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朝七時。
「……ライ、起きて」
ベッドの中で、マナが小さく揺する。
だが、隣の男はびくともしない。
「ライ〜」
「……んー……」
低い声。
腕だけ伸びてきて、マナの腰を引き寄せる。
そのまま抱き込まれた。
「ちょ、遅刻するって」
「まだ五分」
「その五分毎日言うじゃん」
「だってあったかいし」
顔を埋められる。
完全に甘えモード。
学校で見せるクールな伊波ライを知っている人間が見たら卒倒するレベルだった。
「ほら、今日一限から授業でしょ」
「……マナが休むなら休む」
「子供?」
「うるさい」
むすっとした声。
マナは思わず笑った。
結局、先に折れるのはいつも自分だ。
「はいはい、起きよ」
「……キスしたら起きる」
「交換条件みたいに言うな」
「ん」
完全に待ってる顔。
マナは呆れながら軽く口付けた。
するとライは満足そうに目を細める。
「よし、起きる」
「単純〜」
「お前限定」
そんな朝。
同じ家で目覚めて、同じテーブルで朝ご飯を食べて。
でも。
学校へ向かう頃には、二人は“ただの同僚”になる。
それが二人のルールだった。
◇
「おはようございます」
職員室に入った瞬間、ライの空気が変わる。
さっきまで甘えていた人間とは思えない。
マナは毎回ちょっと面白くなる。
(ほんと切り替えすごいなぁ)
出勤時間は少しずらしている。
一緒に来ているとバレないように。
だから学校では、あくまで自然に。
「ライ、おはよ」
「おはようございます」
いつもの距離感。
そのはずだった。
「……あれ?」
マナが鞄を漁る。
もう一回漁る。
反対側も見る。
「……え」
嫌な予感。
「どうしました」
「鍵ない」
ライの眉がぴくりと動いた。
「家の?」
「うん……」
空気が止まる。
もし生徒に拾われたら終わる。
同じマンション。
同じ部屋番号。
最悪だ。
「最後に見たのいつ」
「朝……たぶんポケット入れた」
「落とした可能性は」
「ある……」
ライが深く息を吐いた。
その顔が完全に“彼氏”だった。
マナは慌てる。
「ちょ、学校モード!」
「……あ」
周囲を見る。
幸い、まだ朝で職員室には人が少ない。
だが。
「緋八先生、どうかしました?」
同僚教師が声を掛けてきた。
マナは一瞬で笑顔を作る。
「いや〜、鍵なくしちゃって」
「え、大丈夫?」
「まあたぶん学校かなって」
するとライが静かに立ち上がった。
「探してきます」
「え?」
「緋八先生、今日朝一で体育館当番でしたよね」
「あ、うん」
「その経路を見ればある程度絞れます」
仕事口調。
完璧。
同僚教師は感心したように笑った。
「伊波先生頼れる〜」
「別に」
塩対応。
でも。
マナだけは知ってる。
今、ライがめちゃくちゃ焦ってる。
◇
体育館へ向かう廊下。
人気がなくなった瞬間、ライが小声で言った。
「なんで落とすんだよ」
「ごめんってぇ……」
「ほんと危機感ない」
「だってライ朝くっついてくるから!」
「それは関係ないだろ」
「ある!」
ライは呆れた顔をする。
けれど歩幅は自然とマナに合わせられていた。
その優しさに、マナは少し笑う。
「……なに」
「いや、ちゃんと心配してくれてるな〜って」
「当たり前だろ」
即答。
ライは立ち止まる。
「マナ とのこと、絶対バレたくないし」
その声は低かった。
真剣だった。
マナの胸が少し熱くなる。
「……うん」
「だからちゃんとして」
「はーい」
「返事軽い」
そんな会話をしている時だった。
「あれ、伊波先生?」
後ろから声。
振り返ると、生徒がいた。
しかも。
ライのクラスの女子。
「何してるんですか?」
「鍵探してます」
一瞬で教師モードへ戻るライ。
切り替えが早すぎる。
「緋八先生が落としたので」
「え、ドジじゃん」
「ひどくない?」
女子生徒が笑う。
そのあと、不思議そうに二人を見比べた。
「……なんか二人ってさ」
ぎく。
「夫婦感あるよね」
空気が止まった。
マナの笑顔が引きつる。
ライは無表情。
数秒。
そしてライは静かに言った。
「朝からくだらないこと言わないでください」
「え〜!」
「探すの手伝うなら動く」
「はーい」
流された。
……ように見えた。
だが女子生徒は小さく呟く。
「でも絶対なんかあるんだよなぁ……」
◇
結局。
鍵は体育館の入口近くで見つかった。
「あった〜!!」
マナがしゃがみ込む。
ライはその場で大きく息を吐いた。
「……ほんとよかった」
心底安心した顔。
マナはその横顔を見て、少しだけ胸がきゅっとなる。
「ライ」
「ん」
「ありがと」
「……次から気を付けて」
「うん」
その時。
体育館入口のガラスに、二人の姿が映った。
並んでしゃがみ込む姿。
近い距離。
自然すぎる空気。
まるで長年一緒にいるみたいな。
ライもそれに気付いたらしい。
ぱっと立ち上がる。
「戻るぞ」
「あ、照れてる」
「うるさい」
耳が少し赤い。
マナは笑いながら立ち上がった。
◇
夜。
「だから言ったじゃん、鍵ちゃんとバッグ入れろって」
ソファで説教されていた。
マナはクッションを抱えながらむくれる。
「反省してます〜」
「してない顔」
「してるもん」
ライはため息をついた。
そのままマナの隣へ座る。
近い。
肩が触れる。
「……でも、見つかってよかった」
ぽつり。
学校では絶対言わない声。
マナは笑う。
「ライ、今日ずっと心配してたね」
「当たり前」
「そんな焦ると思わなかった」
「焦るだろ」
ライはマナの肩へ額を押し付けた。
「お前と住んでるのバレたら終わる」
「んー」
「教師同士だし、生徒に知られたら面倒だし」
「でもさ」
マナがライを見る。
「俺、ちょっと嬉しかった」
「……何が」
「ライが“絶対バレたくない”って言ってくれたの」
ライが目を細める。
「……好きだから隠してんの」
低い声。
心臓が跳ねる。
「軽い気持ちで付き合ってないし」
「……っ」
「だから大事にしたい」
マナは完全に黙った。
顔が熱い。
ライはそんな反応を見て、小さく笑う。
「なに赤くなってんの」
「ライが急にそういうこと言うから!」
「本当のことじゃん」
「むり、心臓もたない……」
するとライは腕を引いた。
そのままマナを抱き寄せる。
「慣れて」
「無理〜……」
「じゃあもっと言う」
「やめて!?」
笑い声。
柔らかい空気。
学校では絶対見せない距離。
でも。
少しずつ。
その“秘密”は、周囲に気付かれ始めていた。