究データも」
「薬品も」
「記録も」
「……零号体に繋がるもの全部」
でも。
榊は言った。
“残ってる”と。
その意味を考えるだけで、吐き気がした。
モトキが立ち上がる。
そして。
ゆっくり涼架の前に来た。
「涼ちゃん」
「……なに」
「一人で抱えないで」
涼架の目が揺れる。
モトキは真っ直ぐ見上げた。
「怖いなら、怖いって言って」
狼耳が少し伏せる。
「オレ達、家族でしょ」
その言葉に。
涼架の呼吸が止まる。
家族。
昔の自分には、一生縁がないと思っていた言葉だった。
ヒロトもおずおずと近づいてくる。
「……おれも」
声は小さい。
でもちゃんと聞こえた。
「助けられてばっか、やだ」
猫耳が震えている。
「ちゃんと、一緒にいたい」
涼架は呆然と二人を見る。
モトキは笑った。
「だからさ」
「今度は三人で逃げよ」
その瞬間だった。
――ドン。
家の奥。
地下の方から音がした。
全員の動きが止まる。
モトキの耳が立つ。
「……なに今の」
ヒロトが青ざめる。
この家に地下なんて…
いや。
正確には。
“使っていない地下室”があった。
涼架の顔色が、一気に変わる。
「……うそ」
ドン。
また音。
重い。
何かを叩くような音。
地下から。
モトキが眉をひそめる。
「涼ちゃん?」
涼架の唇が震える。
「なんで……」
呼吸が浅くなる。
「なんでここにあるの……」
ヒロトが怯えた声を出す。
「な、なにが」
涼架は答えない。
代わりに、ゆっくり視線を地下室の扉へ向けた。
そこには。
何重もの鎖が巻かれていた。
最初から。
まるで、“何か”を閉じ込めていたみたいに。
コメント
1件
うわ、ここで地下室の音か…! 涼架がようやく零号体の話を打ち明けたタイミングだからこそ、あの重い空気が一層怖く感じられました。 特に「心臓が止まっても動いた」の一文、ゾッとしましたね。 それでもモトキが「家族でしょ」って言い切るところ、ヒロトも「一緒にいたい」って震えながら言えたのが、すごく温かかった。 三人の距離が確かに縮まったからこそ、あの終わり方が効いてます。続きが気になる…!
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unknown
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# omr _ .
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