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ドアの向こうには、いつもと何も変わらない君の寝顔があって。俺が何回も何回も揺さぶって声を掛けて、ようやく起きてくる君がいて。そんな日常は、俺にとって何よりも大切で。
「おい、そろそろ起きろー。今日服見に行くんでしょ?間に合わないよ。」
声を掛ければ、うう、だとか、んん、だとか。目の前の君からは呻き声しか聞こえない。ただ、その声は病気のせいなんかじゃなくて、寝惚けているだけ。そんな所も、かわいいなぁ、とか思ってしまう。
「ねぇ、ほんとに早く起きてよ。俺もうリビング行くよ?」
「んん…。今起きようとしてます…。」
嘘つけ。だって、俺の目に見えている君は、布団から出ようともしていない。そんなバレバレの嘘吐いちゃうのも、また可愛いんだけどさ。
「おはよぉございます…。んん…。」
「ん、おはよ。」
こうやって、普通の人が起きるにしては遅い時間に起きて、朝ご飯の準備をして、身支度して。そんな時も、俺の視界には君がいる。この感情は、世間一般的に見れば「重い」ものなんだろう。「依存」と言ってもいいのかもしれない。ただ、俺的にはそんな風に思った事はない。だって、向こうも俺の気持ちを受け取ってくれているし、それと同じくらいの愛、その倍の愛で返してくれている。それも、まるで相手が俺に「依存」して、俺が相手に「依存」して。俗に言う「共依存」と言った所か。世間の目なんて気にする物ではない。俺たちが“これでいい”と判断したのだから。
「んー、まだ眠いんですけど…。」
「そんな事言ってたら今日のお出かけはなしだよ?」
「それはいや…。」
「じゃあ早く身支度なりしてよ。」
しょうがなさそうに動く君。やっぱり可愛いなぁ。ただ、彼は本当に眠そうで、準備と言っても小一時間はかかるだろう。未だに布団の中でもぞもぞしている。まぁ、そんなんだろうなとは思っていた。
「ご飯、どうする?出先で食べる?」
「んー、そうしましょうか。楽しみです。」
寝惚け眼を擦りながらも、この後のお出かけを楽しみにしてくれている様だ。てか、もうこの時間だと朝ご飯じゃなくてブランチだけど。そんな事なんてどうでもよく思えるくらいに、俺もこの後のお出かけが楽しみだった。
*
「え、人多すぎません?はぐれちゃいそうなんですけど。」
「まぁ人気ブランドだもん。これが当たり前なんじゃない?」
「んー、それもそうですよね。」
なんやかんやでやっと着いた服屋。建物自体はこじんまりとしてるけど、入口の周りは人でごった返している。ちょっと来る時間帯が悪かったみたい。人気のブランドというのは知っていたものの、ここまで混むとは…。先にご飯食べるんじゃなかったなぁ。
「めちゃくちゃ暇なんですけど…。ぺいんとさんなんかないんですか?」
「急にそんな事言われても…。」
「まぁ、そうでしょうね。」
くすっと笑うその君の顔を見るだけで、俺は心を奪われてしまいそうで。それと同時に、他の人には見せたくないという変な独占欲が湧き上がってきて。やっぱり依存してるんだなぁ、って、思わされる。そんな事を考えてたら耳に入ってきた音、それは、耳を劈いてしまいそうなやけに大きい車のブレーキ音と、人々の悲鳴。
「えっ、なんですか…?」
「向こうで事故かな…。ここ人通りも多いし車も多いしね…。」
「物騒ですね…。僕らも気をつけましょ。」
本当に事故かは分からないけど、気をつけるに越した事はない。ここ最近は、信号無視が多発してるっぽい。しにがみが事故って…とかは想像をしただけで体調が悪くなる。
「あ、やっと開きましたよ。行きましょ!」
「分かったから、そんな急がないで。」
やっと店に入れた彼は、とてつもなく嬉しそうで。そんな顔を見た俺も、嬉しくなってしまう。やっぱ、これは恋なんだなぁ。
*
「やっと買えた…!てか、本当によかったんですか?」
「うん。気にしないで。」
「急に『奢る』なんて言い出して。どうしたのかと思いましたよ。」
茶化しながらも、彼の足取りはとても軽いものだった。それもそのはず。ずっと前から欲しがっていた服が買えたんだもんね。そんな彼を見ているだけで幸せになる。店に入った時の彼。それはそれは楽しそうだった。お目当ての服を見つけた時の、あの顔。あんな夢中になって見てたら、そりゃあ奮発しちゃうよ。
「本当にありがとうございます…!いつか借りを返しますからね。」
「何で返してくれるか、楽しみだわ。」
赤信号。今まで横断歩道の手前で止まっていた車たちが動き出し、今まで歩いていた俺たちは止まる。それが当たり前の常識だ。ただ、世の中には、“常識“やら“当たり前“やらが通じない奴らがいて。不運にも、俺たちはそいつのせいで不幸とのご対面を強制された。
“青信号”
今まで走っていた車たちは止まり、俺たちが動き出す番。のはずだった。一台、その常識を逆走しているものがいる。歩いている俺らに向かって走ってくる、赤い鉄塊。そんな事にも気づかず、まだ軽いままの足取りの君。この時ばかりは、引き止めることができなかった。次の瞬間に起こる悲惨な出来事を、想像できなかったから。君は俺の前で小走り。まるで催促しているかのように、手招きしながら走ってて。それも、俺の手の届かない所で。ああ、駄目だよ。それ以上先に行っちゃ駄目。次の瞬間には、君は俺の視界にいなかった。いつも、今まで、君は必ずと言っていい程、俺の視界の中にいた、いたはずなんだ。また次の瞬間、君は地面に打ち付けられていた。被害者は彼だけではない。彼の周りにいた人達も、それぞれが怪我をしている。ただ、そんな事、どうでもよかった。しにがみ、どこ。どこにいるの。俺の視界から離れないで。
「…、しにがみ、!」
「あーっ、痛った…。」
痛いじゃ済まされないでしょ。
「だ、大丈夫…?」
「うん、多分平気…、ったい…」
「へ、平気じゃ、ないでしょ、っ」
人間というのは、焦ると喋れなくなるものなのか。はたまたそれは俺だけの事なのか。脳の処理が追いついていない。目の前の、弱りきった君。そんな君を見て、俺に何ができるのか、わからない。ただただ傍に居て、「大丈夫だよ」、「平気?」、「痛くない?」を、繰り返すだけだ。それも、情けない程の弱々しい声で。こんな、意味もない行動は、特徴的なサイレンが何回か響き渡る時まで続いた。
*
「では、後は私たちの方で。」
「はい、よろしくお願いします。」
また耳に響き渡る、特徴的なサイレン。しにがみは、今救急車で運ばれていった。特に目立った外傷はないものの、骨だったり臓器だったりが傷ついていたら困るし、車に飛ばされてるんだから。
…俺があの時、彼の腕を引っ張ることができていたら。彼をこちらに抱き寄せることができていたら。もしも、もしも。彼を助けられていたら。他の人なんてどうでもいい。彼さえ、しにがみさえ助かってくれればそれでよかったんだ。そう思うと、強烈な罪悪感と、自己嫌悪に陥って。なにも考えられなくなる。なぜ、こんな事になるのだろうか。ただ、彼と楽しい時間を過ごしていただけなのに。俺は、彼と幸せな、楽しい時間を過ごせれば、それ以上を、それ以下を求めることはないのに。
何故、俺たちがこんな不幸を被らなければならないのだろうか。