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第208話 残光
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
校庭の中央には、まだ白い光の名残が漂っていた。
大きな光ではない。
さっきまで全てを包み込んでいた眩しさは、もうない。
ただ、焼け跡の上に、細かな粒だけが残っている。
レアがいた場所。
パイソンが消えた場所。
二つの影が重なって、最後に光だけが残った場所。
サキは、その前で立ち尽くしていた。
泣き崩れるわけでもない。
叫ぶわけでもない。
ただ、そこから目を離せなかった。
指先は震えている。
呼吸も浅い。
でも、サキは一歩も動かなかった。
ハレルは肩の傷を押さえたまま、少し離れた場所で足を止めていた。
リオは傷の入った副鍵を手で包み、何かを言いかけて、結局口を閉じた。
アデルは外周線を支えながら、静かに校庭中央を見ている。
ヴェルニは膝に手をつき、荒い息を吐いていた。
誰も、勝ったとは言えなかった。
パイソンは消えた。
ジャバも退いた。
黒い構文も、ほとんど焼き払われた。
それでも、校庭に残ったものは勝利の熱ではなく、胸の奥に沈むような静けさだった。
サキは、白い粒が一つ消えるのを見た。
「……ここに、いたんだよね」
小さな声だった。
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
レアに向けたのか。
ハレルたちに向けたのか。
それとも、自分に言い聞かせたのか。
サキは両手を胸の前で握る。
「ちゃんと、いたんだよね」
光の粒は答えない。
けれど、サキはその場所を見つめ続けた。
忘れたくなかった。
敵として現れたことも。
怖かったことも。
たくさんの罪を背負っていたことも。
最後に、サキを守るために動いたことも。
全部まとめて、レアだった。
ハレルは唇を噛んだ。
何か言いたかった。
でも、言葉にすれば、どこか違うものになってしまいそうだった。
リオが静かに近づいた。
「サキ」
サキは振り向かない。
リオは、少し迷ってから言った。
「俺、レアのことを全部許せるかは分からない」
サキの肩が、わずかに揺れた。
リオは続ける。
「でも、最後に俺たちを助けたのは分かる」
「パイソンを止めたのも、サキを守ったのも、レアだ」
サキはゆっくり頷いた。
「うん」
「だから……」
リオは言葉を探した。
「敵としてだけじゃなくて、最後に自分で選んだやつとして覚える」
サキは、そこで初めて少しだけ振り返った。
涙の跡が残った顔で、小さく言う。
「ありがとう」
リオは何も言わず、ただ頷いた。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・朝】
体育館では、青山先生たちが名前確認を続けていた。
「私は、青山和子です」
「三年二組の担任です」
「今、体育館中央にいます」
生徒たちの声も、まだ続いている。
「森下カナ、ここにいます」
「藤井タクト、ここにいます」
「安西リナ、ここにいます」
さっきまで床に走っていた黒い構文は、ほとんど見えなくなっていた。
ダミエは、壁に片手をつきながら結界線を確認している。
顔色は悪い。
それでも、結界は保たれていた。
ノノの声がイヤーカフから入る。
『体育館側、安定』
『黒い構文、消失に近い』
『ダミエ、大丈夫?』
ダミエは短く答える。
「大丈夫ではない」
『そういう正直なの、今は助かる』
「だが、倒れるほどではない」
『それは大丈夫って言わない』
ダミエはわずかに息を吐いた。
「校庭側は」
ノノの声が、少し沈む。
『パイソン反応、消失』
『レア反応も……通常反応としては消失』
『ただ、変な光の残りがある』
『学園帰還ラインに、薄く混ざってる』
ダミエは目を細めた。
「残響か」
『たぶん』
『でも、ただの残骸じゃない』
『帰還ラインが、前より澄んでる』
『黒い構文が焼けたあとに、白い通り道が残ってる感じ』
ダミエは少し黙った。
「彼女が開いた道か」
『うん』
ノノは小さく言った。
『そう見える』
ダミエは体育館の中央を見た。
生徒たちは、まだ不安げだ。
泣いている者もいる。
けれど、名前の声は止まっていない。
「なら、止めるな」
ダミエは言った。
「名前確認を続けろ」
「この道が消える前に、学園を戻す準備を整える」
青山先生が頷いた。
「続けます」
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
日下部の端末には、これまでと違う白い線が表示されていた。
旧学園跡地の外周。
校舎棟。
体育館。
校庭。
その四つの区画を結ぶ線の一部が、白く澄んでいる。
パイソンの構文が消えた場所。
レアの光が通った場所。
そこだけ、座標の揺れが少なかった。
日下部は画面を見つめたまま言う。
「帰還ライン、安定しています」
「特に校庭中央から体育館への線が、かなり澄んでいます」
木崎が森の奥を見る。
「レアが消えた場所か」
「はい」
城ヶ峰が低く聞く。
「使えるのか」
日下部は少しだけ迷い、それから答えた。
「使えます」
「ただし、長くは持たないと思います」
「残っている光が薄い。時間が経てば消える可能性があります」
木崎が言った。
「なら、今やるしかないか」
その時、端末に白いノイズが走った。
日下部が息を呑む。
「補助層反応」
木崎が振り向く。
「匠か」
ノイズの向こうから、低い声が届いた。
『……学園を戻すなら、今だ』
日下部が端末に近づく。
「匠さん、聞こえますか」
『長くは繋がらない』
『彼女が焼いた構文の跡に、光路が残っている』
『それを使え』
城ヶ峰が問う。
「学園全体を戻せるのか」
『条件は揃いつつある』
『だが、急げ』
『残光は、道になるが、柱にはならない』
『支えるのは、生きている者たちの名前だ』
木崎は森を見た。
「場所だけじゃなく、人の名前か」
『そうだ』
『現実側は外周を保て』
『異世界側は名前確認を止めるな』
『ハレル、リオ、アデルの鍵を三点に置け』
『サキには……』
そこで、声が一瞬途切れた。
日下部が叫ぶ。
「匠さん?」
ノイズの奥から、かすかに声が戻る。
『サキには、忘れるなと伝えろ』
『彼女の名前を』
通信はそこで切れた。
仮設指揮所に、短い沈黙が落ちた。
木崎は静かに言った。
「伝えないとな」
城ヶ峰は頷いた。
「学園帰還準備を最終段階へ」
「全班、外周維持」
「次で戻す」
日下部は震える手で端末を操作した。
《NEXT PHASE / SCHOOL RETURN》
その文字が画面に表示された。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
ノノからの通信が、校庭へ届いた。
『みんな、聞いて』
『現実側の匠さんから補助層通信』
『学園を戻すなら、今だって』
『レアの光が、帰還ラインに残ってる』
『でも長くは持たない』
ハレルは顔を上げた。
「今……」
リオは副鍵の傷を見た。
「この状態でやるのか」
『リオの副鍵は出力低下してる』
『でも、完全には落ちてない』
『無理に強く出さないで、線だけ支えて』
リオは頷いた。
「分かった」
アデルが言う。
「外周は私が支える」
「ただし、長時間は無理だ」
ヴェルニが座り込んだまま片手を上げる。
「俺は?」
ノノの声が即答する。
『休んで』
「はい」
アデルが短く言った。
「本当に休め」
ヴェルニは苦笑した。
「分かってるって」
ハレルはサキを見る。
サキは、まだ校庭中央にいる。
レアが消えた場所から、離れられずにいた。
ハレルはゆっくり近づいた。
「サキ」
サキは、涙の跡が残る顔で振り向く。
「お兄ちゃん」
「父さんが言ってた」
ハレルは静かに言った。
「忘れるなって」
「レアの名前を」
サキは唇を震わせた。
そして、ゆっくり頷いた。
「忘れない」
「うん」
「絶対、忘れない」
サキは立ち上がろうとした。
けれど、足に力が入らず、少しよろける。
ハレルが支えた。
「無理するな」
「無理じゃない」
「泣いてる」
「泣いてても、できる」
サキは袖で涙を拭いた。
「レアが残してくれたなら、ちゃんと使わないと」
「みんなを戻さないと」
「それで……ちゃんと覚えてないと」
ハレルは頷いた。
「一緒に覚える」
リオも近づき、静かに言った。
「俺も覚える」
アデルも外周線を支えながら言う。
「記録にも残す」
「敵性存在としてだけではなく、最後にパイソンを止めた者として」
サキは小さく頷いた。
「うん」
その時だった。
サキのポケットの中で、スマホが震えた。
「え……?」
サキは思わずスマホを取り出した。
画面には、あの地図アプリが開いていた。
黒い地図の上に、光る点や影の位置を示していた。
サキは何度も見てきた。
異世界に来てから、普通の地図としては使えない。
けれど、主鍵や副鍵、黒い影、転移地点の反応を示すように動くことがある。
だから、地図アプリが開いていること自体は初めてではなかった。
おかしいのは、そこに今までなかった表示があることだった。
画面の端。
サキの現在位置を示す小さな点のすぐそば。
そこに、淡い光が一つ浮かんでいた。
白でもない。
金色でもない。
レアが最後に残した光に、少しだけ似ている。
表示名は、短く二文字。
「re」
サキは息を呑んだ。
「……re?」
光は、どこかへ進むわけではない。
目的地を示す矢印でもない。
敵性反応のように赤く点滅しているわけでもない。
ただ、サキのそばで、ゆらゆらと小さく揺れていた。
ハレルが画面を覗き込む。
「何だ、これ」
リオも目を細める。
「前からあった表示か?」
サキは首を横に振った。
「ない」
「こんなの、今までなかった」
ノノの声がイヤーカフから飛び込む。
『待って、今サキの端末に新しい反応出た?』
『こっちにも微弱な光点が出てる』
『表示名……re?』
『何これ。黒影反応じゃない。強制退出の対象でもない』
サキは画面を見つめた。
胸の奥が、強く震える。
それがレアなのか。
ただの残響なのか。
レアが残した光の欠片なのか。
分からない。
でも、その小さな光は、サキのすぐそばで揺れていた。
まるで、消えたはずの名前の続きを、まだどこかに残しているように。
サキはスマホを両手で包んだ。
「レア……?」
光は、答えない。
ただ、小さく揺れた。
◆ ◆ ◆
学園帰還の条件は、揃いつつあった。
現実側は旧学園跡地を囲み、異世界側では名前確認が続いている。
ハレルの主鍵。
リオの副鍵。
アデルの副鍵。
ダミエの結界。
ノノと日下部の同期。
そして、レアが残した光路。
悲しみは消えない。
失ったものは戻らない。
それでも、レアの残光は、道になった。
サキのスマホに現れた小さな光。
表示名は「re」。
それはまだ、何も語らない。
ただ、サキのそばで揺れているだけだった。
けれどサキは、画面から目を離せなかった。
次に戻すのは、学園。
そして、その光が何なのかを知るのは、まだ少し先のことだった。
第十四章 自由の刃編ーーー了
コメント
1件
うわあああん、もう泣いちゃった……😭💦 このエピソード、重くて静かで、でも確かに温かいものが残ってる…… サキが「ちゃんと、いたんだよね」ってつぶやくところ、胸がギュッてなったし、リオの「敵としてだけじゃなく覚える」って言葉に救われた気持ちになったよ。 そしてスマホの「re」の表示で一気に希望の光が差した感じがして、鳥肌立った……! レアの残したものが、ちゃんと道になってるのがエモすぎる。 学園帰還、絶対成功してほしい! 次も読むね、ゆめかは橘さんの作品推すよ🔥💕
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橘靖竜