第二章 新しいページ
START__
そして春。私は初めて中学校に登校することになった。転校生ではないけれど、中1の頃学校に通えなかった私は、周囲の生徒にとって見慣れない存在だろう。楽しみな気持ちもあったけれど不安な気持ちも抱えたまま学校へ初めて踏み出した。
私は、学期の初めから登校したことがなかった。だから、「クラス替え」というものも初めてで、周りの様子に学校に踏み出した瞬間、圧倒された。
『えー…クラス離れちゃった 泣』
『え!!一緒じゃん!!最高!!』
『え〜……好きピと離れちゃったぁ…』
『どんまいどんまい!』
『やった!!また一緒〜!』
『離れたけど話そうね!?!?』
教室や廊下のあちこちで、そんな会話が飛び交っている。みんなが楽しそうに盛り上がっていて、当たり前だけど、もうすでに友達やグループができあがっていることを、私はこの賑やかな声から感じ取った。
クラス替えが初めてで、どんなものか分からなかったけど、掲示されたクラス表を見て、自分のクラスを確認する。緊張しながら廊下を歩いていたが、みんなクラス替えに夢中で、私に気づく人はいなかった。
でも、教室の扉を開けた瞬間、やっぱり数人の視線が私に向けられた。
『え、ねぇ、あの子誰?』
『転校生じゃない!?でも、先生そんなこと言ってなかったか…』
『あ!もしかして、名簿には載ってたけど一度も来なかった花羽さんじゃない?』
『てか、あの子可愛くね?』
覚悟してはいたけど、こそこそとした声が背中越しに聞こえる。私は顔を伏せたまま、自分の席を探して、そっと腰を下ろした。視線を感じながらも、なるべく目立たないようにしていた。
少しして、新しい担任の先生が教室に入ってきた。
『はい!!静かに〜』
『お前らは今日から2年生になるんだぞ!?わかってるのか〜。』
『じゃあ、自己紹介…いや、みんな知ってるよな!じゃあいいか!』
先生が話を続けるが、ふと私に気づいて声を止めた。
『あ、そうだ。花羽さんは初めてだな。自己紹介、してもらおうか!』
突然の先生の言葉に、私はドキリとした。周りの生徒たちが私に注目する中、私はゆっくり立ち上がり、みんなの視線を感じながら、言葉を絞り出した。
「えっと…花羽〇〇です。ある事情で去年は学校に来られなくて……今日が初めての登校です。これから、よろしくお願いします…」
緊張したけれど、なんとか言い終えた。
教室は一瞬の静寂に包まれた後、みんなが拍手をしてくれた。その瞬間、少しだけホッとした。
『うん、ありがとう。これから少しずつでいいから、学校生活を楽しんでいこうな!』
先生は優しくそう言ってくれたが、私はどう返事すればいいか分からず、ただ小さく頷いた。そして、席に戻った途端、心の中で深く息をついた。
授業が終わると、休み時間になり、クラスメートたちが賑やかに話し始めた。周りの声が少しずつ耳に入ってくる。
その中で、ある女子のチームが私の方に視線を向けているのに気づいた。少し気恥ずかしい気持ちになりながらも、自然と心が温かくなる。
その時、近くの席の女の子が声をかけてきた。
『ねぇ、花羽さんだよね?今日初めての登校だって?はじめまして!私、橘日向だよ!よろしく!』
『うん……よ、宜しく、ひなたちゃん、!』
彼女は明るい笑顔を向けてくれて、私も思わず微笑み返した。すると、その周りにいた別の子も話しかけてくれた。
『花羽さん、今度一緒にランチしようよ!』
『〇〇ちゃんって呼んでもいい!?』
『友達になろー!!私〜〜!宜しく!』
『俺〜〜!宜しくな!』
その後も、クラスメートたちが少しずつ私に話しかけてくれるようになり、緊張が少し和らいでいった。
帰りになると、
『帰り、一緒に帰ろうよ!』と誘われたが、心の中でちょっとした不安がよぎった。私の帰る場所は、みんなと同じ家ではない。病院。そんなことを知られるわけにはいかない。
「誘ってくれたのにごめん…!急用があって…』
と軽く言い訳をした。初日から断って嫌な顔されないかと心配したが、みんなは優しい笑顔で『そっか!初日だもんね!』『いいよ!いいよ!また今度帰ろ!』と答えてくれ、ホッとした。
友達と別れ、病院へ向かっていると、今日初めての中学で疲れたせいか、呼吸が浅くなっていることに気づいた。無理するのも…と思い帰り道にある公園へ立ち寄った。歩いているうちに自然と足がベンチへと向かう。セーラー服の襟元を軽く整え、風にそよぐ髪を手で払いながら、ゆっくりとベンチに腰を下ろした。
なんとなく周りを見渡すと、公園には子供たちが元気に遊んでいる姿が見える。笑い声が響き、彼らは何の気兼ねもなく走り回っていた。
「あんな風に私も走り回れたらな…」
つい心の中で呟く。子供たちの無邪気さが、遠い存在のように感じられる。思わず、手元のカバンに目を向けた。いつものようにスケッチブックを取り出し、頭に浮かぶ何かを描こうとする。
カバンの中を探している最中、遠くから聞こえてくる荒々しい声が耳に入ってきた。何か揉めているような、低く鋭い声だ。驚いて顔を上げ、声のする方向をそっと見ると、公園の少し奥で数人の不良のような人達がたむろしているのが見えた。
私は少し距離をとりながらも、その場から 離れることはせず、彼らの様子を観察して いた。心臓が高鳴り、少し怖いと感じつつも、目を離すことができなかった。
彼らはお 互いに怒鳴り合い、拳を振り上げている姿 が強く、そして自由に見える。自分は病弱 で、ただ走ることさえままならないのに、 彼らは自由に体を動かし、喧嘩をしてい る。怖いけど、それに、どこか引かれる部分があっ た。
彼らの生き様が、自分にはない何かを持っ ているように見えた。
しかし、次の瞬間__
『おい、何見てんだよ!』
不良の一人がこちらに気づき、大きな声で 私を呼び止めた。私の心臓が一気に跳ね上 がる。数人の不良がこちらに向かってきて いるのが見え、足がすくんで動けなくなっ た。
身体が強張り、逃げ出そうと立ち上がろう とするも、全く動かない。近づいてきた不 良の一人が、私をじろりと睨みつけた。
『無視してんじゃねぇよ!』
その男が私の腕を掴み、強く引き寄せた。 恐怖で言葉が出ない。力で抵抗しようとす るが、まるで力が入らない。
「や、やめて…!ください、!」
か細く震える声で叫ぶ私の声は、彼らには届かない。不良たちはニヤニヤと笑いながら、さらに私 を囲み込んでいった。状況は悪化する一方 だった。
腕を掴まれ、身動きが取れなくなったその時――背後から冷たい声が公園に響き渡った。
『やめろ。』
その一言は短く、しかし鋭く響いた。不良たちは一斉に動きを止め、声の主に振り返る。そこには、金髪の少年が立っていた。鋭い目つきと静かな怒りを湛えたその姿。
彼が一歩、また一歩と近づくにつれ、不良たちの表情に怯えが広がっていく。圧倒的な存在感に、誰もが息を呑む。
『こいつに手ぇ出したら、俺が相手するから。』
彼の冷静な言葉は、容赦なく響いた。不良たちは顔を見合わせ、恐怖で後ずさりし始める。彼が、さらに一歩踏み出すと、ついにその威圧感に耐えきれなくなった彼らは、何も言わずに背を向けて走り去った。
公園は静寂に包まれ、私はぼんやりとその場に立ち尽くしていた。目の前にいる彼の存在があまりにも大きく、感謝の言葉を口にしようとするが、喉が詰まってうまく声が出ない。
やっとのことで、震える声でようやく一言だけ絞り出した。
「あ…、ありがとう、」
小さく消え入りそうなその声に、彼はにっこりと微笑んだ。そして、優しく私の肩を軽く叩く。
『大丈夫か?もう心配するな!』
その言葉は、まるで心に直接届くような温かさを持っていた。先ほどまでの恐怖が少しずつ和らぎ、私は少しだけ心が軽くなっていくのを感じた。
「あ、あなた…は…誰…?」
勇気を振り絞ってそう聞くと、彼は少し驚いたような顔をした後、優しい笑みを浮かべた。
『俺?俺は、佐野万次郎。マイキーって呼んで!』
マイキーはその名前を一度繰り返すと、ふわりと優しい笑顔をもう一度見せて、満足げに頷いた。
Next___.
第3話→
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!