テラーノベル
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#希望
#感動的
◇◇◇◇
朝であるはずの空に、夜が咲いていた。
雲ひとつない晴天の上に、深い藍が滲み、無数の星が瞬いている。太陽は昇っているはずなのに、その光はどこか遠くへ押しやられ、空の表層には、凍りついた夜がそのまま貼りついていた。
光と闇が、互いに譲らぬまま重なり合う。
あり得ないはずの景色が、確かな現実として世界を覆っていた。
街はざわめく。
人々は足を止め、見上げ、息を呑む。
祈る者。怯える者。理由も分からぬまま涙を流す者。空に手を伸ばし、何かを確かめようとする者。
そのすべての上に、同じ夜が広がっていた。
これほどの規模。
これほどの精度。
自然現象であるはずがない。
世界そのものを覆う、ひとつの魔法。
そう結論づけるほかなかった。
バリスハリス王国も例外ではない。
王城の奥、執務室には朝から張り詰めた空気が満ちていた。重い扉は閉ざされ、窓の外に広がる異様な空だけが、室内に不穏を持ってきていた。
机の上には、積み上げられた魔導書。
古びた革装丁がいくつも開かれ、紙の匂いとインクの乾いた香りが混ざり合っている。
ダルフィードはページをめくり続けていた。指先は早く、だが焦りを隠しきれていない。
クリスは腕を組み、思考の海に沈んでいる。だが、その瞳は何も掴めていないことを自覚していた。
そして。
レオニスは窓際に立ち、空を見上げていた。この異常を、どう捉えるべきかを量りかねている。
「あれは……何の魔法だ」
「魔法であることは間違いない」
ダルフィードが答える。だが、その言葉には確信よりも、消去法のような響きがあった。
「そんなことは分かっている」
レオニスは短く切り捨てる。
求めているのは、正体だ。
だが。
魔導書のページをいくらめくっても、それに該当する記述は見つからない。
世界規模の魔法。
それも、空そのものを書き換える魔法など、誰も見たことがない。
そのとき。
扉が、静かに開いた。
空気がわずかに動く。
入ってきたのは、セレナだった。
彼女は一歩、部屋へと足を踏み入れ、窓の外を見る。
その瞳に、わずかな確信が宿る。
「……あの空の魔法は、危険なものではありません」
静かな声だった。
だが、その一言で、室内の空気が変わる。
ダルフィードが顔を上げる。
「さすが魔女だな。最初から聞けばよかった」
皮肉めいた口調。
セレナは気にも留めず、言葉を続ける。
「人の魔法の効力を引き上げる魔法です」
窓の外へと視線を向ける。
星々が、まるで呼応するように微かに瞬いた。
「星篝の魔女、リースペイトが使っていた魔法」
その名が落ちた瞬間、空気がわずかに軋んだ。
クリスが眉をひそめる。
「戦争は終わったんですよ」
現実をなぞるように言う。
「しかも、『人』と言いましたね。敵味方の区別もない。全体にかかる魔法だ。意味がない」
理屈としては正しい。
だからこそ、理解できない。
だが。
セレナは、静かに首を横に振った。
「いいえ」
その声音は、どこか遠いものを見ている。
「千年前まで、朝は、あの空でした」
「……何だと?」
ダルフィードが反応する。
ページをめくる手が止まる。
「千年前だと……?」
セレナは頷く。
その表情には、懐かしさと、わずかな哀しみが混じっていた。
「はい」
そして、告げる。
「魔族が……蘇りました」
その一言には不穏な影があった。
クリスが顔を上げる。
「魔族……?」
言葉の意味を測りかねるように、繰り返す。
「魔族って、なんだ?」
問いは率直だった。
だが、その無知は、この世界にとって致命的な隔たりでもあった。
セレナは、ゆっくりと視線を落とす。
白い指先が、わずかに震えた。
そして。
答える。
「私たち魔女が、かつて、冥界へ送った存在です」
白の魔女の口から、怒りにも似た冷たい言葉が吐かれた。
その声音には、明確な嫌悪が滲んでいた。
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