テラーノベル
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兄が、 優しく笑っている。
穏やかに、笑っている。
母のように写真の中で。
兄は笑って、霧が晴れるように静かに居なくなった。
横には津美紀と父親、そして五条さんや夏油さんを始め、家入さんに夜蛾さんもいる。
その他にも兄の学校の先生などがこの場に座っている。
小規模で行われた兄の葬式。
この葬式の数日前に兄が死んだことをいつものおふざけモードの面影もない五条さんに告げられた。
初めはいつもの冗談だと、きっとびっくりさせようとしているんだろうと思った。
分かっていた。それが現実だってことも、俺がそう思いたいだけなんだってことも。
頭ではわかっている。
でも、心が置き去りになっていた。
葬式の間、姉の津美紀は父親である甚爾にしがみついて泣きじゃくっていたが、俺は空の棺桶を見ても一度も涙を流すことが出来なかった。
実感が持てなかったのだと今なら分かる。
ただその時は何が何だか分からなくてただただ俯いていた。
家に帰って、母の写真が置かれていた小さなタンスに兄の写真が追加されてから漸く、俺は兄もうこの世に居ない事を悟った。
「恵、ごめん」
そう謝る五条さんに、なぜ助けてくれなかったのか、なぜ兄は死なねばならなかったのか、なぜ遺体すらないのかと当たり散らした。
五条さんが全く悪くないのなんて理解していた。
五条さんもなんで助けられなかったのかときっと自分を責めているはずだった。
しかし、理解と納得は全くの別物。
五条さんに八つ当たりしているうちに涙が溢れ、五条さんに抱きしめられながら疲れ果てるまで泣いた。
次に目を覚ました時、隣の温かみが無いことに喪失感と自分が無力であることのやるせなさを嫌という程思い知らされた。
その時から俺はもう二度と、家族を簡単に失いたくないという一心で術式が発現してから今まで以上に鍛錬に励んだ。
五条さんもそんな俺の気持ちを汲んでくれたのか、嫌な顔ひとつせず俺のワガママにつきあってくれた。
その時の俺は想像もしていなかった。
津美紀が呪われるということを。
月夜の晩にポツンと人影があった。
しかし、そこはそれなりの深さがある海の上であった。
立っているのか浮いているのかは分からない。
たまたま来ていた海に、確かな呪力を放つ存在を呪霊である花御は認識していた。
やがて彼は振り返り、こちらの存在に気づいた。
_瞬間、姿を消した。
詳しく言えば湖に小石を落としたような音と雫を立てて水の中に入るように消えた。
次に聞こえたのは、さざ波。
そして砂浜のある岸に再び姿を現した。
無闇に攻撃をしてくる様子が無いので話が通じる相手かもしれない。
花御は話しかけてみることにした。
花「繝弱う繧コ
〈初めまして、私は花御。貴方は?〉」
砂浜に立つ彼の口から聞こえたのはまるで水泡のような泡沫の音色だった。
「コポ………コポポ
(名前は……分からない。あったような気がするけど思い出せない……)」
頭に響く声や背丈からして少年のようだ。
花「〈貴方は何故ここに?〉 」
「〈…分からない。気がついたら海の中に浮かんでた。〉」
花「〈そうですか……貴方はここが好きなんですか?〉」
「〈好きかもしれないし、嫌いかもしれない。でも、海は好き。〉」
花御は何故だか分からないが彼のことが少しずつ気になり始めていた。
人間っぽさがあるものの、彼は自然から生まれ た存在であると花御は確信していた。
あどけなさが残るその見た目にも惹かれてしまったのだろう。花御は気がつけばこんな事を口にしていた。
花「〈貴方は人間が好きですか?〉」
「〈え?〉」
花「〈いえ、すみません。要らぬ質問をしました。〉」
「〈…分からない。〉」
花「〈……!〉」
「〈人間達は海ゴミを捨てたりする。でも、海を綺麗と言ってくれる人もいる。だから……好きか嫌いかなんて分からない。〉」
そう話す少年の頭には大きいものから小さいもの、いくつかの人影が浮かんでいたが、モヤがかかってハッキリとしない。
思い出そうと手を伸ばしても、モヤは濃くなっていくばかり。
頭が痛み始めて、考えることを辞めた。
花御は続けてこう質問した。
花「〈私達の所に来ませんか?〉」
「〈え?私達?〉」
花「〈私達は今、私達が理想とする世界を作る為、計画を立てている最中なのです。〉」
「〈……?どんな世界?〉」
花「〈……私達が生きやすい世界です。いずれ貴方もその意味が分かる時が来ます。〉」
「〈私達ってことは仲間がいるの?〉」
花「〈はい。同じ世界を理想とする仲間がいます。〉」
「〈そっか…でも、今は決められない。〉」
花「〈……では、再度ここに訪れます。その時に返事を頂けますか?〉」
「〈分かった!その時までに決めておくね〉」
花「〈では、またの機会に〉」
「〈うん。バイバイ〉」
花御は軽く手を振ってその場を離れた。
彼?彼女?が去った後には、海では嗅がない花の匂いが残っていた。
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